第5話、傭兵探していたら、王族と遭遇した件について
透明化の魔法で反乱軍陣地内をさまよった俺とベルさん。何とも品のない盗賊もどきの荒くれ兵たちを尻目に、目的であるコラムという名の傭兵を探していた。
そしてそれが叶った。依頼者から聞いた情報に合致する人物は、しかしいま部下たちと共に、若い娘に暴行を働こうとしていた。
嫌な場面に出くわしたものだった。戦場の近くでは、往々にしてこの手の、女をさらっての暴行や陵辱が当たり前のように起きる。
命のやりとりの後、気が立っているのは理解はできるし、生きている実感が欲望に変わることがあることもわからないでもない。
が、無理やり、というのは感心しないな!
俺は傭兵のひとりが腰から下げていたショートソードを奪うと、傭兵たちを次々に切り裂いていった。
灼熱化!
魔法で剣に超高温を与える。粗悪な剣は凄まじい切れ味を発揮し、肉を焼き、屍を量産した。あっという間に、残る敵は一人となる。
「さて……お前がコラムだな?」
俺は剣を突きつけながら、傭兵隊長に言った。
「て、てめぇ、どっから入ってきやがったッ!?」
コラムは怒鳴る。俺は思わず首を捻った。こいつは何を言っているんだ?
「どこから? 入り口からに決まってるだろう? それより俺の質問が先だ。お前はコラムで間違いないな?」
「だったらどうだってんだ!」
「とある女性からの依頼を受けた」
刹那、躊躇なく俺は腕を振るった。
「あんたを殺してくれってさ」
コラムが瞬時に腰の短剣を抜いた。だが遅い!
ザンッ、と傭兵隊長の首が飛んだ。ゴトリ、と首から上を失った身体が地面に倒れた。
俺はひと息つくと、手にした借り物の剣を見やる。材質がショボいうえに灼熱化の魔法をかけたために溶けかけていた。もう一、二度振ったら、もろくなった箇所から真っ二つに折れていただろう。魔法を解くと、俺は剣を捨てた。
「さてと、お嬢さん、もう大丈夫」
俺は、彼女の両手を拘束する手枷に触れ、開錠の魔法を使う。ガチャリと音がして、拘束が解かれた。
「え、あ……!?」
鍵もなしに解放されたことに驚いている様子の彼女。……確か、王子の替え玉とか言われていたような。
着ている服は中々上等の仕上がりで……いや、胸もとが引き裂かれているので、もう上等などと言っていられないが。しかも女としての胸の膨らみがちらりと見えていた。……男装していたんだろうけど、意外と胸がある、か?
思わず視線がいく。するとベルさんの声。
「……終わったのか、ジン?」
ベルさんが天幕の入り口から、そっと入ってきた。
おっと、残念。もうちょっと見ていたかったのだが……。サボったと思われたら何を言われるかわかったものじゃない。俺は作業しているふうを装い、革のカバンに手を突っ込む。
「ああ、こっちはな。外の様子は?」
異空間の収納庫となっているカバンから、とりあえず予備のマントを取り出すと、おもむろに彼女に羽織らせた。
「とりあえず、これを身につけてな」
「あ、えっと、ありが、とう……」
ほのかに顔を赤らめたのは羞恥のためか、照れたのか。その幼さを感じさせる表情に、俺の心は躍った。かなり好みのタイプだ。
それにしても、この娘が影武者だというなら、この国の王子とやらは、ずいぶんと女顔なんだなぁ。
金髪に緑色の瞳、少女の面影残る顔立ち。華奢な身体だが、男装しているせいか、なんだろう、妙にムラムラしてくるというか。いや、普通に女が好きで、格好も女性のそれがいいんだが、これはこれで――。
「――気づいた奴はいないな。外が騒がしくなってるから、そっちにかかりきりのようだ。……聞いてるかジン?」
「ああ、もちろん」
俺はベルさんに適当に調子を合わせたが、ベルさんはじっと俺を見つめている。……この沈黙は、気が逸れていたのがバレたな。
俺はコラムだったものの遺体のそばにしゃがみ込む。さっさと終わらせないと怒られるかな……。
コラムの腰のベルトには短剣の鞘と、奴が悪趣味にも戦利品の証とした飾りやお守りが引っ掛かっている。
「……これか」
手に収まるサイズで作られた木の彫り物を回収する。依頼主曰く、愛する『彼』に渡したお守りなのだと言う。こいつを取り戻せば、任務達成。
あとはこの娘か。
「怪我はなさそうだけど、大丈夫?」
「え、ううん、大丈夫、ありがとう。その、君はボクを助けに来てくれたのか……?」
ボクっ娘! あ、王子の口調を演じているのかもしれないな。
その時、足元でベルさんが口を開いた。
「なあジン。愚問だと思うが、一応聞いておく。この娘、助けるのか?」
「助けないのか、ベルさん? この子をこんなところに放置していくわけにもいかないだろ?」
ここでは彼女は捕虜的な扱い。先ほどみたいに、暴行される恐れがあるんだ。そいつは俺的には論外である。
そんな俺たちのやりとりに、少女はホッとしたようだった。
「あ、ありがとう、ボクはアーリィー」
王子の替え玉は、そう名乗った。自由になった腕は、自然と自身の胸もとを隠すようにマントをぎゅっと握る。
「アーリィー。素敵な名前だ。俺はジン。そっちはベルさん」
「どうも」
ベルさんは、野性味溢れる男声でたったひと言。……もうちょっと、愛想よくしてやれよ、と思う。ベルさんは俺以外にはそっけないところがあるからな。
喋る猫に見えなくもないベルさんに、アーリィーは少し戸惑いつつ、あまり大きな驚きはないようだった。
まあ、この世界には獣人もいて、猫人もいるから、猫が喋っても早々驚くことは……いや普通は驚くと思うのだがどうだろう?
