幕間・記録を残そう
アーリィーは、コピーコアカメラでの撮影が趣味だ。
時間があると、カメラを持ってウィリディスのみならず、キャスリング基地やノイ・アーベントで色々なものを撮っている。
俺の知る限り、一日一回は何かしらを撮影している。俺の寝顔コレクションなんて密かに……いや、俺が知っているのだから秘密でもないか。俺も彼女より早く目覚めた時は、お返しに撮ってたりするけど。
なお、時々、彼女が撮影する夜のコレクションは、一部のウィリディス女子がおかずにしている。まあ被写体はその一部(本人)だったりするが……。ベルさんには絶対言わない。寄越せと言われる上にからかわれるからね。
まあ、それは置いておいて、アーリィーは気になったら、とりあえず撮影する。最近の興味は、リーレ&橿原組の古代文明遺跡の探索で、彼女自身、ワンダラー号でお出かけしたいようだった。
また、リーレたちに同行しているスクワイアゴーレムの映像を抜き出す技を覚えたらしく、遺跡探索画像を個人的にコレクションしていた。
そう言えば、アーリィーって、空への興味の他に古代文明の話も好きだったなぁ。思い起こせば、色々あった。よくよく考えると、俺がアーリィーと知り合って、まだ一年経っていない。でも、その一年も近い。
一緒に冒険したり、魔獣とか、異星人とも戦った。囚われの彼女を助けたり、クリスマスには婚約指輪を送った。ディグラートル大帝国との戦争がなければ、俺たちはもっと遺跡探検したり、……ああ、正式に結婚していたかもしれないな。
ただ濃密な時間だったと思う。同時に、色々あり過ぎて、とっさに思い出せないこともある。彼女との思い出は全部覚えている、と豪語したいけど、意外と記憶に薄かったりすることもある。
……よくないな。アーリィーとの思い出はすべて覚えていたいのに。
記憶に留めるためにも、記録を残しておくべきだ。この世界に召喚される前にいた世界だと、節目ごとに写真や映像を残すというのは珍しくなかった。
家族のアルバムだったり、ホームビデオだったりな。……ただ、ひとり暮らしを始めて、友達とか恋人とかいないと、ほんとそういうのに疎遠になるけど。
今からでも、俺もアーリィーに倣ってカメラでもはじめるか? これからはそれでいいかもしれないが、これまでのは無理だ。時間を遡ることはできないのだから。
そうなると……回顧録でも書くか。完全に思い出が風化する前に。俺とアーリィーはもちろん、ベルさんや仲間たちとの思い出を、書という形で残す。
紙とペンがいるな。ペンについては魔力式マジックペンがあるので、ボールペンを使うが如く書くことができる。
前の世界では、一時期ラノベ作家を目指して、文章を書いていた頃があったから、まあ何とかなると思う。
問題は紙か。魔力印刷が可能な紙はあるが、できれば本という形にまとめたいんだよな。アルバムよろしく、本棚に置いて、見たい時に閲覧できるように。
本か。……連合国で英雄魔術師をやっていた頃、色んな人間が俺の噂を聞いてやってきたが、実際とかけ離れた、つまり誇張された噂を鵜呑みにしてやってくることが多々あった。噂というのは一人歩きするのだから仕方がないが、それだけ皆が興味を持っていたということだ。
本を量産したら、売れるんじゃないだろうか?
識字率の問題もあるが、そもそもこの世界の書籍なんて、ほぼ一品ものか写本で、それなりのお値段がする。本を買えるような人間は、大抵、字が読める富裕層だから、問題はあるまい。むしろ、本を読みたいから字を覚えようとする者もいたりするのではないか?
