第72話、知らぬ間にモンスターの出没例が増えていたらしい
週末は、ボスケ大森林地帯へのグリフォン狩り。その遠征は二日後である。
俺はそれまでに例の魔法車の改良を行った。前回はとりあえず挙動に問題ないかのテストであり、今回は複数の人が乗られるように車体を大きくした。
運転席の左隣に助手席がある。そういうところは日本車に合わせる。まだ外装などは仮のもので、外見は剥き出しの馬車みたいなところ。運転席の後ろは、荷馬車の荷車そのままで、言ってみれば軽トラみたいな仕様だ。本格的な外装を作ったら、普通に乗用車っぽくなる予定である。
森に行くまでに広がる平原で走行テストをやりつつ、ついでに助手席にアーリィー乗せてドライブを……。いやね、たぶん乗りたいっていうだろうからね。
さて、遠征前に俺は冒険者ギルドへと足を向ける。最近ギルドに行っていないので、顔見せと共に情報の収集。ダンジョン絡みや、ないとは思うがボスケ大森林地帯での噂みたいなものでもあったら、仕入れておきたいのだ。
あたりは夜の帳が降りつつあった。昼間は学校、夕方まで車いじっていたから、もう夜も近い。さくっと挨拶して、情報を得たら、寮に帰って夕食だ。
俺はベルさんと冒険者ギルドの建物に入ると、冒険者たちの姿はまばらだった。休憩スペースで勝手に酒盛りを始めている連中がいる。
掲示板をさらっと眺めようとしたら、Eランク冒険者パーティー『ホデルバボサ団』のリーダーのルングと会った。
「あ、ジンさん」
ガキ大将じみた風貌の戦士に、俺は「最近どうだ」と聞いてみる。
「ぼちぼちっスね。最近モンスターが増えてるみたいで、ダンジョンなんかでも遭遇率上がっちゃってるんスよ。ギルドの上のほうも、それでピリピリしてるみたいっス」
「そうなのか」
ボスケの森とかもモンスター増えてるのかなぁ。注意しておく必要はあるだろう。判断も早めにするよう心がけたり。
軽いやり取りの後、ルングは仲間と約束があるからとギルドを出た。その背中を見送り、俺は受付カウンターへと赴く。……今日はトゥルペさんはいなかった。じき夜なので閑散としたカウンターにはマロンさんがいた。
「こんばんは、ジンさん」
愛想がよいマロンさんが俺に声をかける。
「俺宛てに何かある?」
「ちょっと確認してきますね。少しお待ちください」
そう言うと、マロンさんは席を立った。俺はカウンターに凭れ、同じくカウンターに飛び乗ったベルさんと話し込む。
「モンスターが増えてるっていうと……」
「何かよくないことの前触れかもしれんな」
ベルさんは鼻をひくつかせた。
「単純に増えたって言うけど、要するにダンジョンとか奥のほうにいる奴らが表に出てきてるってことだろうからな」
「まさか、ダンジョンスタンピードが近い?」
ダンジョン内のモンスターが一定量を超えた場合に起こる吐き出し現象。
「どこかのダンジョンがやらかすかもしれんな……」
俺とベルさんが深刻ぶっていると、マロンさんが戻ってきた。
「お待たせしました。特に伝言などはないようです」
あ、そう。マルテロ氏あたりから何か伝言とかありそうかと思ったが……。ミスリル関連の問題に何か進展があったかもしれないな。
その時だった。
ドンっ、とギルド正面のドアが勢いよく開き、フロアにいた人間は一斉にそちらへ視線を向けた。
何か突っ込んできたかと思えば、慌てて入ってきたのは一人の若い戦士風冒険者。やや細めの体躯。日に焼けた肌に茶色の髪。二十代半ばといったその男は駆け込む。
「回収屋! 回収屋はいないかっ!?」
切羽詰った様子で若い冒険者は叫んだ。息を切らし、汗だらけで。
