第547話、ウィリディス軍、動く
例の氷ゴーレムのおかわり一〇〇体が出現した、とダスカ氏はさらりと告げた。
これにはさすがに頭を抱えた。アンバンサーに戦力を集中したい時に。
ゴーレム集団の位置を確認すれば、前回と同じくクレニエール領の西部、ズィーペンの町から南西の森を移動しているらしい。
テーブルの大地図に、新たな駒が置かれる。ジャルジーが唸った。
「だがマスター・ダスカの話では、このゴーレムは敵ではないのだろう?」
「推測だ。証拠はありませんよ、ケーニギン公」
クレニエール侯爵が顎に手を当てる。
「どう思うね、トキトモ候?」
「アンバンサー対抗用の兵器だと言うのなら、それを連中にぶつけられればこちらも楽になるのですが」
あの氷のフィールドがあれば、アンバンサーの兵力と殴り合っても勝てるかもしれない。シズネ艇のプラズマカノンを無効化し、誘導噴進弾も凍らせてしまったのだからな。
「ただ、クレニエール侯のおっしゃる通り、確証はありません。アンバンサーを見れば攻撃するかもしれませんが、こちらにも攻撃してくるかもしれない……」
もうすでに俺たちが一回、攻撃してしまったからな。敵と認定されたのが新手にも共有されるなら、人間に対しても攻撃してくる可能性はある。
「そもそも、古代文明時代のゴーレムの集団としかわかっていない。ゴーレムしかいないのか。これらを制御している何者かがいるのか。いたとしたら、その目的は?」
誰も答えられなかった。あまりに情報が少なすぎる。
『それで、ひとつ報告なのですが――』
魔力通信機から、ダスカ氏が言った。
『ゴーレム集団の出現地点ですが、現在移動中の森の奥にある山岳地帯に、洞窟があり、そこから出てきたのを確認しています。このゴーレムたちの拠点かもしれません』
「何だって!?」
「おおっ……!」
ジャルジーとクレニエール侯爵が席から腰を浮かす。ゴーレム集団の出所か。なるほどそれはひとつ前進だ。
「ならば、その洞窟を塞いでしまえば、もうゴーレムは出てこないということだな!」
声を弾ませるジャルジー。いや、まあそうなんだけどな……。俺は腕を組んで考え込む。クレニエール侯爵は、その青い瞳を興味深げに向けてきた。
「何か、気になることがあるのかね、トキトモ候?」
「……この洞窟、調べる必要があるのでは」
「何だって?」
「さっきも言ったとおり、このゴーレム集団の行動や目的は謎です。もし味方ではないにしろ、こちらに敵対しないのであれば、相手をしないことで、アンバンサーに集中できる」
ゴーレムを送り出した者がいたとして、それと対話が可能なら、味方に引き入れられる可能性もある。
「そもそも、アンバンサーと時同じくして現れたというのも都合がよすぎる話だ。もしかしたら、このゴーレム集団は独自にアンバンサーの行動を監視していて、それが現れた時に行動するようになっていたかもしれない」
古代の遺跡やダンジョンにあるようなトラップのように、一定条件で発動するとか。もしそうだとすれば――
「我々の知らないアンバンサーの拠点を掴んでいる可能性もある。探ってみる価値はある」
少数の調査隊を送る。アンバンサーとの問題も抱えているので、日にちをかけていられない。シズネ艇で洞窟近辺まで乗り込もう。
「閣下、発言をよろしいでしょうか?」
クレニエールの上級騎士のひとりが進み出た。クレニエール侯爵は頷く。
「その問題の洞窟ですが、『氷獄洞窟』です。入った者は二度と戻ってこないという……」
「あの氷獄洞窟が、そこだと……?」
侯爵の表情が険しくなった。それより騎士殿は、二度と戻ってこないとか言ったか? 何とも厄介な場所のようである。
「クレニエール候、その洞窟とは?」
ジャルジーが問うた。
