第7話、当面の問題
妖精さんに依頼していたアーリィーの服の修繕は、文字通り一晩で終わっていた。
俺の世界での家妖精の伝承でもそうだが、ほんとうにこいつら一晩で仕事片付けてしまうんだなぁ。しかも人間の職人が仕上げるより格安だ。そりゃ良好な関係も築きたくなるってものだ。
王都に行く予定の俺とベルさん。そこにアーリィーを送り届けるという仕事も加わった今、現状の確認をしておこう。
アーリィーはこの国の王子の替え玉だが、この村から王都に向かう間には、反乱軍がいて、しかも本物の王子を探してウロウロしているという按配だ。
この娘は偽物です、なんて話が連中に通じるはずもなく、おそらく反乱軍の連中と遭遇すれば荒事は確定事項。俺個人としては反乱軍に恨みはないが、やりようによっては連中から恨みを買うこともありうる。
「転移魔法は使えないかな? ほら、ポータルって言ったよね?」
アーリィーが言ったが、俺は即座に首を振った。
「『ポータル』は俺が直接行って、出入り口を設置しないと使えない。王都には行ったことないから、残念ながら、ここから移動ってわけにもいかないんだ」
「そっか。……そうなんだね。使えたら、昨日のうちに王都へ行けただろうし」
力なくアーリィーは笑った。どうにも思っていたのと違ったみたいで少しがっかりさせてしまったようだ。
ベルさんが首をぶんぶんと振った。
「そうなると、反乱軍の連中がうろついているのをかわしながら、王都を目指さないといけないってことだな?」
ちと面倒だぞ、とベルさんがぼやけば、王子の替え玉少女はすまなそうに俯いた。
「ごめんなさい、ボクのせいで」
昨日、アーリィーの王都行きのお願いを受けてしまったわけだが、受けなければ少なくとも面倒に出くわす率はほとんどなかっただろう。いまさら言っても仕方がないことだが。
「ベルさん、意地の悪いことを言うもんじゃないぞ?」
「は? オイラは別に意地悪したわけじゃないぞ?」
目を剥くベルさん。うん、意地悪したのは俺だよ。アーリィーの胸に抱っこされていたベルさんへのからかいだ。我ながら矮小だ。
「これくらいの危険は大した問題じゃないよ。面倒なのは認めるがね」
「空飛んでくか? 一人なら乗せられるぜ?」
ベルさんが言ったが、俺は否定の首振り。どっちを置いていくつもりだ? 俺か? アーリィーか? 彼女を置いていくなら本末転倒だし、俺も置いてけぼりは勘弁な。
俺は革のカバンストレージからこの国の地図を引っ張り出した。アーリィーを手招きすると、一緒になって地図を見た。……見目も麗しい金髪少女の顔が近づく。距離が近い近い――歓喜は胸に秘めておく。
俺はこの地に疎いから、地図を見ながら、この国の人間であるアーリィーにルートの相談をする。
このブルート村から王都まで真っ直ぐ目指すとなると広大な平原地帯を進むことになる。途中に反乱軍の陣地があった場所があり、連中がまだ陣を引き払ってなければ、そこに大勢がいることになる。王子捜索に部隊を展開させているだろうと思えば、どこで連中と遭遇するかわかったものではない。
連中がどういう通報システムを用いているかは知らないが、状況によっては一つの部隊に見つかれば、たちどころに周囲の部隊を引き寄せることもありうる。包囲されるのは面倒だ。
「……この森は?」
「えっと、たしかボスケの森だね」
アーリィーは俺の指し示した森をみて、顔をしかめた。
「魔獣がいっぱい徘徊している危険な森だよ。だから一部の冒険者や狩人以外は近づかない」
「魔獣の森ね……」
俺は視線をベルさんへと向ける。黒猫ベルさんも、ニタリと笑った。
「ルートは決まったか?」
「ああ。この森を通ろう」
「ちょ、ちょっと待ってジン!」
アーリィーは慌てた。
