幕間、本を売ったら――
TO書店には、多くの商人が詰めかけた。
いや商人だけではない。滞在していた貴族やその護衛の騎士、はては冒険者や魔術師が、低価格の本が販売されると噂を聞いてやってきたのだ。
その開店前に、ちょっとしたセレモニーが開かれた。
誰あろう、この国の王たるエマン・ヴェリラルド王陛下と、王族御一行様が来訪されたからだ。
陛下と姫様方、そして次期国王たる公爵が来たことで、場は騒然となった。まさか王都から、王自らが駆けつけるとは思っていなかったからだろう。しかし大きな混乱もなく、セレモニーは進み、ちゃっかり、ウィリディス製魔力カメラに、俺と王はツーショットで記念撮影。
その後、最初のお客様として、国王陛下と王族御一行様が入室。商人らは外からそれを見学。さまざまな本が並べられている真新しい店内に、まず驚かれ、販売されている本の原本の持ち主である大魔術師、マスター・ダスカからそれぞれ説明を受けた。
「これが、ジンの本か」
俺のこれまでを脚色、編集した娯楽小説版と回顧録をまず購入。……もっともこの回顧録は、王家の秘密だったり表立ったらマズい件は編集によってカットされている。
さらにエマン王は、並べられている店内の本を各一冊ずつ、すべて購入された。……何気にこの人、ウィリディスでダスカ先生の蔵書を読んでいる読書家なのだ。
王族御一行様の後、待ってましたとばかりにお待ちのお客様方が入店。わいわいがやがや……。陳列された本を手に取り、中を開き、驚愕する。大きすぎず持ちやすく、しかし中を開けば手書きとは違う、整然とした文章。本でありながらこれまでのそれと違うのを手に取って確信する。それが金貨1枚から2枚で一冊を購入できるとあって、あっという間に買われていく。
事前に複数買いはいいけど、一種類につき三冊までに制限。後日でよければ欲しい分だけ注文を受け付けるという形に説明したから、競争じみた混乱は最初だけですぐに収まった。パルツィ氏が先んじて指摘してくれなかったら、商人たちの取り合いに発展していたかもしれない。怖い……!
一応、バックヤードに予備本を箱で用意していたが、どんどん表に回されて、消えていく。貴族はもちろん、騎士や冒険者は武勇伝を、魔術師らは魔術関連本を買っていった。
シェイプシフターメイドならぬ、店舗スタッフもお会計や商品陳列や移動で大忙し。
結果的に、準備していた販売用の本は完売した。
……完売した!
本屋から本が一冊もなくなるとか、俺も初めてみた。そんな光景は、元の世界じゃあり得ないだろうな。
なお、商人たちからの注文書が束になっていて、早速、シェイプシフター従業員がゴーレムコア内蔵計算機で集計。本の製造工房にて重版作業が行われる。ちなみに、重版とは、その本を増刷することである。
明日以降の店頭販売分と、注文を受けた分を増刷する。注文した人間に何かない限り、注文分ははけるし、ここ以外に本屋はないので、刷りすぎて大量に余って困る、ということもないので割と気楽に増刷する。元の世界だと、在庫余りを気にしてそう簡単に出版社も重版を決められないから、時間がかかるんだよねぇ。昔、本屋でバイトしたことあるから知ってるの。出版業界の体制だな。
裏の作業部屋ことバックヤードにて、本がなくなってすっからかんになっているのを見やり、アーリィーとパルツィ氏は口をあんぐりと開けていた。
「売れちゃったね、全部」
「凄いですね……いや、まさか完売とは」
俺も苦笑する。
商人たちは、転売目的でまとめ買いと注文していった。まあ、TO書店での販売価格よりふっかけるのはわかっているが、数が増えればライバルよりも値段を下げて扱うようになるだろう。……実際、商人たちが高額で釣り上げようが、TO書店での販売価格は変わらない。そっちで買うよりここへ来れば、安く買えるとなれば、必要以上の高値での販売も続かないだろう。
