第68話、クィーン・サキリス
俺が無礼だったから、とかいう理由で、サキリス・キャスリング魔法騎士生と模擬戦という名の決闘をすることになった。
ついでに、勝った方は負けた方に一つだけ命令し、負けた方はそれを実行しなければならないというルール付きで。
なお、負けたら裸で学校一周の罰になった模様。
無礼だったから、と言われたが、はて、俺はサキリスに何かしたわけでもなく、ほとんど言いがかりみたいなものだったから、この事態には非常に困惑している。
だが、散々こきおろされ、理不尽なものを感じたから、ちょっと懲らしめてやるべきだろうとは思った。
彼女の言を信じるならば、例え自ら裸で学校一周の辱めを受けようとも、家である伯爵家に泣きついたり、家の力で報復などはしないとのことだった。……親の権威にすがろうとしたナーゲルとは違うということか。
校庭の端の演習場。模擬戦とはいえ、打ち合うわけなので身を守る防具を身に付ける。……正直俺はいらないと思うけどね。
アーリィーは先ほどから血の気が引いた顔で、おろおろしている。心配しなくても負けないよ。
俺が防具をつけるのをクラスメイトである貴族生のマルカスが傍で見守る。
「正直に言うと、あの女はおかしい」
マルカスの家も伯爵家である。同じ階級の貴族の次男は言った。
「サキリス嬢は、ああ見えて非常に優秀だ。魔法のレベルも高く、剣の腕はおそらく在校生でも一、二を争う。つまり、この学校の最強の生徒と言っていい」
「ほう……」
以前、クラスメイトと模擬戦をした俺としては、最強と言われてもあまりピンとこない。なあ、ベルさん? 相棒に顔を向ければ黒猫も頷き返した。
「おそらくだが、ジン。貴様が模擬戦を挑まれたのは無礼云々ではなく、戦ってみたかったからだと思う」
「……それならそうと言えばいいのに。なんで挑発なんか」
「彼女の悪い癖なんだよ。ついたあだ名がクィーン・サキリス」
女王様か。
「相手に勝負を挑んで倒しては、その相手に屈辱を与えるのを酷く好んでいる。……負けたら、本気で裸に剥かれて晒し者にされるからな。あの女に慈悲はないぞ」
「マジかよ」
「ああ、マジだ。これまで彼女の挑発に乗せられ、挑んで負けた奴は例外なく、プライドをへし折られ、屈辱に塗れた。獣のまねをさせられたり、皆の前で鞭を打たれたり、彼女の椅子をさせられた奴もいたな」
なにそのドMが喜びそうな罰。それにしても好き勝手やってんな。学校側は、何も言わないのかね? 言ってないんだろうな、それがまかり通っているなら。
「所詮、生徒同士の問題ってことで片付けているってことかもな」
ベルさんが呆れたように言った。
そうかもな。現代の学校だって、完璧にいじめや差別がないなんてこともないし、ましてこんな世界じゃな。
「気をつけろよ」
マルカスは腕を組み、真面目な調子で言った。
「周りの連中は、ジンが負けることを期待していると思う。だが同時に、サキリスが負けるところも見たいと思っている。俺個人としては、あの高慢ちきな女が負けるところが見てみたい」
皆の前で脱がされるなよ――マルカスは、そう言うとギャラリーたちのほうへ足を向けた。そこにはクラスメイトのほか、模擬戦を聞きつけた生徒たちが集まっていた。暇人どもめ。
ベルさんは口を開いた。
「……この時、ジン・トキトモは勝負に負けるなどと微塵も考えていなかった。まさか自分が敗北しようなどとは、これっぽっちも――」
「笑えないぞ、そのナレーション」
「まあ、油断するなってことさ」
そのベルさんの目が、いつもと違って見えた。じっとサキリスを見やり――
「あの娘、防御関係が嫌に高いぞ。多少殴った程度では、たぶんダメージ入らないタイプだ」
「つまり、タフネス型か」
「ちまちまやってると長期戦確定だな、こりゃ」
女性だと思って甘く見ていると危ないなそれは。
「あと……魔力の泉スキル持ち」
「なんだって!?」
魔力の回復速度が早い能力。アーリィーも持っているが、人間では珍しい能力だ。ちなみに俺は持っていない。魔法を連発しても魔力切れしにくくなるそれ……マジうらやましい。
サキリスがやってくる。片手剣に盾という騎士スタイル。制服の上に胸を守るプレートと肩当、腕と脚を守る防具を装着済み。……ただし、ミスリル製だ。これだから金持ちは。
俺は例によって、模擬剣二本のスタイル。
「それでは決闘を始めましょう。相手に参ったと言わせるか、気絶させたら勝ちですわ」
「魔法の使用は?」
「攻撃魔法は弱弾まで。補助魔法の使用制限はなし……それでどうかしら?」
「まあ、模擬戦で相手を殺したらマズいからな」
俺とサキリスは対峙する。その間に、マルケスがやってくると合図した。
「はじめ!」
「我は乞う。我が剣に雷神の力を!」
サキリスが盾を構えて突っ込んできた。同時に呪文を詠唱。手に持つ模擬剣に紫電が走る。……あ、これ、触れたら麻痺するやつだ。
エンチャントブレイク――とっさにサキリスの剣に付加された雷属性を解除。直後、模擬剣同士がぶつかる。
「あら?」
サキリスが、その形のよい眉をひそめた。
「痺れない?」
「いきなり麻痺させようって、やることえげつないね、サキリス嬢」
相手を麻痺させてタコ殴り。決まれば、あっという間に勝負がつくだろう。魔法騎士学校の生徒程度では、開幕麻痺でやられたらもうお終い。補助魔法は使用制限なしってルールだから、卑怯ではないけど。
サキリスは左手の盾を振るい、鍔ぜり状態から一旦距離をとる。
「風よ、我が脚に宿り、地を走る力となれ!」
スピードアップか。彼女が詠唱している間に、俺は、『雷』属性を模擬剣それぞれに付加させる。そっちがその気なら俺も加減しないぜ!
足が速くなったサキリスが盾を正面に構えつつ向かってくる。守りは堅いねぇ、だけどさ!
「ウェイトアップ」
サキリスの持つ盾の重量を思いっきり増やしてやる。突然腕に掛かった重量に盾が下がり、サキリスは胴ががら空きになる。
そこへ雷属性を付加させた模擬剣を叩き込む。サキリスは剣で俺の一本を防いだが、そこから電撃が走り、感電する。
「ひっ!?」
さらにもう一本の模擬剣が彼女の左肩を打ち据える。さらに痺れるサキリス。
「くっ、や、やりますわね、ジン・トキトモ!」
模擬剣が再度ぶつかる。そのたびに、ビクビクっと動くサキリスだが、麻痺した様子もなく、ついで足枷同然の盾を捨てた。
感電死するような魔力は込めてないが、それでも麻痺ってもおかしくない一撃を受けてこれとは……。ベルさんが鑑定したとおり、防御に関する部分で高い能力を持っているのだろう。ひょっとしたら麻痺などにも強い耐性を持っているのかもしれない。
「ですが、まだまだこれからですわよ!」
宿れ、雷神――サキリスの模擬剣に再度、雷属性が付加。先ほどより電撃が派手に走った。




