第60話、騒動の終結と報告
魔獣討伐後、俺はDCロッドを抜いてダンジョン化を解除した。ストレージから馬車を出し、ついで王都ギルドから持ち込んだ救援物資を広場に出す。そこから村を一軒一軒まわり、生存者たちに声をかけてまわった。
「救世主だ……」
「勇者様だ!」
俺とヴィスタは、村人たちに感謝された。やつれ、疲れ果てた人が多かったが、魔獣の手にかかった者以外に死亡者はいなかった。
だが、ギリギリではあったようだ。一日、いや半日遅ければ、手遅れになっていた者もいたかもしれない。
物資を受け取り、家に戻る人々を尻目に、俺とヴィスタは帰り支度をはじめる。村人への挨拶は済んだし、物資も引渡し済み。馬車に乗って帰るだけだ。
もちろん、村人を驚かせないように、馬車には馬を繋いでいるがね。……馬に見えるよな? うん、馬だ。どこからどう見ても馬だよな。ネズミが魔法で馬に変わるように、マンティコアも魔法で馬のように見えていることだろう。
馬車の御者台に乗れば、ヴィスタはさも当然のように俺の隣に座った。前に乗ったのは後ろに例の黒い魔獣の死体を乗せているからだと思う。
見送りしてくれた村人たちに手を振りつつ、俺たちは村を後にした。昼間の明るさなら、馬車で走るのも問題ない。
視界は非常によく、放牧的な草原を見やりながらの退屈な道中。障害もなく、馬車は王都へとたどり着いた。
冒険者ギルドに寄る前に、一度ポータルを使って大空洞のミスリル鉱山に行き、ベルさんとマルテロ氏を回収。ヴィスタから魔力をもらったおかげで、多少余裕があった俺はその場で採掘ミスリルを加工。
例によってベルさんが狩った魔獣の解体品をポータルを使って運び、馬車に戻ると今度こそギルドへ――
と、その前に目当てのミスリルを手に入れたマルテロ氏は、仕事もあるのでと先に帰った。俺とベルさん、ヴィスタで冒険者ギルドに報告と、例の魔獣の死体を引き渡す。
副ギルド長のラスィアさんと解体部門のソンブル氏は、デュシス村の魔獣を見やる。
「これが……その魔獣ですか」
ダークエルフの副ギルド長は、その怜悧な瞳を向ける。
「狼……というには確かに大きいですね。地獄の番犬として知られるケルベロス並み、でしょうか?」
「ラスィア女史は、ケルベロスを見たことがあるのですか?」
真顔のソンブル氏。いえ、文献を見た程度ですが、とラスィアさんは言葉を濁す。
ヴィスタは、デュシス村でのこの魔獣の強さ、特に異常なスピードの件を強調して報告した。俺がいなければ今なお事件は解決せず、村は全滅していただろうことを淡々と言うので、聞いてるこっちは少しはずい。
ラスィアは、ギルド全体にデュシス村を襲った魔獣の通知と調査を行うことになるだろうと言った。獣の死骸を調査し、その生体などの研究が行われることになる。
「未知の種となれば、新たに名前がつくことになります」
ラスィアさんは、俺とヴィスタを見た。
「大抵は発見者だったり、初討伐した冒険者の名前がつくことになると思います」
「ジン・ウルフ」
ヴィスタが言うのが早かった。ちょ、やめろよ、俺の名前をつけようとするな!