日本の漫画を日本語で読みたいから日本語を独学で覚えた外国の人の話も聞く。洋画で聞く英語がかっこよくて、英語に興味を持つ日本人だっているからな。
その時、俺の部屋の戸が叩かれた。
「ご主人様、お茶をお持ちしました」
サキリスだった。すっかりメイドさんで落ち着いているが、初めて会った時は、アクティス魔法騎士学校の、魔法騎士生だった。何か理不尽な言いがかりじみた突っかかり方をされたのを覚えている。
それが今では俺に仕えている。思い起こせば、サキリスは故郷と家族を失い、奴隷落ちの体験までしている。なかなかヘヴィーな人生だ。
そういえば――。
「サキリス、お前、自分の書いた小説を出版したいとか思ってる?」
「はい?」
机にコーヒーを置いていた金髪メイドさんは、キョトンとする。
「小説、ですか?」
「お前、エロ小説書いていただろう? いや、今も書いてるな」
「え、エロ……はいぃぃっ!?」
サキリスが目に見えて狼狽え、玩具のようにギギギと顔を逸らした。
「ななな、何のことでしょうか、ご主人様?」
「自分モデルのどぎついやつ書いてたろ。あと、アーリィーに撮ってもらった写真を――」
「あわわわっ、な、何故、ご存じなのですか、ご主人様っ!?」
「別に咎めるつもりもないし、やめろとも言わない。ただ、書いてるから、本にしたいのかなって思ってさ」
淡々と告げる俺。サキリスは赤面しつつ、ぷるぷると震えている。うん、これ以上突っ込んだら悪いかな。
「今のは忘れてくれ。俺も本を書こうかと思ったから、そのついでだったから」
「……いいご褒美でした。……え? 本を書かれるんですか、ご主人様?」
「前半は聞かなかったことにしよう……」
このドMめ……。
「俺のこれまでのことを、回顧録にしようかと思ってね。ただ、自分で言うのも何だけど、Sランク冒険者で侯爵に成り上がってお姫様と結婚しようって人の話、興味あるかなって」
「本として出されるなら、わたくし購入いたしますわ!」
サキリスがトレイを胸に抱えながら、目を光らせた。
「ご主人様の物語……。ジン・アミウール様の英雄譚、ああ素敵」
「……回顧録だよ。つまんないよ?」
「でしたら、多少脚色して、娯楽作品として書くのはいかがでしょうか!?」
いや、いかがでしょうかって……。
まあ、一般向けの本の量産の第一歩としては、娯楽方面に振ったほうがいいかもしれないな。とりあえず、やってみて、そこから判断しようか。
「やるだけやってみよう。サキリス、アーリィーを呼んでくれるかな? これまでのことを書くにあたって、記憶のすり合わせをしたいから」
回顧録で、勘違いとか思い違いがあったら困るからなぁ――と俺は考えている。
何やらやる気のサキリスは退出。待っている間に、手近な紙に大まかな事件やそれで思い出したことを書き留めておく。しばらくしてアーリィーがやってきた。
俺は、紙を見せながら、彼女に回顧録の話を説明した。
「記録に残すのは大歓迎。ボクも、ジンの目線からの記録が見たい」
未来の嫁は理解を示した。さっそくすり合わせを行うが――。
「ねえ、ジン。これ間違ってない? ボクと君が初めて会った件。君は傭兵たちを倒した後、捕まっていたボクの拘束を最初に解いてくれたよね?」
「あれ……? 俺、傭兵からの遺品回収をしてから君を助けたような……」
「違う。ボクを助けてから、遺品の回収をしていた」
きっぱりとアーリィーが告げる。……俺の記憶違いだったかな。修正しておこう。メモ書きに訂正を入れる。後でベルさんにも聞いておこう。あの人もあの場にいたし。
「ジンの回顧録か……。どれくらいでできるかな?」
アーリィーが期待の眼差しを向ける。そうだな――。
「俺も色々忙しいから、合間をぬって作るけど、たぶん長くなるだろうなぁ……。何冊かに分けることになると思う。まあ、今年の冬までには一冊分くらいは書き上げたいね」
「楽しみだね。本棚を一段開けておくよ」
「どれだけ本を作らせるつもりだよ!?」
俺は思わず突っ込んだのだった。
『英雄魔術師はのんびり暮らしたい 活躍しすぎて命を狙われたので、やり直します』
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