第766話、立て篭もりの解決方法
クレニエール東領、ノベルシオンとの国境にほど近い東部には三つの砦がある。そのうち一番北にあるのがフェーダー砦である。
高い丘の上にあるその砦は、国境側は崖になっていて、城門は西側にある。入るためには城門まで細長い道を登っていく格好にあり、中々攻め難い砦となっている。
国境が近いだけあって、これまで何度も戦いを経験した分、より実戦的な拠点となっているのだ。
クレニエール城で、砦が武装集団の手の内にあると聞き、俺はフェーダー砦に出張っている。
「シャルール君」
「トキトモ侯爵閣下!」
クレニエール侯爵の一等魔術師は、俺の姿を認め駆け寄ってきた。
「状況はどうなっている?」
「はっ、ノベルシオンから逃れてきた獣人集団です。こちらが入城しようとしたところ、、そう名乗りました」
名乗った、か。盗賊ではないと先に宣言したわけか。犯罪者なら踏み込まれて殲滅確定だからな。
「名乗ったということは、話はできるわけか。彼らの要求は?」
「『この砦は我々のものだ、人間は立ち去れ』とのことです。…先遣隊の規模が小さかったこともあり、城門を塞がれては手が出なかったようで」
申し訳なさそうにシャルールは報告した。
「こちらの言い分は先方に伝えたか?」
「はい、フェーダー砦はクレニエール侯爵の所有となる。不法に占拠しているのはそちらなので即刻、立ち去れと伝えてあります」
「だが、それに応じないか。向こうの人数は?」
「十数名いるようです。正確な数は不明です」
「……自分たちの家にするつもりなのかねぇ」
ぼやきにも似た感想が口から出た。シャルールも背筋を伸ばしつつ、呆れたように戦災の傷跡残る砦を見た。
「手空きを狙われたわけですが、正直に言って砦を占領したのは愚策としかいいようがありません」
「ああ、領主の軍との衝突不可避だからね。……それでも戻りたくないってことかな」
ノベルシオンの亜人、獣人差別はひどいと評判だから。閣下、とシャルールが一歩踏み出した。
「強行突入するには兵が足りません。兵を集めてにらみ合えば時間を相当要します」
まるで、俺の直属の部下のように振る舞うんだね、シャルール君。それはさておき、俺はクレニエール侯爵からここの処置を引き受けたからね。亜人や獣人を面倒な手続きなしでこっちで引き受けよう、って条件で。
「あまり時間もかけていられない」
厄介な隣国はすぐには攻めてくるわけではないが、こちらも早々に準備を進めておかねばならないからね。
「立て篭もる時間が長引けば、それだけ愛着もわいてくるだろうしな」
「では――」
「強硬手段をとる。……まあ、何も殲滅することはないんだ。ちょっとばかし、魔法を使おう」
・ ・ ・
砦全体に睡眠魔法を送り込む――文字にすると非常にシンプルだ。
グアラン研究所へ踏み込んだ時にやった手だな。だがあの地下にあった施設と違うのは、この砦にはそこかしろに窓や戦闘でできた穴などがあるため、一カ所から魔法の流し込んでも全体に行き渡らないことか。
要するに、あの時よりかなり手間だということだ。だが立て篭もる難民たちを傷つけずに無力化させるに、これ以上の手もないだろう。
まずは透明化で姿を消し、砦へ接近。見張りの死角に入って、一旦透明化を解除。浮遊で城壁を超える。と、登った先に見張りがいないか確認してから侵入。再び透明化。そのまま獣人たちがいる場所を探し、手当たり次第に睡眠魔法をかけていく。
何度か、こちらの匂いや気配を察知されかけたのは、さすが聴覚や嗅覚に優れる獣人といったところか。警戒はされたが、騒がれる前に眠らせられたから、騒動になることなく砦を制圧した。
城門を操作し、外からクレニエール領の部隊を招き入れる。兵士たちが眠っている獣人を拘束し、一カ所に集める。
シャルールがやってきた。
「お見事です、トキトモ閣下」
「うん。そこそこ魔力を消費したぞ」
肩こりをほぐすように手を回す俺。ひとまとめに睡眠魔法を使えれば、まだよかったのだが、個別対応だったから、とかく回数が多かった。
「お疲れ様でした、閣下。あっという間の解決でしたね」
「やり方さえわかれば、それほど難しくない。彼らは魔法防御用の魔法具を持っているわけでもないしな」
対策できないなら有効な手である。消費する魔力の量に目をつぶれば。
「閣下が使用された睡眠魔法は、対象効果のものでしょうか? それとも、大気に睡眠成分をばらまいて吸引させるもの?」
「両方だな。場合によって使い分ける。大気に撒くのは多人数にほぼ同時に効果を発揮するが、風に巻かれて飛散すると想定外の動きになる」
「味方に効果がかかってしまう場合もありますからね。睡眠でも厄介なのに、毒魔法だったりすると目も当てられませんな」
「大規模な攻城戦に、その手の魔法が使われないのもそれが理由だな」
誰だって自爆はしたくない。
さて、拘束した獣人たちの処遇だが――
「クレニエール侯爵より、トキトモ領へ彼らを連れて行く許可はもらっている。彼らは全員、こちらで預かるぞ」
「はい、閣下。さすがに東領で不法占拠の罪を犯した者たちですからね。ここに残しておくと何らかの罰を与えねばなりません」
シャルールは首肯したが、すぐに眉間にしわを寄せた。
「閣下、ひとつよろしいでしょうか?」
「何だ?」
「何故、閣下は今回の、獣人たちを保護しようとされたのですか? 失礼ながら、ここは閣下の土地でありませんが」
「余計な介入をして、か?」
「いえ、そのような……。むしろ事案を解決していただき、我らも助かりました」
「うん、それが答えだ。まだまだやることが山ほどある。君たちクレニエールの兵たちはこの東領の開拓や防備で忙しい。こんなところでつまづいてもらっても困るんだよ」
多少の善意はあれど、自らの利もあるから動いている。
隣人に恩を売っておくのは、いざという時のための保険でもある。連合国に土壇場で裏切られたこともあって、そういうのは二度とご免だからね。
……それはさておき、この砦で女子供も含めて二十人の獣人を保護。ちなみに冒険者たちの前線拠点集落でも、すでにほぼ同数の獣人や亜人たちが保護されている。また人数が増えるなぁ。
一応、犯罪者ではないかの審査は必要だが、トキトモ領も頭数だけは揃いつつあるか。ノイ・アーベントでも移住希望者が増えているし。