「エルフが来ていましたね」
パルツィ氏が頬をかけば、アーリィーも肩をすくめた。
「女王陛下のお使いがね。本を一通り複数冊、注文していったね」
「エルフ語の翻訳版も送ってあげよう」
ドワーフたちが張り切って活版作ってくれたからね。エルフ語版も製造可能。
「そういえば、マルカスのお兄さんが来ていたよ」
「ラッセ・ヴァリエーレ次期伯爵が!?」
貴族が何人か来ていたが、その中に混じっていたから少しお話した。侯爵様、弟がお世話になっております。いえいえ――という感じでね。
アーリィーが手を叩いた。
「冒険者たちも何人か顔を知っている人がいた」
「ヴォードさんとこのルングもな。俺の回顧録と魔術本を買っていったよ」
「ルング君はジンの熱狂的なファンだもんね!」
コロコロと笑うアーリィー。回顧録には、ちゃっかり、ルングやその仲間たち、ヴォード氏らも載っているんだけどね……。この王国の王都で冒険者を始めた頃に知り合った者たち。今回の本屋オープンには、これまで会ってきた人たちの姿も多かった。
「それで侯爵様」
感慨にふけっていた俺に、パルツィ氏が表情を改めて言った。
「本の追加注文もですが、本を作ることへの質問が多かったですね。製法については企業秘密ではありますが、執筆したいという人もそこそこいました」
「こういう本はないか、という問い合わせもね」
冒険者だったり魔術師だったり、商人ではなく専門職の人間から特に。自分でも書いてみたいという声もあった。いわゆる企画の持ち込みだ。
自分の半生や経験したことを、生きた証を形として残し、誰かに伝えるため。後も続く者たちのために教訓や叡智を伝承する。本にはそういう価値がある。
「もう少し娯楽にふってもいいと思うけどね」
漫画や小説とか。伝説を面白おかしく書いたり、退屈を紛らわせる友としての本。冬ごもりの期間なんか、まさに読書に打ってつけだろう。
「盛り上がっているところ、失礼します」
新たにバックヤードに、人がやってきた。褐色の肌に尖った耳、ダークエルフのラスィアだ。かつて冒険者ギルドの副ギルド長で、現在は俺の補佐にひとりである彼女は、珍しく眼鏡をかけていた。
「ジン様、まずはTO書店開店、その滑り出しは上々と言えましょう。おめでとうございます」
「ありがとう、ラスィア」
「私も多忙だったゆえ、これからゆっくりと読ませていただきますが……。今日来訪された貴族方、自称貴方様のファンの方々から伝言をいただいております」
伝言? 買ったばかりで、何の伝言だ?
「今回、ジン様の発売された本でございますが、まだ序盤、つまりは一巻だということでありまして、その『続きはいつ出るのか?』とのことです」
「二巻……」
あー、と思わず天を仰ぐと、パルツィ氏が唇の端を歪めた。
「もう出来てるんですか? 侯爵様」
「あぁ、下書きはね。あとは細かな見直しとか、その他色々……」
まだ先だ。何せ王家の秘密にも触れるから色々手を加えているからね。まあ色々やっているが、売れなかったら出版するコストに見合わないから個人用に留めるしかないけど……。
「売れたよね、一応」
「そりゃ冊数が少ないからね」
うちの店しかないんだから、そりゃ売り切れることもあるさ。もっと広く売れたら、続きも出せるし、本格的に作家業を考えてもいいかもしれない。
ラノベ作家を目指していた若き日々を懐かしみつつ、あいかわらず多忙な日々を送っている俺。
英雄魔術師は、のんびり暮らしたい、か……。
完売して欲しいな、という願望。
『英雄魔術師はのんびり暮らしたい』TOブックスより発売中。二巻出すためにも、買ってください。よろしくお願いいたします。
幕間は、本日で終了。次回から本編再スタートです。




