第767話、狼獣人たちとリバティ村
「というわけで、俺はジン・トキトモ。トキトモ領の領主であり、侯爵だ」
「グルだ。ウェアウルフ」
そう片言の言葉を発したのは狼型獣人の成人男性。全身毛で覆われたそれは、狼の顔を持つ人型である。一応服を身にまとっているが、薄汚れ、ボロい。ついでに臭い。
「君たちはノベルシオンから逃れてきたということだが?」
「そうだ。我々はこれまで人間と小競り合いを繰り返し、集落を守っていたが、不覚にも敗れ、逃れてきた」
「無人の砦を見つけ、そこを拠点として新たな生活を始めようとした」
「そうだ」
淡々と答えているが、その目には敵意にも似た感情が見え隠れする。俺も人間だからね。故郷を人に奪われたら、直接関係なくても憎しみの感情のひとつもぶつけてくるだろう。俺は悪くないぞ……念のため。
「俺の領地に、獣人や亜人が住んでいる村があるんだが、そこに移住するつもりはないか?」
「獣人や亜人の村……?」
グルという狼獣人は、警戒感を露わにする。
「それは我々を閉じ込め、奴隷のように働かせる場所か?」
「いいや」
すごいこと言われたが、まあ、それが彼にとって得体の知れない俺への感想なのだろう。
「色々な種族の者たちが住んでいる集落だ。そこでの定住条件は、他の種族を差別しないというものだ」
「……」
反応はいまいちだった。
「少なくとも、ノベルシオンに追い返されたり、あのまま現地の軍と戦闘して全滅するよりはいいと思うけどね」
「我々に選択肢などあるのか?」
グルは静かに、しかし歯を覗かせた。
「拒めばどうなる? 殺されるのか?」
「殺すならとっくにしているよ」
「……それもそうだな」
狼獣人は首を振った。
「砦にいたはずなのに、いつの間にか見知らぬ部屋でお前と話し合っている。家族のこともある。住むところは必要だ。流れに任せるが……もし我々を騙したならば、その細首、噛みちぎってやる」
「承知した。では、君たち一同と、ノベルシオンから逃れてきた他の亜人、獣人らと共にリバティ村へ向かおう」
ところで――俺は席を立った。
「これから俺は昼飯を食べるのだが、君らは何を食べる? 肉料理なら問題ないか?」
・ ・ ・
獣人たちはガッツリ肉を食べまくった。
「うめぇー!!」
「肉についてる脂……? じゃねえけど、味があって、こんなの食ったことねえ!」
肉食系の獣人たちにとって、調味料で味のついたウィリディス料理は未知との遭遇だったようだ。
人間と交流していれば調味料も、と思ったが、あまりそういう付き合いがなかっただろうことはグルとの会話でお察しである。
「ジン殿、これはいったい何なのだ?」
グルの俺への評価が好意的なほうへ上がったようだ。何なのだと言われても、肉を焼いて甘辛のタレをつけただけなのだが……。あー、ひょっとして――
「魔獣の肉だ。今、トキトモ領では魔獣肉のブームでね」
東領で絶賛、魔獣討伐中。持ち帰りが可能になった分、魔獣肉が増えた。
「……魔獣。こんなに旨かったのか」
危険な相手だから、肉食の彼らでも食用として手を出すことは、ほとんどないという。
「しかし君ら、凄い食欲だな」
「我らは、ここ最近、まともな食事にありつけていなかったのだ」
グルは、仲間たちがガツガツと肉をかき込むように食べているさまを見やる。
「こんなに大量に我らに肉を恵んでくれて、感謝する」
「それはよかった」
人間だとあまりに空腹の時に、食べ物をかきこむと逆に身体に悪いから避けるべきなのだろうが、狼系の獣人は大丈夫なのだろうか?
野生の狼とか肉食系の獣は、食べられる時にまとめて食べて、しばらく食べなくても平気なようになっているが……。何せ、毎回狩りが成功するわけじゃないからね。
「リバティ村にいけば、このような食事にありつけるのか?」
「食べる分については村で自活しているから、足りない分は狩りとか、ノイ・アーベントで購入ってことになるだろうけどね」
他の種族と交易、物々交換ってのもありだろう。
「ちなみに、リバティ村には人間も住んでいる。ただ彼らも、元は奴隷だったり故郷を追われたりと、君たちと対立してきた人間とは少し違った人たちがいる。無理に仲良くしろとは言わないが、互いに険悪なふうにはしないようにしてくれ」
「……難しい相談だが、善処はしよう」
ま、一応、シェイプシフター兵もいるし大事には至らないように見張ってはおくけどね。
・ ・ ・
リバティ村に、ノベルシオンからの難民を送り届け、彼らのための新たな住居を設営する。
建築コアの力を借りれば、それもさほど時間はかからない。
グルたちは、リバティ村の中を案内され、人間はもちろん、獣人やダークエルフら亜人、そして一部魔物の身体を持ったキメラウェポンの人間たちを見て、驚いていた。……狼獣人たちも、ゴーゴンやセイレーンの伝説を知っているのか、と思ったが、単にあまりに珍しくて驚いただけだったようだ。
だがそうした、滅多にお目にかかれないような種族がいるということが、この村の特殊性を理解しやすくはしたようだった。少なくとも、彼らが今まで見てきた集落とはまったく違う雰囲気があった。
人数が増えるということで、家族や一族は固まったほうがいいだろうということで、森の内側か外側かで、新たな住人たちの希望をとる。……ここはトキトモ領。村が大きくなっても文句をいう者はいない。
ノベルシオンからは、グルたちのグループの他にも、冒険者たちが遭遇した亜人などもいて、それらもリバティ村で受け入れていた。
見ないうちに新顔が増えていて、俺はグルたちに同行しながら、いつの間にかこの村に定住することにした人たちと顔を合わせて、覚えてもらった。
……ふむふむ、ノイ・アーベントで噂をきいて、ここに来た者もいるとな? それはそれは。
「あー、先輩。こんにちは」
リバティ村の近くに屋敷を建てた九頭谷が俺に挨拶した。彼らは屈強な狼獣人たちに、若干びびったような素振りを見せた。……まあ、気持ちはわかる。元の世界だったら俺だってびびるわ。
一瞬、グルたちの表情が曇ったが、九頭谷は真顔で言った。
「そりゃ、狼を見たら最初は誰だって怖いっての! あんたらだって、悪魔とか出たら身構えるだろ? それと同じだって」
彼はすっとグルに手を差し出した。
「最初にびびったって、慣れれば仲良くはできるんだぜ?」
「……ふむ、正直そうな奴だな。よろしく頼む」
握手を交わす。うん、こいつはこれで中々面倒見がいい奴だからな。他種族だって、そうそう物怖じすることもないだろう。……そもそも、悪魔になってしまっているから、怖いものなどさほどないだろうし。
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