第659話、侵略者を迎え撃て
ズィーゲン航空戦は、ウィリディス航空艦隊の圧勝で終わった。
空の脅威がなくなったことで、残すは越境してきた約4万6000に及ぶ大帝国陸軍である。
俺は提督から将軍へ、ジョブチェンジ。陸戦と航空戦の指揮に移る。夜のうちに、艦隊と航空隊には補給と休息を。大帝国侵攻軍も、野営して明日に備えているからお相子だ。墜落した空中艦の帝国兵には、シェイプシフター歩兵中隊を送り、掃討させておく。
揚陸巡洋艦『ペガサス』と共に地上に降りた俺は、ベルさん、ダスカ氏、ラスィアと地図を見ながら情報を整理する。
「ポイニクスからの情報によると、敵は三つに分かれて、ズィーゲン平原を進んでいる。うち二つは、クロディス方面へと向かうと思われる」
高高度から戦域を観測する任務についているポイニクス1ほか、ドラゴンアイ偵察機も偵察、監視を行っている。
「中央がもっとも多くて2万。東側が1万6000、西側がもっとも少ない1万」
「この西側の連中は、クロディス攻略には来ないのか」
ベルさんがつまらなそうに鼻をならす。ダスカ氏が口を開いた。
「おそらく、ケーニギン領の端から集落を片っ端から占領していくつもりなのでしょう。……ただ占領だけならいいのですが」
「略奪して潰す。大帝国軍の連中ならやりかねんな」
ベルさんが同意する。連合国にいた頃の経験が、そう言わせるのだ。
副官に収まる麗しきダークエルフの美女は地図を示した。
「ジャルジー公爵率いる王国軍5500は、クロディスへ向かってくる敵主力軍の前にあります。中央と東側、合わせて3万6000……普通に当たれば勝てません」
「普通なら、な。だが、オレ様たちは普通じゃない。そうだろ、ジン?」
ベルさんの確信めいた発言に、俺は頷いた。
「まず、第一段階として、一番数の少ない西側展開の1万を叩く」
俺は指さした。
「主戦場はクロディス前になるだろうから、そちらにかまけているうちに、遠く離れたこいつらが暴れ回ると、防ぎようがないからな。逆にいえば、西側部隊を真っ先に叩き潰せば、敵主力との戦いに集中できる」
「戦力は、どうしますか?」
ダスカ氏が視線を寄越した。
「二戦隊で、艦砲射撃をしましょうか?」
アンバル級巡洋艦二隻による超長距離射撃。テラ・フィデリティア艦のプラズマカノンは、重砲の砲撃にも匹敵する効果を対地攻撃でも発揮する。
「いや、航空艦隊の艦砲射撃はまだ温存しておく」
主力同士の衝突では、切り札となるかもしれないから、ここでは使わない。
「だが、西側の部隊は、他の二つの軍と離れているからな。速度のある部隊でないと、以後の戦いに参戦できなくなる」
こちらは数の上で圧倒的に負けている。遊軍は作りたくない。
ラスィアがその赤い瞳を細めた。
「では、航空戦力ですか?」
「……そうだな。ガンシップ戦隊、それとアイゼンレーヴェを投入する」
「ガンシップ!」
ベルさんが目を回してみせる。
「アイゼンレーヴェをここで切るか」
ブロック・ヴィークル・システム搭載車両群――その高速浮遊戦車部隊こと、鉄獅子大隊。
「浮遊移動で地上を進む速度が速いからね。西側部隊を片付けたら、そのまま主力のいる東へと猛進させる」
「なるほど。で、ガンシップ戦隊だが……あれ、本当に使えるのか?」
ベルさんは、アレに懐疑的なようだった。
「地上戦力を相手にするなら、あれほど恐ろしいものはないぞ?」
特に、長距離攻撃と対空手段を持たない地上戦力にはね。アイゼンレーヴェは強力な戦車だが、ぶっちゃけおまけ。主力はむしろガンシップのほうだ。
「どれくらい凄いかというと、ベルさんとリーレを敵の大軍に突っ込ませて、それでも無双するくらい強い」
「……強すぎでは」
ラスィアが引きつった笑みを浮かべた。ベルさんも口角を上げた。
「お手並み拝見だな」
