第775話、グランドバトル
万を超える大軍勢が平原を動くさまは、壮観な眺めである。まるで地面が動いているようだ。
俺は、ASアヴァルクのコクピットにいて、ただいま潜伏中。大帝国の東方方面軍――六万もの兵員と、数百の機械兵器がモニターの左から右へと移動する様を観察していた。
魔力通信機がなる。
『「ウィザード」、こちらハンター1。先発していた敵捜索騎兵部隊を撃破』
マッドハンター指揮する第一機動歩兵中隊からだった。
彼らは、大帝国軍の前衛偵察部隊を始末した。この偵察部隊は、後から続く本隊のための斥候を兼ねている。……無線もない時代なら、伝令を出す間もなく全滅させられれば本隊も『敵』の存在の察知が遅れるのだが、今は帝国にも部隊間通信用の機械の配備が進んでいる。敵がいることを通報された可能性は高い。
まあ、正直、バレたところでこちらのプランに変更はない。
「では、こちらも動くぞ」
俺は伏せている第二、第三AS中隊を一瞥する。カモフラージュネットを被り、平原に伏せている鋼鉄の巨人。立てば六メートル近い高さのASも、伏せてしまえば戦車とさほど変わらない。
「ウィザードより、トニトルス。攻撃を開始せよ」
『トニトルス、了解』
初手から派手にやろう。俺の指示を受けたトニトルス――イールⅡ攻撃機の中隊が、東から低空を飛来。大帝国地上軍へ突撃を開始した。
地上攻撃用装備を搭載し、攻撃機らしい姿に変貌したイールⅡはエクスプロード弾頭ロケットを目一杯積み込んでいる。
それらが地平線の彼方から一気に距離を詰め、姿を現すと、行軍中の帝国軍の動揺がさざ波のように広がっていくのが見えた。
帝国軍は通常の行軍隊形から戦闘に素早く対応するための即応状態で行軍をしていた。前衛の魔獣群がデファンサ城で戦っている上、ファントム・アンガー艦隊が空軍と戦っていたからだ。
だが、六万もの大軍だ。デファンサへ向かう平原を千人で隊を形成すれど、それが六十もあれば、複数の隊が横に広がって進んでも相当の幅や長さとなる。陣形変更とて、簡単ではない。要するにデカ過ぎて、身動きできないわけだ。
そして俺たちは、それをのんびり待っているつもりはない。
イール・アタッカーズは、地上で押しくら饅頭よろしく密集している帝国軍に次々にエクスプロード弾を叩き込んだ。真っ赤な火球が連続し、帝国兵が飲み込まれ、そして吹き飛ばされていく。
重厚な隊列が歪み、グチャグチャになっていくのは、ひとつのカタルシスを生んだ。綺麗なものを汚す、壊してはいけないものを壊していく感覚に通じる。消費されていくのは人の命。命を奪うために進む軍隊の、その兵士たちを業火へと叩き込む。
『おうおう、エグイエグイ』
魔力通信機を通して、ベルさんの声がした。
『もうあいつらだけで、半分は片付けてねえか?』
三十機のイールⅡ攻撃機である。圧倒的火力は有しているとはいえ、まさに蟻を潰すが如く蹂躙である。
「一見すると、そう見えるけどね。あの攻撃された部隊も、三分の二くらいはやったけど、結構生き残っていると思うよ」
外側の連中は爆風で倒れただけだろうし。着弾点付近の者は確実に倒したが、全体の三分の一くらいだろうな、削れたのは。
本格衝突前の空爆は、確実に打撃を与えている。制空権を得た上での空からの攻撃は、まさしく圧倒的だ。
だがそれだけで終わるほど世の中、簡単にはできていない。
「いつの時代だって歩兵は必要だ。いかに機械や兵器が発達しようとも、最後は兵士が戦場を制圧しないといけない」
俺は、操縦桿を強く握った。セットされているDCロッドが『行くか?』と声を上げた。
「ウィザードより、ソードナイツへ。……突撃!」
