第765話、難民問題
クレニエール東領――
再び人が入るようになった荒野。魔獣狩りをする冒険者たちは、今日も討伐に勤しむ。ルングが所属するモンスタースレイヤーズもその中にある。
「ルング、行ったぞ!」
「わかってますって!」
リーダーを務めるルティの声に、ルングは応じる。
ジャイアントウルフ――虎よりも若干小さくはあるが、狼種の中では特に大きいくせに、群れで行動する厄介な連中だ。狼のくせに、人間に対してやたら好戦的である。
飛びかかってきた一体を、サイドステップで回避。右手の水の魔法剣を素早く叩き込み、その胴に一撃を与える。追加効果で水球が大狼にヒットする!
「すっかり囲まれたな」
Sランク冒険者であるヴォードが、両手剣ドラゴンブレイカーを手に、魔獣を睥睨する。
「フィアト!」
「炎よ、爆ぜよ。我が敵を燃やし、吹き飛ばせ! エクスプロージョン!」
犬亜人の魔術師が呪文を詠唱。火球が広がり、迂回を試みる大狼を飲み込む。さらにその爆発音は、鋭敏な狼たちの聴覚を一時的に不能とする。
その隙を、冒険者たちは見逃さない。ルティが斧を、ルングは片手剣、ヴォードは両手剣で手近な大狼を一体ずつ葬る。数が一気に減って形成は逆転。さらに数をすり減らしたジャイアントウルフらはやがて逃走した。
「ふぅ、逃げ足は速いな、さすがに」
額に浮かぶ汗を拭い、ルングは一息ついた。パーティーの回復役であるラティーユが声をかける。
「大丈夫? ルング?」
「オレは大丈夫。フィアトは?」
「大丈夫です!」
仲間の無事を確認し、ルングは頷く。
「それにしても、何でこのあたりに群れていたんですかね?」
「血で興奮していたようだった」
経験豊富なヴォードが顎に手を当て、思案顔になる。
「ひょっとしたら――」
「連中も狩りの途中だったんだろうよ」
ルティが手にした炎の魔法斧――ノイ・アーベントの武器屋で購入した一品――で、大狼の死骸から首を落として、解体作業にかかっている。
ちなみに、ルングも魔法剣を愛用しているが、これは以前にジンから譲り受けたものであり、今でも大事に使っている。
「フィアト、どうだ……? 何か感じ取れるか?」
「……どうやら、ルティさん、当たりのようですよ」
すんすん、と犬亜人は、嗅覚を働かせる。
「近いです。臭いがします。……亜人、獣人かも」
ジャイアントウルフたちが群れていたのは、その獣人を狙っていたということか。
「例のノベルシオンから流れてきたかもしれないって話の?」
「かもですね。基本、ここは冒険者以外はいないって話ですし」
確認するようにヴォードを見れば、ギルドマスターであるSランク冒険者は首肯した。
「様子を見るだけ見ておくか。盗賊の類なら、面倒になる前に始末しておいたほうがいいし。そうでなきゃ狼どもに襲われて治療が必要かもしれん」
ラティーユ、とクレリックを見やれば、ルングの幼なじみである彼女は「わかりました!」と元気よく答えた。
・ ・ ・
俺は、自分を慕ってくるやつに弱い。
九頭谷は、悪魔娘四人と一緒に行動していた。……異世界でハーレムやって、そっち系の主人公みたいだ。
他種族村であるリバティ村の近辺――ぶっちゃけ魔獣の跋扈する森の中なのだが、そこに彼らは自分たちのホームを建てた。
建築コアを貸してはいないが、悪魔たちは魔力で物を生成させ、同様のことをやってのけた。なお、敷地の上にあった木々は、青髪悪魔のフェブリスがその豪腕を持って薙ぎ倒していた。
さて、そんな九頭谷と愉快な悪魔たちの行動を少し眺めた後、俺はクレニエール本領に赴いた。
クレニエール城。東領の魔獣討伐と開拓の進捗、来たるべきノベルシオン・ディグラートル大帝国の攻勢について、クレニエール侯爵と話し合うためだ。お土産にエルフの最高級紅茶を持って行く。
「また、ひとつ、エルフに貸しを作りましてね」
侯爵の談話室で、向かい合い、最近いただいたエルフの里産の紅茶を提供する。早速、従者に頼み、優雅に茶の香りを楽しむクレニエール侯爵。
「……素晴らしい。いやはや、貴殿が羨ましい」
「紅茶でしたら、またお持ちしますよ」
「ありがたいのだがそうではない。いったいどうやったら、あのエルフと交易できるというのか」
「皆が欲しがるものは、エルフも欲しがる……。そういうことです」
「私も欲しいものはあるよ」
なるほど、と、体つきはすっかり中年のそれであるクレニエール侯爵だが、紅茶を嗜む姿はまことに貴族らしい。
「東領の魔獣討伐は進んでいるようで何よりだ。これもトキトモ侯の尽力のおかげだ」
「冒険者たちはよくやってくれています」
旧領主町で一度は足止めをくらったが、今では順調に東領の東へと進出している。それもこれも、デゼルト型装甲車や浮遊バイクによる機動力向上の賜物と言えた。
「ただ、その冒険者たちが、ノベルシオンからと思われる獣人や亜人と遭遇する率が上がっているようです」
「シャルールからも報告は受けている。お隣は人種至上主義だからね。追い出されてきた者たちに同情の余地はあるが、だからといってこのままというわけにもいかない」
逮捕、または元の場所へ追い返す。何故なら現状は不法侵入者である。ヴェリラルド王国の領土であり、クレニエール侯爵の領地なのだから。
「東領の新たな住民として受け入れることは?」
「彼らがきちんと税を収めることができるなら、住民として受け入れられる余地はなくはないが……。または兵役に耐えうるなら」
何せ、彼らが追い出されたノベルシオンがやってくる危険性が高い状況。防衛のための兵士として利用できるなら――とクレニエール侯爵は言ったのだ。
獣人や亜人は、人間より身体的に勝っていたり、能力があるから、使えなくはない。ただ、全員が全員兵士に向いているというわけでもない。女子供も難民にはいるだろう。
「ただ、ノベルシオンほどではないが、他種族への偏見や差別は存在するからね。あまり増えるのもよろしくない」
クレニエール侯爵は真顔でそう言った。トキトモ領に来た貴族出の青年が、うちのラスィアに差別的発言をしたのは記憶に新しい。ヴェリラルド王国は亜人などに寛容だが、あくまで『比較的』であって絶対ではない。
「クレニエール侯は、リバティ村はご存じでしょうか? もしよろしければ、獣人や亜人の難民をこちらで引き受けましょうか?」
「多種族都市構想だったか……? アルトゥルから聞いているが」
クレニエール侯爵は眉をひそめた。
「こちらとしてはありがたい申し出ではあるが、よいのか? 先の言葉ではないが、あまり多く亜人らを抱え込むと、諸侯の間にも批判的な見方をする者も少なくないが……」
まあ、そういうのもあるんだろうが……。俺は何といえば理解しやすいだろうか、と考えていると、談話室の戸が叩かれた。
「何か?」
「失礼いたします、閣下。……トキトモ侯爵閣下」
主人であるクレニエール侯爵と、客人である俺に頭を下げたのは、侯爵配下の魔術師だった。
「東領のフェーダー砦の確保に向かった先遣隊より緊急連絡です。砦は獣人の武装集団に制圧されており、現在、膠着状態とのこと、閣下のご指示を乞うております」
またぞろ厄介事かな……? なに武装集団って? 盗賊か何か?




