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第6話、ブルート村に帰ってきた

 ブルート村の略奪を行った反乱軍、その部隊を率いていた傭兵隊長コラムとその一派は俺の手で始末された。


 旦那を殺された村の女性、オリーさんに、コラムの殺害と、ご当地の神様のシンボルが刻まれた白木のお守りを渡したことで、俺は依頼を完遂した。


 未亡人は大事そうに、そのお守りを指で撫でる。目が見えないから撫でて形を確かめているのだ。涙を流す彼女から、俺はそっと離れる。目が見えなくても涙は出るんだな……。


 胸の奥に去来するのはむなしさ。

 仇討ちはしたが、未亡人が心身ともに負った傷と、これからのことを考えると手放しては喜べない話である。


 ただひとつ言えることがあるとすれば、コラムとその仲間たちは復讐されるだけのことをやらかしたということだけだ。……まったく、世の中はクソである。


 村長代理から正式に村長になったというフィデルさんに、後のことを任せる。


「あの、ジン様。いつまでこの村にいてくださるのでしょうか?」


 どうやら長逗留を求めているらしい。王都を目指してはいたのだが、例の反乱軍がそちらに向かっているらしいという話だし、別段急がないから、しばらくいてもいいのだが……。

 ああ、そうだ。そういえば王子の影武者を抱えているんだった。


 彼女はこれからどうするだろうか? 娘ひとり放り出すというのも寝覚めが悪いしなぁ。ちょっと話をしてから今後のことを決めよう。

 俺が避難所から出れば、ベルさんとアーリィーが待っていた。


 朽ちた民家の前の段差に腰を下ろしている男装娘の膝の上に、ベルさんが乗っている。見た目、ただの猫なので、アーリィーに撫で撫でされている。……羨ましいぞ、畜生。


「よう、ジン。報告は済んだかい?」

「まあね」


 俺はそれ以上言わなかった。……何を言えというのか。


「それで、嬢ちゃん。ジンに言いたいことがあるんだろ?」


 ベルさんがアーリィーに促した。俺が未亡人と欝になりそうな話をしている間に、こちらでも何やら話しあったようだ。まあ、ある程度の予想がつくが。

 アーリィーは、ためらいがちに言った。


「あの、ジン? その……これからのことだけど」


 奇遇だな。俺もその話を待っていた。


「君たち、王都に行くんだってね。それで、お願いなんだけど、ボクも連れていってくれないかな?」

「そいつは依頼か、アーリィー?」

「え、うん……。依頼じゃないと駄目というなら依頼で」

「報酬は?」

「……王都についたら、君たちが欲しいだけ」


 アーリィーは不安そうだが、そう答えた。

 この子、この国の王子殿下の替え玉らしいが、これが素なのだろうか。それはともかく、本物の王子ならともかく、この替え玉ちゃんが、こっちの欲しいだけの報酬を用意させられる立場なのかね……?