潜伏ネットを捨て、アーマードソルジャーが立ち上がる。脚部の推進ユニットを噴かし、ホバークラフトの如く、平原を突き進む。
AS二個中隊は、大帝国軍右側面から津波の如く押し寄せる。
敵軍の外周を囲むように進む、ゴーレム『鉄鬼』が反応する。これに甲鎧部隊も続き、阻止すべく隊列を組もうとしていた。
が、そうはさせんよ。
「全機、エクスプロード・ロケット、一斉射、撃てッ!」
全ASが追加で搭載していた九連装ロケット弾ポッドが煙を引いた。放物線を描いて飛んだ多数のロケット弾が新たな爆音と破壊の嵐を吹き荒れさせた。それは右翼列の健在な歩兵部隊複数と、ゴーレム、戦車、甲鎧を水に流すが如く一掃する。
ジャブというには、きつい一撃だっただろうな。右側面がズタズタに引き裂かれた大帝国軍。壊乱状態のところに、俺たちソードナイト大隊、二つのAS中隊が飛び込んだ。
空っぽのロケット弾ポッドはパージ。身軽になり、敵部隊に突入したASアヴァルクは各々が装備した武器を用いて、掃討にかかった。
マギアライフルが、ゴーレムを貫き、ロケットランチャーから放たれた榴弾が敵兵を十数人規模でまとめて吹き飛ばす。
さて、俺のアヴァルクはマギアロッドを両手に保持している。外見はAS用魔法の杖だな。これに俺の魔力を注ぎ込んで、増幅。これを……放つ!
青白い巨大ライトニングがマギアロッドから放たれる。感覚としては、俺がライトニングを撃つのと同じだ。だが威力は杖の大型オーブによって増強され戦艦のプラズマカノン並だ。そしてそれをドカドカと撃ち込めばどうなるか。
数発も撃ったら正面の千人規模の大隊が、エクスプロード弾に耕された跡のように死屍累々となった。
こういうのをやっちゃうと火力至上主義に走っちゃうんだよねぇ……。英雄魔術師時代、ルプトゥラの杖で大帝国の集団を片っ端から消滅させていった頃を思い出す。
俺が正面を突き崩したところへ、右にサキリスのアヴァルク・ヴァルキリーの小隊、左にベルさんのブラックナイトの小隊が出て、攻撃を逃れた敵の残りを狩っていく。
『ポイニクスよりウィザード』
高高度を飛行する空中管制機ポイニクスよりの魔力通信が耳に届く。
『敵は態勢を立て直しつつあり。近隣の三個大隊が、右翼へ急行中』
敵の手の届かない高空から見下ろした映像が魔力転送され、俺の機体のモニターに分割表示される。
ふむふむ、敵全体の三分の二あたりまで攻撃の手が及んでいて、再編しつつある部隊も含めて、まだ半分は残っている様子だ。そして俺たちが食い込んでいる右翼に、態勢を整えた部隊が向かってきている、と。……よしよし、もう少し、敵さんを忙しくしてやろう。
「了解、ポイニクス、敵を迎撃する。ウィザードよりハンター、頃合いをみて、『ビートル』と攻撃を開始せよ」
『了解、ウィザード』
マッドハンターが応じた。
帝国軍の注意が右翼に集中している頃、本来は進行方向正面だった東から、マッドハンター率いるAS第一中隊と、ナースホルンケーファー多脚戦車――ビートル中隊が襲撃を仕掛けた。
アヴァルク・ヴァルキリー:アーマード・ソルジャー『ヴァルキリー』外装、そのアヴァルク・ヘッド仕様。機体カラーは本来は白銀だが、ファントム・アンガー仕様で白と赤となっている。両肩部に可動式の盾を装備。これとは別に盾と騎兵槍型マギアランスをメイン武装としている。近・中距離戦の機体だが、背部に拡散・収束マギアキャノンを搭載し、射撃戦にも対応している。
主なパイロットは、サキリスと彼女の率いる小隊員。
武装:マギアランス×1
マギアシールド×1
肩部フレキシブルシールド(シールドカッター)×2
背部収束・拡散マギアキャノン×2
『英雄魔術師はのんびり暮らしたい』1巻発売中!