「ここは本当に危険な森なんだよ? 魔獣もいるし、ゴブリンの集落もあるし、オークがいるって話だ。王都の部隊だって近づかないし、このボスケは大森林地帯。深いし、森を抜けるにも結構距離がある」
「危ない森だって言うなら、反乱軍だって早々来ないだろう」
俺はさっさと地図をしまう。もう決めた。だからもう地図はいい。
「まあ、仮に反乱軍が部隊を送っているとしても、魔獣たちが牙を剥くから、盾代わりになるだろう」
「で、でも……」
「大丈夫だよ、アーリィー。君も言ったろ? 一部の冒険者や狩人は森に入って、帰ってきてるんだから。そんな無理な場所でもないよ。俺たち、これでも冒険者だし」
「! 魔法使いじゃなかったの?」
「魔法使いで冒険者だよ。珍しくはないだろう?」
俺が言えば、アーリィーはそうか、と頷いた。
「冒険者なら、そうだね。……ちなみに、ジン、君のランクは?」
冒険者ランク。基本、冒険者には、実績などからランク分けがされている。下はFから上はSランク、というのが大抵の国での決まりだ。Fは駆け出し、Sとなれば英雄的な強さや活躍をした者となる。
俺か? 俺の冒険者ランクか? 知りたいか、アーリィー? 俺のランクは――
「あー、ケフンケフン」
ベルさんがわざとらしく咳払いした。おっといけない。アーリィーがあまりに純朴そうで、つい口が軽くなって喋ってしまいそうな俺。
「ランクいくつだったっけ、ベルさん?」
「さあ、さあな……どうだったっけ?」
俺とベルさんはすっ呆ける。え、とキョトンとしてしまうアーリィー。俺は視線を泳がせた。
「ランクプレートを紛失してしまってね。最後に確認したのはいつだったか……あー、思いだせないなー」
ほんとはカバンに入ってる。
アーリィーの白い目が突き刺さる。現状、俺は素人丸出しの初心者ローブ姿で、しかも十代の外見だ。高ランクなんて言っても信用できない格好である。そう擬装しているのだから仕方ないが、こういう時、裏目だよなぁ。
「まあ、問題ないよ。これでも結構、場数を踏んでるし」
「そうそう、飛竜の谷を抜けたこともあるし、シーサーペントだって狩ったことがある。なあ、ジン、その時の話を聞かせてやれよ。そうすりゃこの嬢ちゃんも納得する」
「ベルさん……」
「飛竜の谷! シーサーペントだってっ!?」
アーリィーの声が上ずる。ベルさん、例えがでか過ぎる。これじゃホラ吹いているようにしか見えないぞ。どう考えてもAランク以上の案件だろうが!
胡散臭さだけ底上げされて、俺は頭を抱える。
「わかったわかった。ルートはボスケの森を通る。いちおうこの村にポータルを置いておくから、どうしてもヤバイと思ったらここへ戻ってくる。その時またルートを考えよう。それでどうだ?」
「……」
アーリィーは、すっと視線をそらした。俺の提案に対し、頭の中で整理しているのだと思う。しばしの沈黙の後、彼女は頷いた。
「じゃあ、それで。他に案もないし」
オーケー。物分りがよくて助かる。この娘にとって、現状ほかに当てがあるわけでもない。そもそも選択の余地などないのだ。
「あとの問題は、森に行くまでだな。距離は比較的短いとはいえ、平原を突っ切らなくちゃいけない」
ストレージに魔法車があるが、絶賛故障中。補修用の部品を作るところから始めないと動かせない。
捜索に乗り出している反乱軍部隊と出くわす可能性はある。同じ遭遇にしても、森に逃げ込めるボスケの森ルートと、王都まで平原を突っ切るルートでは、どっちが楽かは言わずもがなだが。
ちら、と俺はベルさんを見やる。
「走るか」
あぁ、その前にフィデルさんや村の人たちにお別れの挨拶をしておかないとな。……たぶん引き留められそうな気もするけどね。
2019/01/01 改稿&スライドしました。