「ああ、文字通り、主力同士がぶつかるまでは、俺たちは戦況を見守るだけだ」
指示は出すが、実際に西側部隊を叩くのは、コピーコアやシェイプシフター兵たちである。……それにしても西側部隊とか呼びにくい。
ということで、敵の三つの軍に、それぞれアルファベットを振る。一番東の部隊がA、中央主力をB、西側部隊をCと呼称することにする。
・ ・ ・
ガンシップ戦隊に出撃命令が下った。
その戦力はポイニクス大型偵察機の二号機と三号機。そしてシズネ級小型高速艇の二号艇、三号艇が主力となる。この二機と二隻は、対地攻撃用のガンシップ装備にて今回準備を進めていた。
さらにこれを補助する戦力として、ワスプ汎用戦闘ヘリ一個中隊が、こちらも三十ミリガトリングガンを収めたガンポッドを装備して加わる。ガンポッド付きのワスプは、その名のとおり大型蜂のようだった。
ガンシップ戦隊は、ズィーゲン平原の拠点『ベース・レイド』のすぐそばに待機していた。
北方に飛来する飛竜を迎撃するための航空基地であるこの近辺には、ウィリディス軍の航空兵力のほか、ケーニギン領の航空隊もいた。すでに収容可能数を超えているため、拠点の外にて駐機されている機体もある。
ガンシップ戦隊はそんなベース・レイドから飛び立つ。ポイニクスとシズネ艇ではそれぞれ速度が異なるため、同型でペアを組んで飛行することになる。
それに遅れて、ワスプヘリ中隊12機が、一本棒のように列を形成して低空を飛んだ。
航空部隊の後に、アイゼンレーヴェ大隊が浮遊移動で続く。ルプス主力戦車24両、エクウス歩兵戦闘車12両が、その高速性能を活かして、ヘリ部隊に随伴する。
ガンシップ戦隊とアイゼンレーヴェ大隊は西寄りに北上、進撃する大帝国C部隊へと直進した。敵の位置、行動は、観測機から逐一知らされていて、誘導もあるので迷うことはない。
大帝国軍は、戦車部隊を先頭に、甲鎧部隊、騎兵、歩兵、そしてゴーレム部隊の順で、それを三セット。三つの連隊が縦に並んで行軍していた。およそ1万。
おそらく、集落に合わせて、ここから連隊ごとに分かれたり、合流したりするのだろう。だが、その前に始末をつける。
先陣きって接敵したのはシズネ艇ガンシップ2隻。敵部隊上空は、適度な雲が認められるが、作戦の障害とは言えないレベルだった。
高度2000メートル。地上からは、その存在を見ることはできても、まったく手出しができない距離だ。だから帝国兵も、のんびりと空に現れた点のような存在に目を細くする。
『シズネ2より司令部へ。目標、敵集団を確認。攻撃指示を乞う』
『こちら司令部。シズネ2、攻撃を許可する。オーバー』
『シズネ2、了解。旋回機動を開始。攻撃態勢に入る』
魔力通信のやりとり。シズネ2とシズネ3は左へと旋回。一万もの大軍が眼下を進む中、緩やかな周回軌道をとった。艇上部のプラズマカノン主砲、側面のプラズマ副砲のほか、本来はミサイル発射管が備わっている艦底部には、40ミリ機関砲と75ミリ榴弾砲といったガンシップ装備が取り付けられている。
地上をみれば、まるで平原に新たな川が流れて作られているかのように、大帝国軍の長蛇の列が見て取れる。
シズネ艇を脅威と見なしていない、実に呑気な行軍だった。そんな帝国兵たちに、シズネ艇ガンシップは、先制攻撃を仕掛けた。
シズネ級ミサイル艇・改ガンシップ装備型
全長:45メートル
武装:5インチ連装プラズマカノン×1
3インチ単装プラズマ副砲×2
対空用連装光線機銃×4
75ミリ榴弾砲×1
40ミリ重機関砲×2
20ミリ機関砲×2
シズネ艇ミサイル艇のバリエーション。対地専用攻撃機。下部ミサイル発射管を降ろし、ガンシップモジュールを搭載した。
ウィリディス軍で製造された2号艇、3号艇が、大帝国との地上戦に備えて用意された。




