第73話、ダンジョン『円柱』へGO
まさか、こんなに早くに出番があるとは思わなかった。
夜の平原を疾走するは二代目魔法車。
先日、学校の青獅子寮の裏で走らせた魔法車に一応外装をつけた。ガワだけなら、想像魔法でなんとでもなるのだ。魔力を流すことで発光するヘッドライトが闇を照らす。
とりあえず形は軽自動車風で初代と同じにした。……うん、何かカッコいい愛称が欲しいな。車には大抵愛称ってものがある。そのうち、コイツにもいい名前をつけてやりたい。
俺は運転席でハンドルを握り、道なき道を進ませる。助手席にはセッチがいて、後部座席にヴィスタが乗っている。なお、運転席と助手席の間には猫姿のベルさんが収まる専用の台が設えてある。
走っているのは平原だが、決して平坦ではない。でこぼこしていて、しょっちゅう揺れる。そういう路面事情はわかっているから、衝撃吸収用に足回りを強化しているが、それでも揺れは収まりきらない。
「おいおいおいおい……! 本当に大丈夫なのかこれ!?」
セッチが先ほどから慌てた声を出している。暗くてわからないが、たぶんその顔は青ざめているだろうことは想像に難くない。
「いやはや、まったく……!」
後ろでしっかり掴まっているヴィスタの声も、どこか耐えているように聞こえた。
「あなたにはいつも驚かされるな、ジン。馬のない馬車とは……!」
「つか、何で馬もなしに動くんだよこれ!?」
「魔法だよ」
土の盛り上がりを踏んでガタンと魔法車が揺れた。
「夜にこんなスピード出すなんて! 自殺行為だ!」
「大丈夫! 馬車と違ってブレーキがすぐ利くから」
牽引式の馬車などでは、馬を止めても馬車本体はすぐには止まらない。まあ、これ自体は馬車にもブレーキをつければ解決する問題だとは思うが、それとは別に馬自身が前にあるので、足元などの視界が見にくい。夜に、地形が不確かとくれば、速度を出すのは危ない。
それはそれとして、シートベルトが欲しいなぁ。
スピードメーターがないので、正直何キロ出しているのかさっぱりわからない。アクセルの踏み加減などで速い遅いはわかるけど。ないものばかりだ。
二時間ほど走っただろうか。道中、何度か急ブレーキが必要な状況に悩まされたが、全員無事に目的地、『円柱』という名の付けられたダンジョンに到達した。
中に入ったことはないが、以前、竜形態のベルさんと上空を通ったことがある。セッチの少々頼りないナビゲートもあって、ここまで迷子にはならなかった。ただ、道中セッチは一度吐いたし、ヴィスタも少し乗り物酔いになっていたが。
ダンジョン入り口脇に、魔法車を置き、モンスターなどにちょっかいを出されないように擬装魔法をかけておく。
「さて、中に入ろうか!」
セッチの相棒、シェーヌさんを助けなくてはならない。急いできたが、ギルドでの危惧どおり、まだ彼女が無事だといいが。
ダンジョン『円柱』は、地下に垂直にらせん状通路を降りていく変わった構造になってる。入り口から地下に降りるというのは、大抵のダンジョンと同じだが、塔の逆というべきか、グルグルと円を描くような通路を下っていく。その形から、『円柱』と名づけられ、また、『地下塔』と呼ばれていたりもする。
何より特徴となっているのは、円柱の中央が吹き抜けになっているから、入り口近くから十数階層下の底となっている部分が見えることだろう。
「セッチさん、シェーヌさんの位置は?」
「ここから一番下が見えるな? そこからさらに地下にダンジョンは伸びているんだが、その途中の道のそばに隠れている」
垂直に切り立った足場から、最下層を覗き込む。高さは50メートルくらいあるか。ちょっとした高さに、一瞬身震いした。うん、軽く死ねる高さだ。
