第668話、とある国の支援
「しかし、兄貴は本当に凄いな」
ケーニギン軍の天幕。俺と向かい合ってワインを飲みながら、ジャルジーが呟いた。
「何だ、急に」
眉を顰めれば、次期国王であるジャルジーは首をかしげてみせる。
「ウィリディス軍に、シャドウ・フリート。それに連合国でも活動する艦隊を用意しているんだろう?」
「……ノルテ海に展開する海軍艦隊と、あと、もうひとつ独立した航空艦隊を用意するつもりだ」
おかげでうちの兵器生産部門は多忙を極めているよ。まあ、裏技を使っているんだけどね。
「それだ、兄貴。どう考えても、こんな規模の艦隊を複数用意するなんて、国家レベルでも難しい。だが兄貴は、王国にさほど負担させることもなく、それをやってのけている。まさに魔法だ」
「そりゃ、ジャルジーよ。俺も、とある国から資材を調達しているからだよ」
ウィリディスの魔石資源は数百年レベルとはいえ、俺はケチな面もあるから、それを全部戦争に投じるつもりはない。
「とある国とは? いったいどこが兄貴を支援してくれているんだ?」
「大帝国だよ」
俺は率直に答えた。思いがけない答えだったらしく、ジャルジーは目を剥いた。
「帝国が!? いや、しかし戦争――」
「ジャルジー、俺が先月から、シャドウ・フリートを使って、帝国本国で作戦を行っているのは知っているな?」
もちろん、と彼は頷いた。
当初、シャドウ・フリートは高速クルーザー『キアルヴァル』を旗艦に、Ⅱ型クルーザー1隻と、輸送艦改造の軽空母1隻の鹵獲艦で活動を開始した。
その攻撃対象は、単独で航行する輸送艦や哨戒艦艇。それらを待ち伏せしての奇襲、SS強襲兵による拿捕と、海賊行為を繰り返した。
鹵獲した艦は輸送艦5、コルベット4、Ⅰ型クルーザー1の10隻に及ぶ。当然、その積み荷も回収済みである。
これらの鹵獲艦は、アリエス浮遊島軍港やキャスリング基地で改装を加えて戦力化を図った。
主な改装は、武装をテラ・フィディリティア式に換装、無人制御ないし少人数で運用できるように工事。輸送艦に発着甲板を乗せ、輸送区画を拡張して航空機が運用可能なように作り替えた、などだ。
これにより、現在シャドウ・フリートはクルーザー2、改装軽空母2、コルベット3に増えている。
さらに連合国で活動する艦隊用に、改装軽空母2、クルーザー1、揚陸型に改装したコルベット1、ウィリディスで独自に建造した護衛艦2が準備を終えている。
この手の話を一からしていくとキリがないので、ジャルジーには省いて説明しておくが、現状の戦力の大半は、大帝国艦艇の改装品である。
「ちなみに、俺がいま大帝国のアラムール、『カリッグ』を何機保有していると思う?」
「……いったい何機持っているんだ、兄貴?」
心なしか冷や汗を流しているように見えるジャルジー。俺は淡々と告げる。
「約150機だ」
「ひゃっ……150!?」
大半は、輸送艦を拿捕した時の積み荷だったんだけどな。1隻あたり、最大48機のアラムールを運べるんだ、あの輸送艦。
大帝国に潜入工作しているSS諜報部の情報をもとに、敢えてアラムールを輸送している艦を狙った。
「それだけの甲鎧があれば、先の戦いも――」
「正気か? 大帝国本国を荒らすゲリラが、ヴェリラルド王国の手の者だと教えるつもりか?」
その代わり、シャドウ・フリートや、連合国で活動する艦隊では鹵獲したカリッグを使うつもりだけどね。ゲリラ艦隊と連合国で活動する部隊には繋がりがあるかも、と思ってもらうためにも。つまりはアリバイ作り。
「これらのカリッグを維持するための部品は、潜入した工作員がこちらに横流ししてくれている。つまり、大帝国が俺たちが使うカリッグの部品生産をやってくれているわけ」
俺の懐は痛まない。何せ大帝国には、我らウィリディスの諜報部に乗っ取られ、大帝国でありながら、ウィリディス軍のために兵器を生産している工場まであるくらいだ。
敵の資源で、敵の武器を使い、敵を叩く。人に奢らせ、美味しい料理を堪能する鬼畜の所業である。
「ついでに、敵さんが採掘した魔石資源や希少物資もピンハネしている。それを改装や製造用の魔石に利用しているから、これはもう大帝国が我々の最大の支援国と言ってもいいだろう」
「……」
ジャルジーはポカンとしている。人前で見せられない間抜けヅラである。しっかりしろ、未来の王様。
「はぁ、兄貴を敵に回したらヤバイのがよくわかった」
だが――と、ジャルジーはニヤリとした。
「同時に面白くもある。大帝国が、自分たちの足下を知らず知らずのうちに荒らされているっていうのは。……だが兄貴、連中にバレないか?」
「諜報部がうまくやっているよ。架空の報告、水増し、偽装……あらゆる悪いことをして、バレないようにやっている」
たとえば、資源担当や財務関係の要人、現場の監察官など、パラサイト作戦による入れ替わりが随所で行われている。
まあ、ぶっちゃけ大帝国の将軍を全員殺害ないし監禁して入れ替わるという策も考えたのだが、これについては見送った。
一種のクーデターであるが、こういう手を使って勝ったりすると、俺にそういう国のトップを簡単に始末できる手段があることを知られてしまった時が怖い。
バレなきゃいいんだが、思いがけないところから事実が発覚したりした時、世の権力者は俺を危険視するわけだ。
エマン王やジャルジーにしたところで、俺が寝首をかいてくる手段があると知れば、疑心暗鬼にかられてしまう恐れがある。
考えすぎ、神経質と思うことなかれ、俺は連合国で実際裏切られている。こういうのは臆病なくらいがちょうどいいのだ。
こちらがいかに野心がなかろうとも、手段があるだけで危険視されるのが世の中というものだ。
盗みと殺し、どっちが危険かと比べるなら、やはり命を脅かされるほうに、より重きを置くだろう。どちらも悪いことには違いがないのだがね。
いや、ほんと、クーデターのほうが楽ではあるんだが。潜在的に背負い込むリスクが半端ない。
それにあの不死身かもしれないディグラートル皇帝陛下の存在。皇帝ひとりをどうにか消したところで、残った連中が戦争を続けるだろうし、ではその周りの連中を使って皇帝を始末させようとしても、万が一あの皇帝がクーデターを逆に収めてしまうなんてミラクルでもやられたら、結局一時的な弱体はあってもいずれ元通りとなるだろう。
俺のいた世界で、大粛清の嵐が吹き荒れ、弱体化しつつも、やがて起きた戦争で最終的に勝者の側に立っていた国だってあったからね。
「何はともあれ、だ」
ジャルジーが急に改まった。
「今回の戦い、兄貴がいなければ、オレたちは勝てなかった。あの圧倒的な大帝国軍に、従来の軍備では瞬く間に蹴散らされ、オレも死んでいた。……兄貴はこの国を救ってくれたんだ。ありがとう!」
公爵ともあろう男が頭を下げた。まったく照れくさいじゃないか。
まあ、戦いは始まったばかりだ。真にこの国を守れるかは、これからにかかっている。




