第625話、ダークエルフの里への道
ポータルを経由して、まずはニゲルの森への足としてシズネ艇を用意。
もうすっかりリーレの愛船みたいな感じになっているシズネ1は、当然ながら彼女の操艦で東の方向へと飛んだ。
そして初めて飛行する船に乗る面々は、いつもの如く驚き、窓から見える景色に目をぱちくりとさせる。
黒猫のベルさんは、「ま、いつものことだな」と半ば達観していた。
「こんな大きなものが空を飛ぶなんて……!」
「どうやってるんだ?」
「……ラスィア、森が小さく見えるぞ」
ズァラが窓に張りつけば、背の低いアミラが景色が見えなくてお冠。頬を膨らませて抗議する彼女の愛らしい姿に、ついホッコリ。
「おい、お前ら、あんまはしゃぐな!」
眼帯した女船長のようなリーレがギャラリーを一喝した。お、おう、とヴォード氏が萎縮する。いい歳したおっさんながら、大人げなく興奮していたのだろう。
操縦席のリーレは、艇長席に座る俺に振り返った。
「それで、ボス。地図はもらったから目的地までは問題ないけどよ、大帝国の連中がいるんだろう? この艦一隻だけでいいのか?」
「たぶん、いないと思うよ」
俺は、大帝国の亜人狩り計画の資料コピーを改めて読み直していた。
「クルーザーと輸送艦は、今頃、ダークエルフたちを連れて本国に向かっている」
「それなんだが――」
ヴォード氏が口を挟んだ。
「それが本当なら、そちらへ向かうべきじゃないか、ジン?」
「俺もそう思います。ただ『皆』は一度、里を確認したいと思っているのでは?」
三人のダークエルフ女たちを見やる。ズァラは頷いた。
「ジン……様は、凄いお方らしいというのはわかったが、やはりこの目で里を確かめないと。まだ、大帝国と戦っているかもしれない」
実際に里が襲われている現場にいたのは彼女たちだ。それまでほぼ部外者だった俺が、いまどうこう言っても、割り切れないところはあるのは仕方ない。
操縦桿を握ったリーレが顔を上げた。
「もし大帝国の奴らがまだいたら、シズネ一隻じゃ危なくね?」
「偵察機を一機、すでに先行させている。危なければ知らせてくるよ」
予防線は張ってある。
そして準備は、着々と進められている。大帝国本国へ亜人たちを輸送する空中艦を襲撃するために、軽巡『アンバル』と強襲揚陸巡洋艦『ペガサス』が出撃待機中。
敵艦に乗り込むための突撃型ポータルポッドを運ぶヴァイパー揚陸艇のほか、オペレーション・スティールに備えて準備を進めていたシェイプシフター強襲兵部隊も、その時を待っている。
さらに艦艇移動用の巨大ポータルを、すでに展開させてある。
あとは、実際に敵艦がどこを飛んでいるかがわかれば、部隊を動かせる。
しばらく飛行するシズネ艇。地上を行けば数日かかる道のりも、飛行する船なら割とすぐである。
先行の偵察機から『目標周辺に敵影、確認できず』の魔力通信が入る。俺たちのやりとりに、ラスィアさんがすかさず「住人は?」と聞いてきた。
『里に動くものは視認できず、繰り返す。動くものは確認できず』
ドラゴンアイからの通信に、ラスィアさんとズァラは肩を落とした。アミラが泣きそうな顔でラスィアさんのローブを掴んでいる。
ヴォード氏が難しい顔で、ダークエルフたちを見た。
「まだ隠れている者がいるかもしれない」
「まあ、上から見ただけだしなぁ」
リーレもぶっきらぼうだが、慰めるようなことを言う。とばすぞ、と彼女はシズネ艇の速度を上げた。
その時、シズネ艇のブリッジに、一人のSS兵が現れた。
『閣下、大帝国に潜入する諜報員より、目標のクルーザーと輸送艦が本国領空へ侵入したという報告がありました』
こちらが設営した秘密監視所17番で、見張りについているSS兵が、計画に沿って行動する敵艦を確認したという。……まあ、たまたま似たような編成の別部隊でないことを祈りたい。
「はずれでないことを期待しよう」
俺は席を立つと、リーレに告げる。
「こっちは任せる。目標を捕捉したから、部隊を移動させる」
「あいよ、任された」
彼女の返事を背に、俺とベルさんは、SS兵とシズネ艇の貨物区へ。現在、航空艦隊が駐留するアリエス浮遊島基地へのポータルがあるが、それではなく、フラフープサイズの小ポータルのほうへ。
秘密監視所17番のSS兵が繋いでいる移動用ポータルだ。お世辞にも広くない小ポータルを潜り、俺は大帝国南側国境に現れる。
雪がまばらに残る山と森が広がる一帯は、これといった人工物がなく、自然に溢れていた。肌寒さに思わず身震い。監視所ではなく、雪山の一角だった。足元でベルさんがぶるっと震えた。
「さむっ」
携帯用ポータルを輸送したSS兵が敬礼した。答礼しつつ、確認する。
「誰かいるか?」
『獣以外は、いまのところはありません』
「よろしい。……じゃあ、大ポータルを設置する」
あの超巨大スライムを大帝国に送った際に確かめた巨大ポータルを展開、形成する。さすがにこの大きさだと、遠くからでも見えてしまう。さっさと移動させて、早く解除しないとな。
・ ・ ・
大ポータルの展開と接続の報は、アリエス浮遊島に待機している航空艦隊にただちに知らせられた。
巡洋艦『アンバル』のキャプテンシートに座るダスカは、アンバルに出航を命じる。
アリエス浮遊島C島にある大ポータルめがけて、『アンバル』とその僚艦として、強襲揚陸巡洋艦『ペガサス』が単縦陣にて順次、突入した。
・ ・ ・
大ポータル展開から、およそ十分。
パタパタと尻尾で雪を叩いていたベルさんが呟く。
「遅ぇなぁ……」
待っている俺も、内心ではずいぶんとヤキモキしている。
何せ遠目からでもよく見える巨大なポータルだ。大帝国の人間に見つけられて、通報されたら、と思うと背筋が凍りそうな緊張感にさらされる。
俺に付き添うSS兵は、双眼鏡を手に監視任務を行っている。
こちらは森が見渡せる山の中腹である。こちらからは森の中は見えないが、森からは逆に隙間からよく見えることだろう。面白くないことだ。
「……曇ってきたな」
空を見上げたその時だった。
ポータルを突き破り、細身の艦体ながら一八〇メートルを超える巨艦が姿を現した。ベルさんが顔を上げる。
「……ようやくお出ましか。結構待たされたんじゃね?」
「普通に考えたら速いんだけどね、これでも」
アンバル級巡洋艦が通過し、徐々に高度を上げる中、長方形の輸送ブロックを艦首につけた強襲揚陸巡洋艦『ペガサス』が、その特徴的シルエットを覗かせた。
二隻がポータルを離れ、大帝国の空へと上がっていくのを見守りつつ、俺は大ポータルを解除する。そばにいたSS兵に俺は言った。
「よし、俺が携帯用ポータルを通ったら、それを回収。監視所に戻れ」
『はい、閣下』
小ポータルでシズネ艇へ戻る。アンバルとペガサスは、SS諜報部から敵艦の航路情報を得て、追跡に当たる。
さて、そのシズネ艇だが、鬱蒼と生い茂る森の一角にある、ダークエルフの里の上空に差し掛かっていた。