「いいんじゃね?」
ベルさんがのん気に言った。
「というか、いちおう狼扱いなのかね?」
「デュシスウルフとかでいいんじゃないか? 単に黒いから、ブラックウルフとか」
俺が適当に言えば、ラスィアさんは頷いた。
「候補に入れておきます。決めるのは私ではないので」
願わくば、ジンウルフなんて付きませんように。
かくて、今回のデュシス村を襲った騒動は、これにて終了だった。
正直言うと、あの村にいた八頭で全てかどうか確信はなかったのだが、それ以後、黒き魔獣がデュシス村に現れることはなかった。……デュシス村には。
・ ・ ・
俺とベルさんは、ヴィスタと別れて、魔法騎士学校に戻った。もうすっかり夕方だ。当然ながら、一日学校を欠席である。まあ、いいけど。
ゆっくり青獅子寮に戻ったら、アーリィーが飛び出してきていきなり抱きつかれた。
「ジン、よかった! 心配したんだよ!」
「え、あ……アーリィー?」
なんだ、いきなりビックリするじゃないか。俺が目を丸くすると、アーリィーはうっすらと涙を浮かべて俺を見つめる。
「もう、本当に……よかった」
「泣くほどか?」
ちょっと困ってしまう俺である。言われて気づいたのか、アーリィーは涙を拭いながら建物へと戻る。
「君の姿を見たらホッとしたんだよ。……でも、何で涙なんか。ボクにもわからないよ」
にこりと笑うアーリィーを見て、俺はとりあえず安堵した。何かおかしなことになってないか心配するところだ。
もう少しで夕食の時間だが、その前に風呂に行ってくるよう、アーリィーに勧められた。確かにさっぱりしたいところだが、お風呂ねぇ。王族専用寮には当たり前のようにあるんだなぁ。では、遠慮なく。
ということで、俺とベルさんは風呂場へ。……大理石ー! 魔法照明で明るい! そして広い! 並々と注がれた湯船からは湯気が立ち上る。さっすが、王族専用。
身体を洗い流し、俺たちは湯船にゴー。ちょっと温めだが、まあお湯と言えばお湯か。
「もう少し、熱めのほうが好みなんだがなぁ」
「贅沢言うなよ」
桶を湯船代わりにベルさんも一息。俺はデュシス村での顛末を、ベルさんは鉱山での話をして情報交換。
「そっちは、美人のエルフと一緒だったんだろー。こっちは堅物ドワーフだぞ。あー、いいなぁ」
「特に何もなかったぞ」
あー、とベルさんは天を仰いだ。いつもの黒猫姿だが、風呂に入る時はその姿で平然と二足歩行する。
「ところでよぉ、ジン。気づいてるか?」
「何が?」
「アーリィー嬢ちゃんだよ。……あの娘、お前さんのこと好いてるぞ」
「そりゃ、友だちになりたいなんていうくらいだ。多少好感度はあるだろうさ」
湯をすくい顔にかける俺。ベルさんは、ちっちっ、と舌を打った。
「友情じゃなくて、恋愛感情の話さ。男と女の関係」
「……どうだろうか」
俺は小首をひねる。
「そもそも友だちってものすらよくわかっていないって言ってたぞ? 恋愛ともなればさらにわかってないじゃないか?」
「だからだよ。恋愛と友情を、嬢ちゃんは混同しているのさ。それにさ――」
ベルさんは俺を見やる。
「あのお姫様は、女と結婚しても子供は作れない。王様が何を考えているかは知らないけどさ、嬢ちゃんだって、性的な話は少なからず聞いているはずなんだ」
「まあ、自分の身体のこともあるから、多少はな」
性教育は大事だ。本番をやろうがやるまいが、自分の身体の変化については知っておくべきである。
「だからだよ。知識はあるけど、実践する場がない」
なんだよ、童貞こじらせている奴みたいな風に言いやがって。アーリィーが聞いたら泣くぞ。……いや、泣くか?
「そしてここからが重要なんだが、男は行為に走り、女は妄想に浸る」
「……?」
本気で何を言いたいのかわからなかった。
「要するにだ、男は肉体的な繋がりを求め、女は精神的な繋がりを求めるってことなんだよ」
「なんだそれ」
「わかんねぇかなぁ。……まあいいや、つまりだ。アーリィー嬢ちゃんはわからないなりに色々自分で考えてるってこった。友情と恋愛がごっちゃになっちゃってるから、お前も気をつけないと」
ベルさんは目を細めた。
「いつの間にか彼女と寝ていた、なんてことになるかもしれないぞ」
「……いや、それはさすがに――」
「ないと言い切れるか? もう、キスは済んでる」
「……」
返す言葉もない俺だった。




