第894話、時を駆ける魔術師
ヘプタ浮遊島から離れるアポリト軍空中艦隊。
ミラール級フリゲート『カルコス』号の艦橋後部デッキに俺はいた。
全長70メートル程度の船体は、実は大帝国のコルベットよりも小さい。ウィリディスのゴーレムフリゲートよりは大きいが、快速自慢の小型艦である。
主砲は連装式の魔法砲が艦首に一基、船体下部に同じく一基と軽武装だ。
ディーシーは元の杖の姿になっている。当然ながら周囲には驚かれたが、精霊だよ、と適当に言ったら一応納得された。
まあ、妖精族は存在しているから、その繋がりでごまかせたと思う。……いるよな、この時代にも妖精族は。
「ご苦労だった、ジン・アミウール」
スティグメ隊長は、俺をそう労った。
「君のおかげで、調査隊は全滅を免れた。そのお礼もだが、詳しい話を聞きたいので我らの島アポリトまで来てもらえないだろうか?」
「構いません」
むしろ、俺としては生の天上人文明を見る機会だ。あのままさっさと帰還しなかったからには、せめて実際に飛んでいるアポリト浮遊島を見ないとね。
とはいえ、用心は必要だ。俺は流れ者で、この世界じゃ保護してくれる人間もいない。アポリト島に乗り込んだはいいが、何かしら理由をつけられて拘束されたり尋問されたりというのは可能性としてある。
ディーシーの精霊という話も、納得の素振りを見せたが、彼らの上司らが徹底的に調べたいと言えば、強硬手段もあるだろうしな。
いつでも逃げ出して、元の時代へ転移できるように心構えと準備はしておく。
『主、その転移だが、ちゃんと元の場所へ戻れるんだろうな?』
念話でディーシーが問うてくる。
『ディグラートルは帰ってきたよ』
まさか時代を超えて、転移して帰ってくるとは思わなかったが。前例があるから、俺はさほど心配していない。
魔法については深く悩んだり心配すると、かえって失敗するので楽天的に構えたほうが上手くいく――とはベルさんの教えと俺自身の経験談。
『あやつと主が違う場所に飛ばされたという可能性は?』
『転移の杖の設定はいじっていない。同じ場所のはずだ』
『あやつは転移先が故郷だった、と言っただろう?』
『謎だな』
俺はストレージにしまった、オパロ型人工コアを確かめる。
『だが、以前飛ばしたこいつが、この時代にあったということは、ディグラートルもこの時代に来たはずだ。転移の杖で飛ばしたものは全部、この時代に来ているからな。それで転移して戻ってこれたのだから、戻れるさ』
『主よ、あやつの転移は時間を超えたのだぞ? わかっているのか?』
『そういうことになる、まさか、転移魔法が時間も超えられるなんて、思ってもみなかったよ』
思っていなかったことは、この世界の魔法では実現しない。だが一度意識すれば、今後、俺の転移魔法も時間跳躍が可能ということになる。
『俺、自力タイムスリップができる?』
『……ということになるのだが』
ディーシーの言葉に、俺は考える。何か失敗をやらかした時に、その時の情景などをしっかりイメージしたら時間を遡ったりできるかもしれない。
『ただ完全な時間移動というわけじゃないな』
この時代に来れたのは転移の杖の移動先がこの世界だったせいだ。好き勝手に行きたいところに時間移動できるわけではない。元いた場所に戻れたのは、鮮明にイメージできたからだろうよ。
『あまり過去に干渉すべきじゃないって言うけど……』
『もう、しっかり干渉しておるんじゃないか、主よ』
ディーシーのツッコミが入った。俺は微笑する。しかしその思考はめまぐるしく動き、魔法文明関係の人物や謎について考えが及ぶ。
『まあ、そうなんだけどね。もしかしたら、俺はこの時代に深く干渉したかもしれないって思うんだ』
『どういうことだ?』
『アレティだよ』
俺は、世界樹遺跡から発見された銀髪少女を思い出す。
『あの子が、俺を見てジン某だと言った。それが気になっていたんだ。名前が同じ、姿も似ているか同じ……だとすると、俺はこの時代で、この姿で、彼女に会っているんじゃないかって』
もちろん、確証はないが。
『……何と! いや、それはつまり……?』
『俺が積極的に関わらないと、逆に未来が変わってしまうかもしれないってことだ』
ディグラートルも、ひょっとしたらこの時代の生き残りなのかもな。それなら故郷に、という意味も、若干こじつけっぽいが納得はできる。
あの不死身の男が、魔法文明時代の兵器を主力に選んだのも、そういう繋がりがあったからではないか……?