「一度下まで降りる必要があるな」
「ああ、だがあそこにいくまでの内周となる階層を進まなくちゃいけないから、近くに見えるが距離にするとかなり遠い」
馬鹿正直に通路を行けばな。俺は、女エルフの弓使いに視線をやった。
「ヴィスタ、ここから援護と退路の確保を頼む。……ベルさん、飛行形態」
「あいよ」
黒猫だったベルさんが、小型の竜を思わす形に変化する。ヴィスタは目を見はり、セッチは度肝を抜いてしまった。
「なっ!? こいつ猫じゃないのか!?」
「驚くのはわかるが、あまりベルさんをコイツ呼ばわりするな。こう見えても王様だからな」
俺は、セッチにベルさんの背に乗るように告げる。若い冒険者は困惑した。
「え、乗る?」
「この中央の空洞から一気に最下層へ飛び降りる」
「はあ!?」
「じゃ、お先に!」
俺はエアブーツの魔法を起動させ、切り立った崖状の足場から跳んだ。最下層まで一気にショートカットだ。
なお、俺の聞こえないところで。
『飛び降りたぞ!?』
『ジンのやることに、いちいち驚いていたら先がもたないぞ』
セッチとヴィスタでそんなやりとりがあったそうだ。
あっという間に地面が近づく。視界の中にいくつか小さな動くものが見える。モンスター……人型っぽいが、亜人か獣人か。
足から着地の姿勢、エアブーツで地面に接触寸前に静止できるように落下速度を落とす。……タッチダウン!
最下層は、ごつごつとした岩場のような感じだ。むき出しの岩が無数にあって、広さのわりに視界は正直、あまりよくない。……ギャギャギァ、と聞き覚えのある声が、あたりでいくつか聞こえた。
ゴブリンか、その亜種だろう。前後左右、複数の気配。上から見たときも、ざっと十数体は超えていたように思うから、おそらくもっといるだろう。
いちいち相手にしているとキリがないだろうし、ここは――
「ゴーレム・クリエイト!」
地面に手をあて、魔力を流し込む。魔石は使わない。どうせ長時間稼動させるほど、長居するつもりはない。俺の直接魔力と、岩や土壌に含まれる魔力で充分だ。
ギャッ、とゴブリンの悲鳴らしい声がした。が、かまわず俺はゴーレムを岩から作り出す。とりあえず五体ほど作って周囲に展開させた時、ベルさんとその背に乗ったセッチが降りてきた。
ついでに上の方から光る矢が飛んできて、周囲の、おそらくゴブリンを射抜いていく。さっき聞こえた悲鳴は、ヴィスタの援護射撃で被弾した奴のものだろう。
「セッチさん、案内を!」
「あ、ああ……こっちだ!」
ベルさんから降りたセッチが、得物であるバトルアックスを手に俺の傍らを抜けた。俺も杖を手に、その後を追う。
正面の岩の陰から、ゴブリンが顔を出す。こちらも手に斧や槍、弓で武装している。
「くそ、こいつら……!」
セッチが怒りを露わにする。相棒のもとへ急ぐのに邪魔をするように現れてご立腹なのだろう。
まあ、任せてくれ、雑魚は掃除してやるよ。ライトニング、連射!
俺の持つ木製杖から、電撃弾がビーム弾よろしく放たれ、ゴブリンどもを撃ち倒していく。胴を穿ち、頭を吹き飛ばされたゴブリンの死体が地面に横たわる。
正面に見えていた敵は、ものの数秒で一掃された。セッチは目を丸くする。
「その杖、凄いな……」
「呆けてないで、先を急ぐぞ」
ゴブリンが大量に湧いているようだから、どうせすぐおかわりが来るだろう。相変わらず上からはヴィスタの放つ魔法矢が降り注いでいるし、展開したゴーレムたちも戦闘を開始したようだ。
のんびりしている余裕はない。
説明:戦闘時の精神状態から、このあたりからジンは、セッチに対して敬語を忘れます。
(ジンさん:実年齢30歳 セッチ:24歳)




