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英雄魔術師はのんびり暮らしたい  のんびりできない異世界生活  作者: 柊遊馬
第二部

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第822話、交わる刃


「提案ですか。……伺いましょう」


 ディグラートル皇帝と向かい合い、お茶をしている俺。大陸を支配しようと画策し、ヴェリラルド王国にもその魔の手を伸ばすこの男の提案とは?


「何、簡単なことだ。余と戦ってはくれまいか?」

「戦い……?」


 俺は慎重に言葉を選ぶ。


「それはつまり、サシで勝負を?」

「そういうことだ」


 控えている暗黒騎士、ベルさんが剣の柄を握った。これまでじっと見守ってきた彼だが、斬っていいと言われたら、すぐにでも飛びかかりそうではある。


「本当は、ジン・アミウールとの決闘を望んでいたのだがね」


 ディグラートルは涼しい顔でそう告げた。


「彼亡き今、その弟子である貴殿と戦ってみたい」

「奇遇ですね。私もあなたとの衝突は不可避だと思っておりました」


 暗殺、という手は控えたかったが、考えなかったわけではない。


「それは僥倖。いま余が、ここにいることを帝国では誰ひとり知らぬ。このまま余を殺すことができれば、しばし帝国本国は混乱するであろうな」

「皇帝陛下、失踪。……確かに魅力的な話ではあります」


 そう口にしつつ、俺は背中に冷たいものが流れる感覚にさらされる。言葉とは裏腹に、微塵も恐れも見せない豪胆さ。彼はまるで、散歩にでも行くだけという気軽い調子を崩さない。


 不死身ゆえ、か。次の瞬間、ベルさんが首を刎ねることだってできる状況なのに。


「しかし、それで戦争が終わるとは思えません」

「だろうな。余がいなくなれば、次に権力を手に入れた者が、後を継ぐだろう。好き勝手やる奴も出てくるに違いない」


 皇帝は他人事のように言った。


「だが、しばし混沌をもたらすことはできる。貴殿は英雄になれるぞ。皇帝ディグラートルを討ち滅ぼした者として」

「……それは困りました」


 俺は、ディグラートルから立ち上るオーラとは別に、自身の感情が冷めていくのを感じた。


「私は、英雄を望んではいませんので」

「……怖じ気づいたか?」

「すでに英雄ですから。これ以上の名声はいらない」


 その言葉に、皇帝は目を丸くした。


「ほう、面白い。だが困ったな、どう言えばやる気を出してくれるかな?」

「戦うという提案はお受けしましょう。……あなたの言う通り、護衛もいない今は、絶好の機会」


 ベルさんがデスブリンガーを構える。……やりたくてウズウズしてるなこの人。


「衝突不可避なら、やらない理由はない」


 物事にはタイミングというものがあるとはいえ、どうせ戦うのだ。早いか遅いかの違いでしかない。


「左様。私が本国に帰れば、ここのことも部下に話すだろうからな。貴殿にとっても口封じはしたいだろう?」

「場所を変えましょう。さすがにこの部屋で戦うには狭すぎる」


 すでに皇帝陛下の目は、戦う戦士のそれだった。武闘派と評判の彼を奇襲するには、すでにその機会を逸している。


「うむ。我が提案を受け入れたこと、感謝するぞ、トキトモ侯爵」


 ディグラートルもソファーから立ち上がった。


「では、殺ろうか!」



  ・  ・  ・



 かくて決闘することになった。場所は、ノイ・アーベントから離れた荒野。


 さすがに人目の多い場所で皇帝と戦うのはどうなのか、と思った結果である。それに、一般人がいないなら、思い切り魔法を使っても周囲に被害を出すこともないだろう。ダスカ氏やサキリス、シェイプシフター兵らが周りにいるが、流れ弾には注意してもらいたい。


