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英雄魔術師はのんびり暮らしたい  のんびりできない異世界生活  作者: 柊遊馬
第二部

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776/1941

第769話、クレマユーの娘


 エリザベート・クレマユーは、クレマユー大侯爵の娘の一人である。二十歳、金髪縦ロールの貴族令嬢。吊り目で、凜とした美少女――いや美女だ。


 デファンサ城に来ていた彼女は、敵の襲来を聞き、ミスリルの魔法甲冑をまとう。軽装な魔法騎士といった姿だが、剣はお飾り、本職は魔術師だった。


「いけません、エリザベート様。ここは戦場となります。今のうちにブリアール城にお戻りください」


 城主であるペソコス子爵配下の騎士長が説得を試みるが、エリザベートは首を横に振った。


「いいえ、私はここに残ります。大侯爵の娘だからと、逃げるわけにはゆきません」

「しかし、あなた様の身に何かあれば、お父上の――」

「父のことは黙りなさい!」


 ぴしゃりと、エリザベートは怒鳴った。それまで落ち着いていたのが嘘のような豹変ぶりだった。明らかに触れてはいけない部分に触れてしまった――騎士長は深々と頭を下げた。


「も、申し訳ございません!」

「……いいえ。私こそ、怒鳴ってごめんなさい」


 幾分か表情を和らげるエリザベート。自ら感情のまま声を荒げたのを恥じているのだ。

 だが、それだけエリザベートにとって、父クレマユー大侯爵の話は聞きたくなかった。昔から末娘であるエリザベートを甘やかしてきた彼である。今ではいい加減、いい歳なのだからと無数の婚約話を振ってくるが、当のエリザベートは悉く拒否した。


 本来なら、拒否も何もなく、親の決めた結婚には従うものだが、彼女は甘やかされて育った分、頑固であり、父に対しては強かった。二年前まではそれなりに関係は良好だったが、今では蛇蝎だかつの如く嫌っていた。


 すべては、大帝国との戦争、その英雄たるジン・アミウールを愛してしまったが故だ。


 彼に会ってから、彼女のすべてが変わった。傲慢にしてわがまま放題、才能を鼻にかけていた見た目だけのお嬢様は、すっかりなりを潜め、心を入れ替えた。というより、惚れてしまったジンのために自分を作り替えてしまったと言ってもよい。


 彼のため、すべてを捧げ、彼が好きになってくれる要素を残し、磨き、彼が嫌うことはしないし捨てた。


 盲目的に彼を慕い、恋焦がれた結果、エリザベートは周囲から付き合いやすくなったと以前よりも好感をもたれた。わがまま傲慢姫は消え、淑女らしく振る舞い、優しさと的確な判断力と実行力を発揮した。


 父親との距離は、エリザベートがジンに好意を深めるほど広がっていった。英雄魔術師として彼が名を上げていくと共に、いやエリザベートが彼にべったりくっつくたびに、大侯爵は機嫌を悪くしていった。

 決定的だったのは、エリザベートが父に、ジンと将来を共にしたいと告げた時だ。敬愛するジンに対して、大侯爵は『どこの生まれかもわからぬ者に、高貴なる我が一族の娘を渡せるものか!』と声を荒げた。


 それだけだった。エリザベートが、これまで大好きだった父が大嫌いに転換したのは。父がジンを冷遇していくのがわかったから、余計に嫌いは加速した。正直、目も合わせたくないほどだ。


 大帝国を追い詰め、まさに救国の英雄になるところだったジンが命を落とした、と聞いた時、エリザベートは心底絶望した。やはり、彼と共に行くべきだった、と後悔したが、後の祭り。それよりも彼女を苛立たせたのは、父が直後に持ってきた婚約話。ジンを失ってさぞ辛いだろう、とのたまいながら、内心では喜んでいる父を心底嫌悪した。


 かくて、険悪のまま、今日に至る。大帝国は息を吹き返し、いま連合国は窮地に立たされている。ジン・アミウールが生きていれば――そう思わずにはいられない。もし父が、彼への支援を絶やさなかったら、あるいは……。

