第562話、決戦を控えて
ミーティングを終えた俺は、サキリスの様子を見に行った。
アーリィーに面倒を頼んだが、ここ最近のサキリスは色々心労が重なっているようだから声をかけてやらねばなるまい。
やはり、ここが失われた故郷であることも影響しているんだろうな……。
辺りはすっかり夜闇に包まれている。肌寒い空気のなか、中に人がいるテントには明かりがついている。ウィリディス勢の天幕には魔石照明があるので、他に比べて明るい。
ぼんやりしながら俺は、サキリスとアーリィーがいるテントに足を踏み入れる。明かりがついていた。だが中に入り、俺は目を疑った。
サキリスがアーリィーに頭を下げていた。両手に恭しく鞭を持って、これでどうぞ叩いてください、と言わんばかりに。
何この光景。
落ち込んでるだろうサキリスを励ますなり慰めてとはアーリィーに頼んだけどさ……。何でアーリィーに折檻希望みたいなことになっているんだ?
「あ、ジン、これはその……」
アーリィーが、ばつが悪そうに目線を泳がせた。何となく気まずい状況なのはわかる。
「いわゆるプレイのお願いというところかな?」
「いや、プレイとかそういうのじゃなくて。そのお仕置きとか、そうなんだけど、そうじゃなくて……」
アーリィー、何をそんなに動揺しているんだね? よほど俺が来たタイミングが予想外だったようだ。
これはサキリスに聞いたほうが早いかな? 俺が顔を向ければ、鞭をささげるような格好をしていたメイドがこちらに向き直った。
顔を下げていてよく見えないのだが、何だか切実というか、恍惚とM気質に溺れているとか、そういうのとは違う何かを感じた。
「これはどういうことかな、サキリス?」
待つことしばし、サキリスは顔を俯かせたまま答えた。
「……罰をお願いしておりました」
「罰?」
聞けば、サキリスはここ数日の自分の醜態に心底ガッカリし、俺の力になるどころか足を引っ張ったことを悔いていた。
故郷に戻ることになり、どこか動揺していた自分。
傷を負い、戦場で俺に助けられることが二度。無様な姿をさらした自分。
ふがいなくて、どうしようもなくて、でも何とかしたくて。
だからサキリスは、自分の甘さ、情けなさ、醜さを全て吐き出してしまいたいと思ったらしい。
隠すことなく、偽ることもなく、惨めな自分をさらけだす。
そのために罰を求め、その痛みを身体に刻む――というのが、この状況のあらましだった。
一種の自傷行為。失敗した時、下手に慰められるより責められたほうがいい、という感情の発露。
ドMだから、とか性癖の問題ではない。自らの悪しき膿を出そうとしているのだ。前に進むために。ふがいない自分から、さらに強くなるために。
そうであるなら、それは主人である俺がやらなくてはいけないことではないか。
「オーケー、わかった」
それでサキリス、お前が前向きになるのならな……。
なお、アーリィーが風の魔法でテント内の音が外に漏れないように遮断したが、明かりから鞭を振るっているシルエットがテントに写っていたらしい。
翌日、ベルさんが妙にニヤニヤしていたし、マルカスは、あからさまに何も見てませんって顔をしていた。
・ ・ ・
翌日、王国軍はアンバンサー拠点に進撃を開始した。
真っ白な雪原。薄く立ちこめた雲が空を覆う。しかし雪の気配はなく、雲ごしに太陽の光が降り注いでいた。
前衛には、氷獄洞窟で制御下においたアグアマリナが操る氷のゴーレムGG-50改の部隊。その後ろに、王国軍二四〇〇が続く。
馬に騎乗したエマン王、ジャルジー、そしてクレニエール侯爵はいずれも甲冑をまとい、戦場となるだろう正面を睥睨する。
「前をゴーレムが行く、か」
エマン王の呟きを、ジャルジーが聞き逃さなかった。
「親父殿、ディグラートル大帝国が用いるゴーレム・ウォール戦術です」
前衛を頑強なゴーレムが進むことで、敵の投射攻撃を誘引。後方の主力を守りつつ、じりじりと前進。物理耐性の高いゴーレムは倒しづらく、その撃破に手間取っているあいだに、攻撃距離に進撃した帝国兵本隊が一斉攻撃にかかる――それがゴーレム・ウォールである。
ゴーレムを無視して後ろの兵を狙おうとすれば、前を行くゴーレムに近接されて強力な物理攻撃にさらされる。ゴーレムの足に合わせるため、進撃速度は落ちるものの堅実かつ手強い戦術だった。
「大帝国の戦術を我らが応用するわけだな」
「しかし――」
クレニエール侯爵は、いつもの淡々とした調子で言った。
「敵の四本足や六本足の攻撃は城壁すら砕くという。あのゴーレムとて、直撃を受ければただでは済みますまい」
「心配ご無用だ、クレニエール候」
ジャルジーは自信たっぷりだ。
「兄――トキトモ候が、厄介な戦車の始末をつける。それまで我々は囮として敵の目を引きつければよい」
「陛下や我らをもって囮ですか……」
「囮であり、本隊である」
エマン王は目を細める。
「ジャルジー公の言うとおり、邪魔な戦車を潰した後が我らの出番よ」
王国軍は中央に国王率いる王都軍。右翼にジャルジーのケーニギン軍、左翼をクレニエール軍が進む。それらの前衛を一〇〇体のゴーレムが壁を形成する。ゴーレムに合わせた進軍速度なので、兵たちの動きもゆっくりしたものとなる。
強力な飛び道具を有する敵に対して、もたもた進むのは敵の攻撃にさらされる時間を増やし犠牲を増大させる。だが今回の作戦において、このゆっくり進軍は計画のうちである。
「公爵閣下」
ジャルジーの近衛である、フレック騎士長が騎馬で駆けつける。
「ウィリディス軍から伝令。展開している敵部隊八つのうち、五つがこちらを迎え撃つべく陣形を整えつつあり!」
空中偵察機ポイニクス、ドラゴンアイらが上空より戦場を監視していた。アンバンサー軍の動きも筒抜けだ。
「五つか……」
エマン王は呟き、ジャルジーは視線をあげた。
「つまり、一部隊に兵は四〇〇名弱だから――」
「一部隊、兵三七五名、多脚戦車十五両です」
フレックは答えた。
「こちらに向かってくる敵は、兵一八七五、戦車七五であります」
「ふむ……」
「兵の数はこちらが勝っているが――」
クレニエールは顎に手を当てた。
「やはり敵戦車が問題ですな」
話数間違い調整中。順次修正していきます。