「とりあえず、さっさとこんなところからオサラバしようぜ、ジン」
そうだな。長居は無用だ。誰かが戻ってきて騒ぎになると面倒だろうし。と、アーリィーが不安そうな顔になった。
「で、でもジン。ここは反乱軍の陣地のど真ん中だよ。その、ボクは……」
「ああ、ここの連中に見られたら騒ぎになるかもな。だが心配するな、帰りは『ポータル』を使うから」
「ポータル……?」
聞き慣れない言葉だったのだろう。アーリィーは小首をかしげた。……畜生、可愛いなぁ、この娘。
「ここから、ブルート村に設置した魔法陣へ移動する。今なら反乱軍の連中も気づかないうちに脱出できるってことさ」
「ブルート村だって!?」
びっくりするアーリィー。俺とベルさんは、瞬時に「しーっ!」と静かにするように言った。
「あ、ごめんなさい。……転移魔法が使えるの?」
「まあ、そういうこと」
俺は、ポータルの魔法を唱える。目の前に直径2メートルほどの青いリングが出現する。なお輪の中は光に満ちているので、その先に何があるか、ここからでは見えない。
「ベルさん」
「おう、先行くぞ」
ひょい、とベルさんがポータルの魔法陣に飛び込んだ。直後、向こうから「大丈夫だ」と声が聞こえた。
「じゃあ、アーリィー、お手を拝借……。大丈夫、怖くないよ」
彼女の緊張を見て取り、俺はそっと手を差し出した。初めてのものに不安になるのはわかる。
「う、うん。わかった」
俺はアーリィーの手を取り、ポータルに足を踏み入れる。視界が光に包まれたのもわずかの間。すぐに天幕の中から、寂れた村の一角に姿を現す。
夕焼け空。間もなく日が暮れる。ブルート村だ。
俺のエスコートに従って、アーリィーがポータルから出てきた。突然、景色が変わったことで、王子の替え玉少女は、とても驚いた表情を浮かべていた。
「ほ、ほんとに転移魔法なんだ……! す、凄い! 凄いよ、ジン!」
興奮を露わにするアーリィー。そんな彼女ににっこりしつつ、俺はポータルを解除する。繋がったままにしておくと、反乱軍陣地からここを通って連中が来るかもしれないからな。
「君は若いのに、とても優れた魔術師なんだね!」
アーリィーは興奮していた。
「転移魔法なんて、魔術師でも一握りの人間しか使えないって聞いてる。ボクもいま初めて見た!」
この手の反応も慣れたものだ。実際、ここ二年、俺もまた転移魔法を使う魔術師を見たことがない。
「貴重な初体験だったね。お気に召してくれて何より。でも、他の誰かに言わないように頼む。……俺と君だけの秘密だ、いいね?」
「オイラもいるんだけどなー」
ベルさんが足下からツッコミ。
「わかってるよ相棒。野暮なことは言わないの」
そうかい、と黒猫は肩をすくめるような仕草をしてみせた。
それにしても、アーリィーは俺を若いって言ったか?
アーリィーは見たところ十代後半の少女。俺は三十路だ。若いって言われるのは違和感が……って、そうか!
いまの俺の姿は、二十手前くらい。つまりアーリィーと同年代の姿だということになる。
なるほど。この娘は俺をタメくらいだと思ってるわけね。納得。
……そっかー、同年代か。だったらもっと積極的にアプローチをしてもいいかな。とても素敵な少女で、しかも金髪! お付き合いできるならぜひしたい。
ひとまず敵地から離れたが、アーリィーの破れた服をどうにかしないといけない。正直そのままでも……いや、お腹が冷えて身体を壊したら大変だ。
それでも、つい見てしまう俺。アーリィーがそれに気づいたか、マントの前を閉じる。
「何かな……?」
「いや、別に」
俺は視線を転じた。
出発前同様、荒れ果てた村。俺がこしらえた石壁の避難所へと足を向ければ、俺に気づいた村人が声を上げた。
「あ、ジン様! いつお戻りになられたんですか?」
「ついさっき」
ジン様、と声をあげる村人たち。俺は彼らに問うた。
「この村に確か妖精族がいたはずですが、その人って何してます?」
この世界には、妖精族がいる。俺のいた世界にも、伝説やおとぎ話の中で、さまざまな妖精がいた。フェアリーとかピクシーとか、ブラウニーとか、まあそういうの。
妖精たちは、この世界ではより人間たちと身近な関係を築いている。妖精によっては人の家に住み着いたりしていることも、それほどおかしなことでない。どんな寂れた村でも、最低一人くらいはいるものだ。
聞いてみれば、この村の妖精族さんは、よくある衣服担当だった。この世界の衣服製造は、そのかなりの割合を彼ら妖精族が担っている。だから別段ツイていたわけではない。
中世風の世界ながら、衣服がそれなりに安価でバリエーションに富んでいるのだが、それらは人間と妖精族の良好な関係のおかげだったりする。
大変よろしい。それならアーリィーの衣服の修繕をお願いできるだろう。
本音を言えば、彼女のその隙のある格好を堪能したいところではあるが、だからといって辛い思いをさせるのはナンセンスだ。
俺はこれでも紳士だからね。
ポータル:SFやファンタジー作品などにおいて、異世界または遠地に繋がる出入り口・通り道。(ウィキペディアより)




