幕間、本を作ろう
以前、俺が回顧録を書こうと言ったのを覚えているかな? いや、忘れてても構わないし、初めて聞いたでも構わない。
異世界に召喚され、英雄魔術師として活躍したのもつかの間、危険視されて命を狙われ脱出。大陸西方はヴェリラルド王国に流れた俺は、本名であるジン・トキトモとして再出発を図った。
そこで何の因果か、王子様、もといお姫様であるアーリィーを助け、気づけばSランクの冒険者となり、侯爵――王国貴族に成り上がっている。
大陸侵攻を企む大帝国と戦ったり、異星人と戦ったり、古代文明時代の遺物と戦ったりと中々のんびりできない日々を送ってきた俺だが、これまでを振り返り、書物に残すことにした。
というわけで、仕事の合間にコツコツ書き進めたもののが完成した。
さらにこれを元に、娯楽用に手を加えたものを作る。と、いうのも、すでに俺の回顧録は、完成前から読むのを希望している人間が、知り合いの中に多数いたのが原因だ。
どういう順番で回すか、いや、ここは身分が上のものから――などという話になりかけていたので、これはいよいよ本を量産しようと俺は考えた。
さて、この世界の本事情であるが、紙は羊皮紙か、それに近いものが存在し、またインクもある。俺の世界でも中世――そうだな、活版印刷が行われるより前のレベルといったところか。
当然のごとく、すべて手書きであり、量産本はすべて写本である。時間も手間もかかり、高額――というのが普通となっている。
俺が書いた回顧録と、その娯楽小説版をある程度作るが、写本ではなく、印刷によって増やす。
こちらにはダンジョンの監視装置であるコピーコアの技術を応用した魔力式カメラがあり、記録した場面の映像を再生、または紙などに写すことができる。この魔力カメラの機能を利用した複写機の製作が、本の大量生産の鍵となる。
「そして、これが完成版です」
俺が一同に見せた時、「おおっ」と感嘆の声が上がった。アーリィーにサキリス、マルカスが、机に積んだ俺の本をそれぞれ手に取る。
「これがジンの本かー」
アーリィーががしげしげとそれを見つめる。いかにもな革っぽい装丁だが、それはこの世界の本に合わせたため。実際は、魔力で生成した合成紙だ。
「へえ……思ったより小さいんだね。というより表紙が薄い?」
「羊皮紙じゃないからね」
羊皮紙は湿気に弱いので、それを使った本は閉じるための金具がついていたりする。見た目がごつくなるのが普通で、中世の本がやたら厚くて鈍器になりそうに見えるのも、本の形を留めておくためだ。決して、中身を簡単に見られないようにするために、というわけではない。
メイド衣装のサキリスが、その細い眉をひそめる。
「本にしては、少し豪華さが足りない気もしますが……」
「数を揃えるためじゃないか?」
マルカスが本を開き、目を見開いた。
「この字……手書きではありませんね。判子でも押したような――」
「ご名答だ、マルカス君。活版印刷をやってみた。……俺の字が、あまり綺麗とは言えないからね。活版をドワーフたちに作ってもらったんだ」
文字形にインクをつけて、印刷する。要は、文字が刻まれた判子を並べて枠を作り、文章を作りましょってやつだ。一般的な本のサイズを考えれば、見当はつくが、その文字は小さくなるため、手先の器用なドワーフたちにご活躍していただいた。……まあ、ひと通り、活字ができたら、魔力生成でコピーしてやればいいんだけどね。
「ドワーフたちが自分たちの言語でも、とか言って活字を作ったから、ドワーフ版とかエルフ版、他種族の翻訳版が作れるようになった」
思わぬ副産物。
出来た活版は、そのまま専用の印刷機にかけて、インクをつけることで大量に刷ることができるが、俺たちは魔力コピーカメラを応用した複写機があるから、そっちで量産して本にまとめた。
どっちのやり方でもできるというのはいいことだ。魔力式は、我々ウィリディス勢しか使えないが、活版印刷は技術さえあれば俺たち以外でも使えるし作れるからな。本を手軽に作ることができて、一般に広く出回れば、自ずと識字率を向上させることに繋がるだろう。
「見た目はともかく――」
アーリィーが本から視線を上げた。
「持ちやすいし軽い。中身も綺麗で見やすいし、紙もいい。……これって相当高いんじゃないかな?」
「いや、少々値は張るけど、他の本と比べたら全然安いよ」
「どれくらい安いんです? 値段は?」
マルカスが聞いた。俺は肩をすくめる。
「ゲルド金貨1枚」
王都の標準的宿の宿泊費が銀貨二枚。銀貨十枚で一金貨だから、宿五泊分の料金。俺の元いた世界で、そのお値段は高いのだが――。
「たった金貨一枚ですって!?」
サキリスが驚愕し、マルカスも呆然と手許の本を見下ろした。
「本がたった金貨一枚。……なんでそんなに安いんです?」
貴族の家の生まれで、多少本について知っている二人からはとても驚かれてしまった。そう、本一冊とて、とても高い世界だ。手書きで写本を作るのだって、相当な時間と労力がかかるので高い。なので金貨二桁は当たり前でかなりの高級品だ。
「原材料費とか」
羊皮紙など、それなりのページのものを作るとなるとそれなりに量が必要であり、それだけでかなりの額を必要とする。そもそも初めから紙の状態ではないから、加工する過程があり、やはりコスト高に繋がる。
だから紙は希少であり、本とは、教会や貴族たちが読むものと相場が決まっているのだ。
ちなみに装丁にゴテゴテと金箔を貼り付けたりするのが普通で、職人たちの仕上げともなればその分も費用上乗せとなる。
なお、冒険者ギルドなどの受付などである紙は、羊皮紙以外の植物性の紙だったりする。羊皮紙よりは安いが、それでもそこそこお値段がするし、性質上、本には不向きである。
「もっと広く流通させようと思っている。その分、装丁はおとなしめだよ」
高級品から本を手軽なものへ。元の世界と比べるまでもなく、娯楽が少ない。本にも娯楽の一翼を担ってもらう。
「広く本を流通させる……」
呆然とするサキリスに対して、アーリィーは小さく笑った。
「また大きく出たね、ジン」
「うん。そんなわけだから、本屋を開こうと思っている」
「本屋?」
読んで字のごとく、本の店である。いや、せっかく本が量産できるなら、これもいい機会だと思ってね。
俺の回顧録とかを別にしても、知識の習得、探求のために本というのは役に立つのだ。
それでは、本屋を作ろう。
いよいよ12月10日に『英雄魔術師はのんびり暮らしたい』第一巻発売です。
電子書籍版、書籍版ともにどうぞよろしくお願いいたします。続きが書けるかは売れ行き次第なので、ぜひ応援よろしくです。




