第59話、ダンジョンマスターの戦い方
岩壁ドームの中、俺は座り、ヴィスタにも同様のスライム座布団を出して座るように言った。長丁場になるかもしれない。
「あの黒い狼もどき、めちゃくちゃ足が速かったな」
「魔法矢をかわされた」
先ほどまでの危機を脱した直後で、荒ぶっていた息を整えつつあるヴィスタが言った。狭いので、彼女の身体が近い。
「あの外見で、あんなに足が速いとは……」
「正面からの魔法も避けられた」
俺は、DCロッドを地面に突き刺した。
「奴が飛び込んでくるのを見計らって火柱を仕掛けたが、それも発動タイミング寸前でよけられた」
ひょっとしたら地雷とか虎バサミとかの罠を踏んでも瞬時に逃げることができるのかもしれない。加速しての跳躍は数メートルを軽く超えている。爆発の効果範囲からも逃げ切るのではないか。
「冒険者たちが返り討ちに遭ったのも納得だ」
複数で、しかも死角にいた奴から飛び掛ってくるとか。チームワークもそこそこできて、しかも瞬きの間に相手の懐に飛び込んで一撃。気づいた時には居合いの一閃の如くやられた後。防御魔法を予めかけていなかったら、死んでたなこれ。
仮に王国が軍を派遣したとして、鎮圧するまでにどれくらい兵が死ぬだろうか。
「ジン、これからどうする?」
ヴィスタが不安げに聞いてきた。
「この岩壁にこもれば、あの魔獣も攻撃はできないだろうが、こちらも攻撃できないし相手が見えない。さりとて食糧や水がなければいつまでも籠城はできない」
「水はどうにでもなるよ。俺は水魔法使えるから」
「ふむ。だが、それでは何の解決にもならない。戦えないし、仮に岩壁を解いて脱出しようにも、村を出る前にやられるのがオチだ」
「逃げないよ。こちらにはまだ打つ手があるからな」
「ほう」
ヴィスタが皮肉げに片方の眉を吊り上げた。
「さすがは伝説の英雄魔術師、ジン・アミウールだな。一緒にいたのが貴方で頼もしいよ。それで、どうする?」
「すでに手を打っている。……マップ投影」
DCロッドが光り、ホログラフ状にデュシス村周囲の地図を表示する。青白く浮かぶ地図に、ヴィスタは目を丸くする。
「この杖は、ダンジョンコアでね。今この村近辺を俺のダンジョン圏に収めた。だから、こういうこともできる。デュシス村にいる魔獣の位置を表示」
ダンジョンコアだと!? 驚くヴィスタを無視するように、ホログラフ状地図に、赤い点が複数表れる。俺たちのいる岩壁ドームのまわりに二頭。他の個体は、村中に散って移動している。
「全部で八頭か。……いや、俺たちのまわりにいるうちの一頭は動いていないな。岩壁に衝突して死んだか? だとしたら『吸収』」
地図上から一頭の魔獣が消える。ダンジョン内で死んだ魔獣は、ダンジョンコアに魔力として吸収される。つまり、消えた一頭は、もうすでに命を落としていたということだ。
「残りは七頭か」
「ジン、私は先ほどから驚いてばかりなのだが……」
話せば長くなるが、とりあえず今は、魔獣をどう退治するか考えに集中させてくれ。
「まずは……この呑気に徘徊している奴を……」
モンスター召喚、ワーム――俺の指が地図上の一点を指せば、魔力を消費して『ワーム』が生成される。それを地面の中から魔獣めがけて突撃させた。
黒き魔獣が足を止める。ワームがその腹めがけて下から飛び出したが、獣はあっさり避けると、一撃でワームの胴を両断した。
「お見事」
ワームが地面の中を掘り進む震動や音を感知していたような動きだ。獣の鋭敏な感覚ならこの程度は朝飯前だろう。予想の範囲内。
「では次」
別の個体を標的にする。騒音爆弾。
岩壁の向こうで、爆発音に似た大音量が響く。至近で起きた大きな音にビクリとする魔獣。一挙に十メートルくらい派手に跳んだ。
「スライム床」
魔獣の進路上に設置。足を取られ、その動きが止まった瞬間。
「ダンジョン壁」
地図上で、赤い点が降ってきた壁の下敷きになった。ダンジョンを作る要領で壁やトラップを仕掛け、それに巻き込む形だ。なお、周辺をダンジョン範囲に持ち込んだが、魔力供給がまだ行われていないため、俺個人が魔力を支払って実行している。あまりよろしくない魔力消費だ。
ともあれこれで二頭目撃破。残り六頭。……足さえ鈍らせることができれば、やれそうだ。さすがに面と向かっていれば魔法さえ避ける魔獣も、何の脈略もなく突如現れたものに対してはわずかに反応が遅れるようだ。
瞬間物質移送機を使った○スラー戦法。……ド○ル戦法でないのは長年の謎。
しかし、もう少し効率よく倒したい。俺は少し考え、魔獣を引き寄せてまとめて倒す方向にシフトする。
ドーム周りに、一体の泥のゴーレムを生成。できるだけ人に見えるように細身のものを選択。その半径十メートル圏内の地面を粘着力マシマシのスライム床を設置。……ゴキブリホイホイ。
ホログラフ状の地図。ゴーレムの周りに、赤い点が集まり、飛びかかったらしく光点が移動する。四頭か。うち一頭はゴーレムに密着している。
「ポチっとな」
スライム床設置十メートル圏内と囮のゴーレムが爆発した。足を取られ逃げそこなった魔獣たちが爆発に巻き込まれ消滅する。一気に四頭減って、残り二頭。
もはや、魔獣たちが俺の手によって料理されるのも時間の問題だった。
それから五分以内に、デュシス村を騒がせた黒い魔獣は全滅した。
・ ・ ・
「あー、疲れた」
岩壁ドームの中、俺はその壁にもたれた。
DCロッドの索敵では、村とその周囲に危険な魔物の存在は確認できない。魔法を遠隔的に使うのはともかく、ダンジョン構成のための壁やらスライム壁の具現化も結構魔力使うのだ。
黒い魔獣を始末するのに、思った以上の集中力と魔力を使い、俺は絶賛お疲れモード。
「本当に倒してしまったんだな、ジンは」
ヴィスタが、ホログラフ状のマップから、俺へと視線を向けた。
「さすがは、ジン・アミウールだな」
「よせよ、それは死んだ人間の名前だ」
「謙遜するな。貴方がいなければ、ここの村の人々はもちろん、私も命はなかった」
「だとしたら、君の人選がよかったんだろう」
俺が、疲れた顔に笑みを浮かべてやれば、ヴィスタは心持ち眉をひそめた。
「正直、私は今回何もできなかった。……ジン、報酬は貴方の全取りでいい。私の受け取る分ももらってくれ」
「……嬉しい申し出だけど、そもそも君が受けなければなかった依頼だ。俺は俺の分だけでいい」
「しかし、それでは私の気が収まらないのだが……」
律儀だね。もらえるモノはもらっておけばいいのに。
「そうか、ならここを出たら村人たちとの交渉役を任せるよ。ストレージから運んできた物資もあるから、出すのを手伝ってくれ」
「お安い御用だ」
ヴィスタは頷いた。
ともあれ、俺は岩壁ドームを解除し、再び空の下に出るのだった。
ガミ〇スには、優れたモノにデ〇ラーの名前を付ける決まりがあるようだ……(デス〇ー戦法に対する個人的見解)