「地元では有名な洞窟ですよ。私は噂程度しか知らないのですが、中に入った者で戻ってきた者はいないと言われておりますな」
「ダンジョンか?」
「そういう説もありますが、なんぶん戻ってきた者がいないので。スタンピードもなかったので、今まで放置されていたのですが……」
「では、今回が初めてのスタンピードかもしれませんね」
「トキトモ候」
「調査する必要があります。いわく付きのダンジョンなら余計に、私が行くしかないでしょう」
「侯爵自ら――」
「トキトモ候はSランクの冒険者だ」
ざわつく周囲にジャルジーは告げたが、しかし不安げだった。
「だが、いまここで候に何かあれば……」
そう、俺に何かあってウィリディス軍の指揮を執れなくなれば、アンバンサーとの戦いにも暗雲が立ち込める。
だが残念ながら、氷獄洞窟がヤバい場所というなら他に適任者がいない。
俺は探索のお供にディーシーの力に頼るつもりだが、彼女が働くのは俺がいる時だけなのだ。ダンジョンコアの支援なしで、仲間を送り出したくないしな。
「精鋭を選抜する。が、同時にアンバンサーへの攻撃・捜索作戦は行う」
・ ・ ・
氷獄洞窟の探索と、アンバンサーへの作戦は同時進行となる。
洞窟は、まだ敵地と決まったわけではないので、あくまで探索がメインだ。状況によっては荒事になるかもしれないが、そこは臨機応変に対応だ。
こちらは俺、ディーシー、ベルさん、リーレ、サキリス、ユナ、橿原と、シェイプシフター兵を一個分隊と、TPS-5ノームの一個小隊が担当する。
そしてアンバンサー攻撃には、アーリィーを代理指揮官とする。……指名された彼女は困惑していた。しかし今までだって、俺が出る時の後の指揮は任せていたのだが。
「でも、その、ここまでの大任はなかったんだけど……」
せいぜいお留守番程度で、というアーリィー。ま、何事も最初はあるさ。
「君は、俺のそばで見てきたでしょ?」
どうすればいいか。決断の瞬間は、ずっと見てきたはずだ。俺もそのつもりで教えてきたつもりである。
それに、アーリィーは女の子でありながら、王子としてそれなりに学んできた過去があった。まったくの素人ではない。
「リアナやダスカ先生がサポートする。作戦や攻撃計画の立案は任せればいい」
それが補佐――参謀とか幕僚の仕事である。
戦闘機や戦車などについて、リアナという軍事顧問がいるので、運用については彼女に任せれば大丈夫だ。あれで大部隊の指揮官ができれば言うことなしなのだが、リアナはせいぜい小グループのリーダーくらいまでしかこなせない。
ダスカ氏は、現代的軍事作戦については学習中ではあるが、戦場での経験も豊富で、その判断力や、リアナに欠けている人道面の配慮は信頼できる。
「わかった。やってみる」
うん、任せた。決断するのはアーリィーだが、最終的な責任者は俺だから、ヘマをしたとしても彼女が気に病むことはない。……近衛に戦死者が出たことは、今は気にし過ぎないようにな。
アンバンサー攻撃は、アーリィー、リアナ、マルカス、ダスカ氏と航空艦隊、空母航空隊、陸上部隊の主力が行う。
マルカスも、俺に同行できないことに一言あったが、ベルさんやリアナが戦闘機に乗らないとなれば、うちのエースは彼しかいなくなってしまうからな。
シェイプシフターパイロットたちの技量はバケモノレベルではあるが、任務に対する臨機応変さには少々欠けている。考えられる前線指揮官も必要だ。
ちなみにサキュバス・ドクターのエリサには、アンバンサーの死体解析をお願いする。敵の情報は欲しい。
ということで、ウィリディス軍はそれぞれ行動を開始した。
軽く昼食を済ませた後、俺は探索隊と共にシズネ艇に搭乗。氷獄洞窟へと向かった。




