第79話、招かれざる客
ワイバーンが大地に身体を横たえて動かなくなると、後ろの近衛たちから「おおっ!」と声が上がった。
「ワイバーンをあんな簡単に……!」
「いったい何をしたんだ、ジン殿は。ワイバーンがいきなり落ちたが」
「魔法、なのだろうが……うーん、私たちには真似できないな」
近衛の騎士、魔術師らは驚きを隠せない。近衛隊長のオリビアもアーリィーと顔を見合わせる。
「何だか、慌てた私たちが馬鹿みたいに思えてきました」
「まあ、ジンだからね。さすがだよ」
表情こそやや呆れが混じっているが、どこか誇らしげにアーリィーは言った。
さてさて、思いがけないモノが転がり込んできた。ワイバーンはBランク相当の魔獣。純粋な竜種に比べるとやや落ちるとはいえ、なかなか希少な素材だ。せっかく倒したのだ、このまま放置するのももったいない。
というわけで、グリフォンを呼び寄せる鳥形のデコイに光モノを持たせて、この広場上空を旋回させる間、俺はワイバーンの解体を行った。
グリフォンが光モノに引き寄せられるというのは本当なんだな、と思った。解体をはじめて少し、一頭目のグリフォンが飛来したのだ。
アーリィーのエアブーツ作りのための遠征とはいえ、元々はこっちでやろうと思っていたことだ。解体作業を中断して、グリフォン退治をしようとしたら、アーリィーや近衛騎士たちがグリフォンを倒すのを手伝おうとしてくれた。
騎士たちが盾を形成し、後ろからアーリィーがエアバレットを、魔術師たちが攻撃魔法をグリフォンに放つ。空中を飛ぶ魔獣は厄介だから、俺は魔法のウェイトアップでグリフォンを無理やり地上に下ろしてやった。
ただ、ワイバーンと違い、グリフォンは四本の足を持っている。地上に降りてもツメや嘴で攻撃してくる。皆で頑張ってグリフォンを倒す。……俺ひとりのほうが楽なのは、わかってても口に出さないのが礼儀というものだろう。
結果的に光モノに釣られたグリフォンは三頭。これらをすべて倒した頃には、ワイバーンの解体も終わり、グリフォンからも目当ての『羽根』と、風の魔石を回収。俺たちは森の外のキャンプへの帰途についた。
騎士たちは疲れてはいたが、その表情は実に溌剌としていて、一仕事終えた顔だった。グリフォンを倒し、来る時よりも確実にレベルアップしたという実感があるのだろうと思う。それはアーリィーもまた同じだった。中々、上手くエアバレットを使いこなしていたぞ。褒めてやったら、満面の笑みを返された。
ワイバーン肉とグリフォン肉もとってあるから、食事が楽しみだ。
近衛隊のキャンプに戻ると、こちらは待っている間、特に何もなかったようだった。森の外とはいえ、俺たちがワイバーンと遭遇したように、何か厄介なのが出てくる可能性は皆無ではなかったのだが。
到着して遠征組が休みを取り始めた頃、ベルさんが俺のもとにやってきて言った。
「招かれざるお客さんたちが来ているぞ」
盗賊の類だろうか、主に人間で構成される集団が、キャンプ近くに潜んでいるという。人数はおよそ二〇名ほど。近衛隊の設営したキャンプを監視する配置についている。
それを聞いた俺は首をかしげる。
「妙だな……」
「ああ、まったく。これはおかしい」
ベルさんが同意した。
ボスケ大森林地帯というのは、別名『魔獣の森』と呼ばれる危険な場所。冒険者か狩人しか寄り付かない場所に、二〇人規模の集団がいることが、そもそも妙なのだ。
「盗賊なら、こんな魔獣が徘徊しているような場所をテリトリーにはしない。もっと安全で人通りがある場所があるだろうし」
「通りかかる冒険者か狩人を襲ったって、大金持っているわけねえし、逆にランクの高い奴を相手どったら、やられるのは自分たちだしなぁ」
そもそも、近衛隊のキャンプである。ヴェリラルド王家の紋章をつけた馬車に完全武装の近衛隊の姿を見れば、普通の盗賊は手を出さずにその場を離れる。並みの兵士より腕の立つ騎士たちに喧嘩を売るなんて相当な愚か者と言えるし、仮にも王族に手を出したら、反逆罪で徹底的に全員が追い回され捕縛、処刑される道しかない。
「近衛のキャンプなのは連中もわかっているはずだ。それでも動かずそこにいるってのも妙だ」
「どう考えても友好的な奴らではないわな。それなら疾に顔を出してるだろうし」
「王家を敵に回しても構わない命知らずの連中……ということになるな」
ゴブリンなどの亜人種……なわけないか。攻める気があるなら、とっくに動いているだろうし。
「連中はまだ、動いていないな?」
「ああ、じっとこっちを見守ってるよ」
俺たち遠征組が戻ったことで、ここのキャンプにいる人数は増えている。何者かは知らないが、連中にとってはより手を出しにくくなったわけだが……。
「嫌な予感しかしないな。……仕掛けてくる、かなぁ」
「向こうが去らないとなれば、そうなるんじゃね? 面倒だけど」
俺とベルさんは、ため息をついた。
「どうするよ、ジン?」
「連中、攻めてくるとしたら……やっぱり日が落ちてから、かな」
オリビアに妙な連中がいることを伝えよう。となると、そこから近衛に伝わり、臨戦態勢になるのは、見張ってる奴らも感づく。攻めてくる気があるなら、行動を繰り上げて出てくるか? それとも、攻めにくくなったと判断して離れるか? ……いや、連中が何でここにいるかわからない以上、楽観は控えるべきだろう。
目的の中で、最悪なのは……アーリィーを葬ろうとする刺客だったという場合。平穏無事な学校生活で忘れそうになるが、あの男装お姫様は命を狙われているのだ。
「どう出るにしろ、オリビアたちに伝えて――」
「ちょっと待った!」
ベルさんが突然遮った。
「別の方角から何か来るぞ……複数、獣の群れか……!?」
どうやら、先手を打たれたようだった。
光るモノが好き:グリフォンは財宝を溜め込んでいるらしい、という伝説。