 いきなり舞い込んできた皇帝暗殺の機会。無駄にはできない。


「おい、ジン。こいつはオレにやらせろ」


 先ほどから臨戦態勢のベルさんである。


「皇帝陛下は俺と戦いたいって言っていたんだけどな……」


 とはいえ、ベルさんの気持ちもわからないでもない。


「……というわけなんですが、よろしいですか?」

「構わん。ウォームアップにちょうどよい」


 余裕のディグラートル。ベルさんが「ぬかせ」と吐き捨てた。……相手はベルさんのことを侮っているぞ、やっちまえよ。


「ああ、倒してしまってもいいんだろ?」

「どうぞご自由に」


 向こうも当然、こっちを殺しにくるからね。これは試合ではない。


 二人が対峙する。空気が変わった。

 冷気を帯びた風がすり抜け、ギャラリーたちは口を閉じた。


 そして始まった戦闘。暗黒騎士と、冒険者風の皇帝。得物は双方とも大剣。それが激しくぶつかり、火花を散らす。


 ……へぇ、ベルさんにパワー負けしていないな。


 五十代である皇帝というのが、少々信じられないくらいよく動く。この人、俺が去年出場した王国の武術大会に出ても、そのまま通用するのではないか。


 いや、ベルさんと剣戟を交えてる時点で、優勝候補くらいの実力はある。


 重々しく、とかく大振りになりがちな大剣を器用に扱うベルさん。しかしそれはディグラートルも同じ。玉座にふんぞり返っている皇帝に、ここまでの戦いができるのか……。俺は驚きを禁じ得なかった。


 金属がぶつかる音が激しく響き渡る。……ヤバイ、この皇帝、マジで強い。


 風を斬る一刀の重さは、容易く首どころか胴体さえ両断するだろう。もし彼に十人の完全武装兵がまとめて襲いかかったとしても、五秒と絶たず全滅するのが見えた。


 もちろん、ベルさんも負けていない。ギロチンの刃にも似た凶器を、デスブリンガーでいなし、弾き、また反撃を加える。ディグラートルといえど、自身の放つ剣に匹敵する攻撃は、防ぐかかわさねば致命傷になりかねない。……いや、不死身というのが本当なら、まだ余裕なのかもしれないが。


「ぬんッ!」

「おおおッ!」


 どちらの動きが目まぐるしくなってきた。明らかに魔法的なブーストがかかっていて、常人の動きではなくなっていく。空を切ったそれは刃となって地面を削り、剣は岩を砕く。


「やるな、貴様」

「お前もな!」


 あのベルさんと対等以上に渡り合っている。しかもベルさんは、徐々に自身のギアを上げていっている。彼は大悪魔にして魔王。その本来の力を制限してここにいる。本気を出せば、恐るべき力を発揮するが、それを天使たちに見せるわけにはいかないというハンデを背負っている。


 だからベルさんは本気を出していない。俺が見た中で彼が本気を出した場面はないと言っていい。


 その彼が力を上げていっているということは、ディグラートルはすでに常人のそれを凌駕していることに他ならない。


 人類最強の戦士――おいおい、奴は勇者様だってか?


 対する魔王様も兜で隠した奥から不気味な笑い声が漏れはじめる。楽しんでいる……! この人、戦いを楽しんでいるぞ!


「フハハハハハー!」


 瞬きのあいだに肉薄。その一撃がディグラートルを吹き飛ばす。

 しかし皇帝も手にした大剣できちんと防いでいる。だがそれでも吹き飛ばされた。それだけ凄まじいパワーなのだ。……それでも壊れない皇帝の剣も大概だ。


 見守るサキリスやダスカ氏は微動だにできず、ただ呆然としている。気持ちはわからなくもないが……ちと、まずいなこれは。


 俺は内心焦ってくる。ベルさんが、その身体に黒いオーラをまとい出した。


 魔王様が、その本領を発揮し出したのだ。

英雄魔術師はのんびり暮らしたい2巻、4月10日発売。

TOブックスオンラインストア、ほか電子書籍版購入で特典SSがそれぞれ付きます。

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