第74話、シェーヌ、救出
円柱の底のフロアには、ゴブリンがいたるところにいた。
セッチの相棒シェーヌが隠れているという場所に通じる穴の通路に入ると、ゴブリンの姿はまばらになったが、代わりに岩を突き破って岩ミミズこと、ロックワームがそこかしらに湧いた。
平均するとその長さは一メートルほど。ミミズだが、その大きさだと大蛇のようでもある。ただその先端が開き、牙の生えた口が露わになると、まだ蛇のほうが愛嬌のある顔をしていると思う。
突然、地面や壁、天井から出てくるので、ほぼ至近距離での遭遇戦になることもしばし。俺は杖に雷属性を付加し、殴った衝撃と電撃で一撃での行動不能を狙う。
案内するセッチもそこはCランク冒険者。手にした斧でロックワームを切り裂いていく。まあ、喰いつかれさえしなければ、ロックワームは雑魚である。……喰いつかれたら厄介この上ないが。
セッチの案内で目的地に到着した時、シェーヌさんはまだ生きていた。
黒髪をショートカットにした女性だ。豹を思わす精悍な顔つきだが、身体つきを見る限りはなるほど女性そのもので、健康的で中々の美人さんだ。事前情報だと、Dランクの冒険者で、クラスはマジックフェンサー――魔法剣士らしい。
「シェーヌ!」
「セッチ……!」
相棒にして恋人の感動の再会! なんだけど、壁際にうずくまる彼女のそばに、複数のワームが迫っていた。うねうねと動き、涎をしたたらせるモンスターの群れに、女剣士は恐怖に顔を引きつらせていたが、そこへ現れたセッチの姿に、安堵のため息が漏れた。
セッチが咆え、ロックワームに斬りかかる。俺も二人に当てない範囲で、ワームを倒していく。……それにしても、なんでここのワーム一方向からしか出てこなかったんだろうか? シェーヌがいるそばの壁から出てきたら……いや、せっかく助かっているのに、野暮なことを言うものではない。それにまだ終わっていない。彼女を無事助け出すのが先決だ。道中聞いた話では、シェーヌは足に怪我をしたというが。
確認すれば、ポーションは飲んだというが、治癒魔法が使えるわけではなく、足は応急手当がしてあるのみだった。ここで手当て……いや、足の怪我以外はとくに異常はないし、モンスターが湧いている以上、治療は後回しでよかろう。
「セッチ、シェーヌを背負え! 掩護する!」
「わ、わかった」
セッチが相棒をその背におぶる。ねえ、彼は誰、とシェーヌが問うが、セッチは「ジン・トキトモという魔法使いだ」とだけ答えた。
円柱フロアに通じる通路を俺たちは引き返しながら、出てくるワームを駆除する。そして円柱に戻ると、ゴーレムたちがゴブリンや、それよりひと回り大きな体躯の亜人と戦っていた。
オーガ……人喰い鬼だ。その体は二メートルから三メートルの間。屈強な身体を持ち、斧や棍棒などを持つ。見た目どおりのパワーファイターだ。
一体のゴーレムが棍棒で砕かれ、岩塊に戻る。うむ、戦線が崩壊しようとしているな。
「ジン! ジン! これからどうするんだ?」
シェーヌを背負ったセッチが、敵だらけの周囲を見て聞いてきた。底の中央あたりに来ると、ふわりと竜形態のベルさんが降りてくる。
「遅いぞ、ジン」
「待たせたな! ……セッチ、シェーヌをベルさんの背に乗せろ。ベルさん、二人いけるか?」
「人を乗せて飛ぶのに一番きついのは、垂直に昇ることなんだが?」
「あー、わかった。……ウェイトダウン」
俺は、セッチとシェーヌに重量軽減の魔法をかける。二人で一人分の重量なら、ベルさんの負担も少ない。
その間にも、ゴブリンが俺の視界の端をちょろちょろ動き、ライトニングを叩き込んでやる。上からは電撃の矢が降ってきて、オーガを攻撃している。ヴィスタ奮闘中。
シェーヌを背中に、セッチをその手で掴んだベルさんは、翼を羽ばたかせて垂直に飛び上がる。上がっていく様はまるでヘリコプターだな。
グォォォ、と咆哮。見ればオーガがゴーレムを叩き壊し、俺のもとへと駆けてきた。醜い鬼顔のモンスターは、目を血走らせ、歯を剥き出す。
正面からの力勝負はキツいねぇ。浮遊――俺は、迫るオーガの身体を浮かせる。突然、足が地面から離れ、オーガは驚く。……浮いた身体を押す!
魔力の塊をオーガに叩きつけてやれば、その巨体がボールのように吹き飛び、近くの岩塊に背中から激突して、派手にクラッシュした。……うん、あれ生きていても半身不随になりそうな打ち方したね。
さて、俺もそろそろ……。ん? ふと気づく。右手側にいたゴブリンたちが慌てふためいている。逃げまとう連中、その後ろから現れたのは、巨大芋虫……クロウラーの集団。
うげっ!
思わず声に出た。クロウラーが地面を這いながら進んでくる。体長は一メートルを超えていて、長さ的にはロックワームと変わらないが、丸々太ったようなその身体は、ひと回り大きく見える。それがぞろぞろと地面を覆う勢いで現れるのは、虫嫌いは卒倒ものではなかろうか。
重力反転!
俺はとっさに自分の半径一メートル圏内の重力を魔法で操作する。上下が反転し、俺はダンジョンの天井めがけて落っこちる。グングン上へと落ちる俺はその間に半回転、天井に激突する前にエアブーツで制動、その天井に降り立った。
上下逆さま。ダンジョン入り口近くの台から魔法弓を放っていたヴィスタは、あんぐりと口を開けて俺を見ていた。先に戻っていたベルさんは、シェーヌとセッチを置いていた。よし、全員無事だな。
「引き上げるぞ!」
重力反転ゾーンを延ばし、天井を歩きながら仲間たちのもとへ。足場のところまで来てから、ジャンプと回転で上下逆さまゾーンを出ると、そのまま着地。
と、下方の螺旋通路からこちらへと駆けてくるゴブリン集団が見えた。どうやら、ヴィスタが援護射撃しているのを排除しようと上がってきた連中のようだ。ああ、無視だ、無視。
俺たちはダンジョン『円柱』の外へと走る。擬装魔法で隠しておいた魔法車を展開。ヴィスタとセッチが後部座席にシェーヌを押し込み、俺は運転席に飛び乗った。
「こ、これは?」
初めて乗る車にシェーヌの声が上ずる。後方でゴブリンどもの奇声が聞こえ始める。ベルさんはちゃっかり黒猫姿で特等席に飛び乗った。セッチが叫ぶ。
「いいぞ、出せ!」
魔石エンジン起動。ヘッドライトを点灯。その間に魔法車は動ける状態に。俺はアクセルを思い切り踏んだ。
魔法車は硬い地面を踏みしめ、走り出した。ダンジョンを飛び出したゴブリンたちだったが、急激に遠ざかっていく得たいの知れない乗り物を追うのを早々に諦めるのだった。
2018年8月7日、一部改稿。