只事ではない雰囲気に、休憩スペースにいた冒険者たちが立ち上がった。
「いったい何の騒ぎだ!? 何があった?」
「助けてくれ! シェーヌがダンジョンで動けなくなっちまったんだ!」
冒険者たちのやりとりが、俺のところにまで届く。
駆け込んできたのは、セッチという名のCランク冒険者。マロンさんが俺に耳打ちして教えてくれた。シェーヌという恋人兼相棒の女冒険者とコンビを組んでいるらしい。
セッチと他の冒険者たちの会話をまとめると、『円柱』と呼ばれるダンジョンに潜っていたら、トラップで相棒のシェーヌが大きな怪我を負って動けなくなったらしい。
折り悪く、モンスターが多数出没するようになったダンジョンで、深手のシェーヌを連れて脱出は不可能。そこで一時的に彼女はダンジョン内に身を潜め、その間にセッチが応援を呼んで来ることになったという次第だった。
できれば戦闘不能者や冒険者の遺体、装備などをダンジョンに潜って回収する『回収屋』の冒険者を探しているようだが……今ギルドに、回収屋は一人もいなかった。
「くそっ! なんで肝心な時に! ……なあ、誰か! おれとダンジョンに潜って、シェーヌ助けるのを手伝ってくれよ!」
冒険者たちは顔を見合わせる。やがて年嵩の冒険者が言った。
「なあ、セッチよぉ。そいつはもう無理なんじゃないか……」
「そうだぜ。こっから『円柱』までどれだけ距離あると思ってんだ。今から行っても……相棒は生きてないぜ、きっと」
冒険者たちは一様に暗い顔だった。
「あそこからよく走ってきたぜセッチ。でももうダメだ……」
「そんな……」
セッチは首を横に振る。
「シェーヌはおれが戻るのを待ってるんだ! なあ、頼むよ! 助けてくれ!」
必死の呼びかけに、しかし頷く冒険者はいない。
間に合わない。助けに向かっても無駄足になる。誰もがそう思っていた。
基本的にダンジョンに入るのは当人の自己責任だ。しかも今はモンスターの活動が活発だという。その状況での救出はリスクが高すぎる。
だが、そうだとしても、寝覚めが悪いよな、こういうのは。
「あー、セッチさん」
俺は声をかけた。
「円柱、だっけ? ダンジョン。……俺が行こう」
一瞬、セッチは顔をほころばせかけたが、すぐに止まった。周囲の冒険者たちも同様だ。
「やめとけ、お前ルーキーだろ? 今は素人が行っても無駄死にするだけだぞ」
年嵩の冒険者が俺に言った。……どうやら、初心者魔法使いの姿が、この救助作業に不向きだと映ったようだ。
人は見かけで判断するな、とはよく聞くけれど、大人になると見た目判断も案外馬鹿にできないのよねぇ……。
「グダグダ話をするつもりはない。シェーヌさんを助けるのに一刻の猶予もないと思うんだが……」
「そうだ、そうだよ!」
セッチが俺のもとへ歩み寄り、手を伸ばすと掴んだ。
「手伝ってくれるのか?」
「もちろん」
おいセッチ――周りの冒険者が何か言いたげに口を開きかける。が、それより先に凛とした女の声が響いた。
「ジンが行くなら、私も行こう」
いつの間にいたのか、エルフの弓使いヴィスタがいた。かつての俺の英雄時代の噂を知るエルフ美女はやってくると躊躇いなく言った。
これには周囲が驚いた。そしてヴィスタが行くなら、と志願しようとする者が現れたが、当のエルフ美女は。
「必要ない。私とジンが居れば充分だ」
ばっさりと切り捨てた。いつも飄々としている彼女にしては珍しく、少し不機嫌そうなのは気のせいか。
「さあ、時間が惜しいのだろう? さっさと出発しよう」
周りなど何のその、ヴィスタが促したことで、セッチは頷くと俺たちは冒険者ギルドの正面フロアを出た。