 まあ、どの道、行き先が王都だって言うなら、仮に大した報酬にならなかったとしても問題はないんだ。……反乱軍騒動の真っ最中ってことを除けば。


「わかった。王都まで君を連れていこう。……とはいえ」


 あたりはすっかり暗くなってきた。今から出発してもおそらくたどり着けないのはわかってるから、今夜はこの村で一晩過ごそう。


「まずは、寝床を確保しないとな」



  ・  ・  ・



 適当な場所を貸してください、とフィデルさんにお願いしたら、ぜひ避難所に、と言われたが、村人たちの避難所に俺たちがお邪魔するわけにはいかないと断らせてもらった。

 ボランティアは、被災者の場所をとってはならないのだ。




 さて本題の寝床である。交渉の結果、村の端にある納屋の残骸を一晩の宿代わりに借りた。雨風凌げるなら、何もないよりマシだ。

 実際、略奪の後なので、文字通り何もなかったが。


 アーリィーは胸もとにベルさんを抱きかかえている。……くそ、羨ましいぞベルさん! 彼女は空っぽの納屋を見ながら口を開いた。


「今日は、ここで休むの?」

「ああ、心配しなくていいぞ嬢ちゃん。ジンに任せておけば大抵なんとかしてくれる」

「気楽に言ってくれるよ、ベルさん」


 ま、実は俺も言うほど悲観的になっているわけじゃないけど。

 俺は革のカバン(ストレージ)に収納していた杖を取り出す。個人的にはボックスよりストレージという言い方が好みだったりする。そもそもこれ、箱じゃないし。


 アーリィーが目を丸くした。明らかにカバンの深さよりも大きい杖がするすると出てきたからだ。


「ジン、そのカバン、もしかして魔法具……?」

「ん? ああ、中は別空間につなげてある」


 魔法道具、略して魔法具。

 魔法が付加された品や道具のことを指し、常時魔法効果が働いているお守りや触媒、必要な時だけ効果を発する照明や小道具など様々なものがある。


「それって、とっても貴重な遺産級の魔法具だよね……?」


 古代文明時代の迷宮やら遺跡から見つかるクラスの、という意味でアーリィーは言ったのだろう。俺は首を横に振った。


「こいつは作ったんだよ。……ほら、外面はそんな古いものじゃないだろう?」

「つ、作ったっ!?」


 アーリィーはそのヒスイ色の瞳を大きくして驚いた。その反応に、俺は口元が引きつった。


「そんな大層な代物じゃないよ。カバン自体は、どこでもある普通の革カバンだし。俺が魔法でやってるだけだから、正確には魔法具ってものでもないし」

「魔法具ではない……? あ、でもそれでも、ジンがそういう収納の魔法を使えるってことだよね! それはそれで凄いと思う」

「まあ、珍しいかもしれんが、高位の魔法使いなら使えるやつもいなくもないぞ」

「自分で言うかねぇ、高位魔術師だって」


 ベルさんが、ふっと漏らした。他人事決め込んでやがるぞ、この猫もどき。あんただってやろうと思えば、これくらい何でもないくせに。 


 そんなことよりもだ。俺は取り出した杖を地面に向ける。

 メロンほどの大きさの赤い宝石のような玉がついた杖、DCロッドである。


「……凄い杖だね」


 アーリィーは驚いたが、これは仕方がない。巷の魔法使いが使う魔石付きの杖でも、これほど大きな魔石はついていない。というより、このサイズの魔石なら、おそらく屋敷が建つほどの金額を超えるだろう。


「ちょっとこいつの魔力を借りるからな」


 俺は、杖の先に意識を持っていく。作るのはこの村の住民にも提供したスライムベッドである。


「!?」


 アーリィーが後ずさる。黒いそれは、たちまちダブルサイズのベッドほどの大きさになると、ベルさんがアーリィーの胸から離れてダイブした。


 柔らかい中に確かな弾力を備えたそれの上を、黒猫姿のベルさんの身体が弾む。「あー」とか言いながら、ベルさんがゴロゴロと。


「さすがにこのベッドは格別だな」


 俺もスライム状ベッドの端に腰掛ける。この柔らかな座り心地は、ちょっとやそっとじゃ出せない。この世界の最高級ベッドやソファーに比肩するだろう。これがあれば野宿決め込んで硬い地面に寝るなんて信じられない。


「どうした、アーリィー。君も座れよ。立ったままじゃ、しんどいだろう?」

「う、うん……」 


 黒い外見なのがいけなかったのか、少女は恐る恐る近づく。だがベルさんが寝そべっているのを見て、危険はないと判断したらしい。俺の近くにゆっくりと腰を下ろす。


「うわ、なにこれ……! 柔らかい……!」

「今日のベッドだからな。広さは充分あるから、好きに寝たらいい」


 俺はDCロッドの魔力を使い、毛布を出すと適当にベッドの上に置いた。野宿などでは外套(がいとう)に包まって寝るのが普通だが、それではさすがに寂しい。


「ジンは何でも出せるんだね」


 アーリィーが、ぽんぽんとベッドの感触を確かめたあとで、ごろりと横になる。……何だか楽しそうだ。うら若い娘が寝そべる姿って、何故かそそられるものがある。


「何でもは出せないさ」


 出せるものだけ、な。俺は革カバン(ストレージ)を漁り、水の魔石を加工した水筒と、保存しておいた肉と、以前の町で買い溜めしたパンを出す。さらに小さなシチューポットや皿などの食器類も用意する。


 その様子をアーリィーは食い入るように見つめている。野外で料理の支度をするのを見るのは初めてかな?

 男装の少女は、子供のように興味深げな目を向けてくる。


「いま、スープを作るからな。お腹は空いているかもしれないが、待っててくれ」


 黒パンは保存が利くが硬くて、そのまま食べるのはしんどいからね。

2019/01/01 改稿&スライドしました。

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