そうなると――
俺は、視線を調査隊の生き残りのひとりに向ける。
ブルという名の大剣使い。
これはただの偶然か? ブルカドル・ディグラートル――あの男は、最近ではノイ・アーベントでは「ブルさん」などと言われて食事をしている。以前、戦った時は、ベルさんと互角以上に渡り合う大剣の使い手だった。
大柄の体躯。長身だが、横も少々あって、一見すると脳筋タイプ。騎士らしいが、どちらかというと山賊のパワーファイターっぽい。あの皇帝のような威圧感も強さもないが……もし、不死身の皇帝のかつての姿だったら? あるいは先祖だったり?
『出来過ぎかもしれんが、本当に偶然かもしれんぞ?』
ディーシーが指摘した。俺も頷く。
『ああ、言い掛かりも同然で、証拠はなにもない』
実際、似てないし。
俺が見ていたことに、そのブルが気づいた。疲れ果て、同僚の死に打ちひしがれている騎士たちを避け、こちらにやってくる。
「ジン、隣いいか?」
「どうぞ」
ブルは俺の隣に座った。
「記憶がないって話だが、大丈夫か?」
「ああ、思い出せないのは困るが、特に問題ないよ。ありがとう」
「あんた、凄えな。吸血鬼やその眷属どもを叩き潰しちまった」
ブルは相好を崩した。笑うと意外と愛嬌がある。
「隊長は、あんたを放浪の魔術師といったが、たぶんそうなんだろうな。でなかったら、闇の軍勢がいるこの世界をくぐり抜けられなかったと思うぜ」
「かもな」
「あんたがアポリトに加わってくれたら心強い。おれの見立てだが、あんたなら十二騎士になれるんじゃないか」
「十二騎士……?」
「おう、アポリトが誇る十二人の最上級騎士のことだ」
ブルが胸を張った。
「天上人の騎士なら誰もがそれに憧れる。もちろん、このおれもな!」
「へぇ。君ならなれるんじゃないか? 強そうだ」
「いやいや……」
彼は顔を真っ赤にして照れた。……その見た目に似合わず、テレ屋かもしれない。
「確かに鍛えたから大剣なら、十二騎士を狙えるかもしれん。だが魔法に関してはどうにもな……あまり褒められたもんじゃない」
そこで――ズイっとブルが俺に顔を近づけた。おい、怖いよ、近過ぎだ。
「おれに魔法を教えてくれ。あんたみたいになりたいんだ!」
「その話、俺も混ぜてくれよ――」
別の声が降りかかる。見れば灰色髪の青年が立っていた。騎士ではあるが、ヘプタ島での戦いで見かけた時は、確か拳で戦っていた格闘家タイプだったような……。
「レオス・テルモンだ。よろしく、ジン・アミウール殿」
おぅ――返事をしようとしたその時、カルコス号内にけたたましい警報が鳴り響いた。
『総員、戦闘配置! 飛行クジラ群、接近中! 繰り返す、総員、戦闘配置!』
ミラール級フリゲート:
全長:68メートル
武装:10センチ魔法砲×2
旋回式対空魔法砲×1
乗員:15名
アポリト軍(魔法文明)の小型フリゲート。快速軽武装の艦艇で、艦隊の護衛や敵への突撃、哨戒など様々な任務に用いられる。防御障壁を装備しているが、軽防御なのでさほど耐久力はない。




