第890話、ここはどこだ?
光が消えた時、俺の視界はうっすらと紫がかっていた。
毒ガスか!? とっさに口元を押さえ、浄化魔法を使用。
視線を巡らす。どこかの岩山に出てきたようだが……てっきり町とか、その近くだと思ったが、完全に想像外だ。
周りは山と木があって、郊外の山の中という雰囲気だ。文明的な景色ではないな。
俺はDCロッドを地面に刺す。
「ディーシー、魔力スキャン」
『了解』
ここが大帝国だとすると、どのあたりか。大陸中にばらまいた監視ポッドがカバーしている範囲内だとは思うが――
『ウィザードより、スパイ・サテライト』
監視ポッド経由で、自軍とコンタクトを試みる。しかし、少し待っても返信はなかった。魔力通信機の故障……はなさそうなんだが。
しかし、この何だ毒々しい霧みたいなのは……。
『主、魔力スキャンの結果だが、近くに人工コアの反応があるぞ』
ディーシーが魔力を走らせた結果を教えてくれる。
「え、人工コア?」
『うむ、サフィロとかグラナテとは少し違うが……人工コアのバリエーションのようだぞ』
「どこだ?」
『すぐそこだ。主の右、百メートルのところだ』
「うわぉ、マジですぐそこだな」
俺は、刺していたDCロッドを回収して、そちらへと足を向ける。
こんもりと土が盛り上がっていて、何やら金属製の柱のようなものが土に斜めに埋まっていた。
「……何かこの柱、どこかで見たような気がする」
どこだったか……うーん。俺は考えながら、ディーシーの誘導に従い、倒れている巨大柱を捜索。
そして見つけた。青みがかるコア、しかし虹にように色鮮やかな光を宿している。
『主よ』
「これは、オパールか……?」
オパール――サフィロのような人工コア。オパロ型! あ――
「ああーっ!」
『どうした、そんな素っ頓狂な声を上げて』
「思い出した。この柱、ウィリディスの地下にあった魔石貯蔵遺跡のやつだ」
土地をもらい、ウィリディスを開拓し始めた頃に見つけた古の魔術師の遺跡。大量の魔石を貯め込んでいた遺跡を制御する人工ダンジョンコアで、守護神のゴーレムが破壊された後、遺跡ごと自爆しようとしたやつだ。
俺が転移の杖で跳躍させたが――なるほど、ここに繋がっていたんだな……。
俺はオパロ型コアを掴む。すると俺の魔力に反応したか、コアが光り出した。
「――マスター登録完了」
……登録されてしまったらしい。人工コア、ゲットだぜ!
『主は、たらしよな』
「ディーシーさん、言い方ァ!」
とりあえず、革のカバン――ストレージに収納。転移の杖で飛ばした人工コアが、こんなところで回収できるとはラッキーだった。
待てよ、転移の杖で飛ばしたものが、ここにあるということは――
辺りを捜索すれば、実験と称して飛ばしたものや、障害物撤去などで飛ばしたものが、いくつも発見された。何やら岩肌がごっそり削られた攻撃の痕跡らしきものがあったが……ひょっとして、エンシェントドラゴンのブレスを転移させた時のやつかな?
「それにしても……ここはどこなんだろうな?」
自然の中にいるせいで、場所が特定できそうな材料がまったくない。監視ポッド経由の連絡も繋がらないままだし。
「ディグラートルは故郷などとほざいていたが、文明の匂いすら感じないぞ。あいつ、とんでもない田舎者だったりするのか?」
そのくせ、変な毒霧みたいなのが漂っているし。
『いっそ空でも飛んでみるか?』
ディーシーが提案した。どうだろうな……。俺は首を捻る。
「毒霧っぽいのがどこまで漂っているかわからんしな……。見えないかもしれないが、やってみないことには始まらないか」
大ストレージから、俺のトロヴァオンを――いや、ここは曲がりなりにも大帝国だろうし、そこで戦闘機で飛ぶのはマズイだろう。小型の浮遊バイクくらいなら見つかりにくいのではないか。
「……あれ?」
『どうした、主?』
「バイクがなくてね。……どこかで出しっぱなしだったかな?」
まあ、仕方ない。
俺は念のため、革のカバンに手を突っ込んで確認……うん、問題ない。ストレージの武器や魔法具、薬などはあったので、サバイバルをすることになっても大丈夫だ。
『まあ、心配するな主よ。必要なら我が作ってやる』
最近、誰に似たのか物作りが趣味になっているディーシーさんが慰めてくる。元から色々なものを作れるダンジョンコアだが、そのレパートリーは機械や兵器にまで及んでいるのが恐ろしい。
「頼りにしているよ」
『うむ、大いに頼りにしろ』
今は杖だが、人間の姿だったらドヤ顔で胸を張っていただろうな。その光景が浮かんで、俺は自然と表情が緩んだ。
「移動しよう。ま、ナビが使えないから、どっちに行けば集落に出るかはわからないけどね」
そもそも近場に集落などないかもしれない。監視ポッドでやりとりできれば、地図を送ってもらうこともできたんだが。何で繋がらないんだろう……?
エアブーツで浮遊、跳躍、そして加速。岩山だらけの地を手早く駆け抜ける。薄らとかかった紫の霧のせいで、正直視界はよくない。霧が濃い場所など、何があるかわからないから、捜索とか偵察だったらガバガバ索敵もいいところだ。
しかもなんだ、やたらと雲が低い。ひょっとしたらここは、標高の高い山だったりするのかもしれない。
「雲が近い」
そこで、遠くで光が瞬いた。赤い光線、そして爆発音が耳朶に響いた。
「何だ!?」
その低い雲から、一隻の浮遊船がヌッと姿を現した。
大帝国が使用する魔法文明フリゲートだ! しかし、その船体後部から煙を引いて、墜落している?
高度が下がり、そのまま岩山に派手に激突した。
「おいおい……どうなってるんだ?」
『主! 何か来るぞ!』
ディーシーが警告した。何かって――あれか?
俺は目を見開いた。
それは『クジラ』のように見えた。ヒレが翼のように大きな、真っ黒な巨大クジラの似た生き物が、空を泳いでいた。
「いや、マジであれ何!?」
新章開幕! 明日も更新予定。
英雄魔術師はのんびり暮らしたい、1、2巻発売中。どうぞよろしく。