 いや、今さら言っても仕方のないことである。


「……魔獣の集団が来たぞー!」


 城内を見張り兵が伝令として駆け抜ける。それを耳にした騎士や兵士たちは、それぞれの持ち場へと走る。


 いよいよ、このデファンサとその城下町に大帝国の魔の手が迫っているのだ。ここを抜かれれば、クレマユー大侯爵のブリアール城、さらには王都への道が開けてしまう。


「ジン様、どうか私たちをお守りください」


 神に祈るが如く、エリザベートはその場で祈りを捧げる。彼女にとって、ジンはそれだけ大きな存在だったのだ。



  ・  ・  ・



 大帝国第一空中艦隊は、クレマユー大侯爵領へとゆっくりと進んでいた。


 戦艦六、クルーザー十四、コルベット二十の堂々たる艦隊である。さらに右舷側を併走するは、第二空中艦隊。戦艦四、クルーザー十六、コルベット十六の艦隊だ。


 さらに艦隊後方には、親衛隊から派遣された艦隊があって、空中空母一、輸送艦兼仮設軽空母三、クルーザー三、コルベット六が護衛についている。


 第一艦隊司令長官のスラヅィ大将は旗艦『コヴァルク』にいた。六十代、恰幅のよい指揮官は長官席に鎮座して、通信参謀からの報告を聞いている。


「前衛が、デファンサの守備隊と交戦したか」

「魔獣どもにやらせるとは、陸軍も随分と楽な戦争をしておりますな」


 参謀長が皮肉げに言えば、スラヅィは肩を揺らして笑った。


「まあ、そう言ってやるな。それを言ったら、あちらさんだって、空軍は後方で遊んでいると陰口を叩いているだろうよ」

「航空ポッド部隊は、陸軍を支援しております。決して遊んでなどいません」

「ふむ、だが艦隊が前線にきたのは、実に久しぶりのことだ」


 ファントム・アンガーなる傭兵軍による航空攻撃。これにより無敵と言われた大帝国空中艦隊は大きな痛手を受け、不用意に前線に出れなくなった。


 もともと空において戦う相手などいなかった第一、第二の両主力艦隊は後方に押し込められ、暇をもてあますことになってしまっていた。


 だが、今回は違う。

 久しぶりの艦隊出撃。本国親衛隊から、航空機対策の空母とその艦載機の支援を受け、くすぶっていた空中艦隊に出番が回ってきた。


 レアルタ・ラヴァッハ作戦――ウーラムゴリサ王国に戦力を集めて中央突破。勢いのままに王都を陥落させ、連合国の盟主をこの戦いから脱落させる。要を失った連合国は戦意を喪失、または統制を失い、大帝国に降る。

 昨年には終わっていたはずの連合国との戦争、それにケリをつけるのだ。


「しかし、できれば艦隊各艦に、対空装備を積みたかったところではありますが……」


 参謀長が眉間にしわを寄せる。スラヅィも息をついた。


「そうさな。我が帝国初の戦闘機部隊が護衛についているとはいえ、ファントム・アンガーは強敵だ」

「それぞれの艦には、迎撃用魔法杖を複数乗せましたが……役に立つのでしょうか」

「ないよりマシ、だろうな。……だがな、参謀長」


 スラヅィ大将は艦橋の外へと視線を投げかけた。


「今回、我々は囮だ。東方方面軍主力による進撃……必ずファントム・アンガーは出てくる」

「……そこを叩き潰す。――本国では例の反逆者の艦隊を打ち破ったとか」

「うむ。それと同じようにファントム・アンガーを撃破すれば、たとえ第一、第二艦隊が全滅しようとも、我々の勝ちだ」


 前衛に魔獣の軍団、その後ろに、陸軍の主力軍。そして空中には空軍の艦隊。ファントム・アンガーがまず食いつくとすれば、前衛か空中艦隊のどちらかだろうが……。

 その時、艦橋に通信兵が現れた。


「失礼いたします! 前衛艦より通信! 魔獣群がファントム・アンガーの航空隊による攻撃を受けました!」

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