第546話、深まる謎
クレニエール城の作戦会議室は、沈痛な空気に満たされていた。
敵を撃退したという戦勝気分はない。
俺は、敵アンバンサーが古代文明時代からの人類の敵だということ、彼らが使用する武器が人間を素材にしている可能性と、一部兵が元人間であることを報告した。
特に敵の兵士が、化け物に作り替えられた人間であり、尖兵として使われているという事実は、クレニエール侯爵をはじめ会議室にいた面々を愕然とさせた。
「信じられない。いや信じたくない事実だ」
テーブルに両肘をつき、顎の前で手を組む侯爵は、例によって淡々としていた。
だが敵兵の中に知っている顔があったという報告は、クレニエールの兵士たちのものだ。
エクリーンさんも、敵が、殺した騎士の死体を集めていたと証言したので、動揺する騎士や魔術師たちも信じざるを得ないようだった。
「その改造された行商はトレーム領に向かった。だが彼は、アンバンサーによって拉致され改造されて、我が領を攻めてくる兵とされた」
「……こちらの偵察隊の報告では」
俺は口を開いた。
「トレーム領、フレッサー領は、ほぼ敵に制圧された模様です。都市、集落は戦闘の痕跡が観測されました」
「我々は、運がよかった」
クレニエール侯爵は席を立った。
「ケーニギン公、トキトモ候、あなた方の助勢なくば、我々もかの領と同じ運命を辿っていただろう。深く感謝する」
クレニエールの騎士や魔術師たちも領主に倣い、頭を下げた。クレニエール侯爵は再び席につくと、テーブルの大地図に視線を落とした。
「一度、敵を退けはしたが、今後はどうするべきか? ……トキトモ候」
「現在、敵の拠点を捜索中です」
アンバンサーがどこから来て、いったいどれほどの規模と戦力を持っているのか、わからないことが多い。
「今のところ、敵は旧キャスリング領を中心とした、クレニエール、フレッサー、トレームの三領にて確認されています」
「しかし、トレームとフレッサーは敵の手に陥ちた」
腕を組んで地図を見下ろしていたジャルジーが発言した。
「この、キャスリング領を中心に、というのが気になるな。いまは周囲の三領が分配しているようだが――」
「例の隕石騒動のどさくさに」
クレニエール侯爵は、しれっと言った。
「トレームとフレッサー、両伯爵が火事場泥棒をやらかしましてな。キャスリング家と当家は親しく、また娘であるサキリス嬢が存命だったので、これ以上連中に勝手をされる前にこちらも兵を進駐させた」
侯爵は俺を見た。
「もちろん、サキリス嬢が望めば、私はすぐに確保している領地は返す用意がある。本来なら、王族の許可なく勝手に領地を広げることなどあってはならんことなのだが」
トレームとフレッサーは、隕石のどさくさに紛れて、サキリスの故郷に手を伸ばし自領に組み込んでしまった。
俺はジャルジーを見た。
「エマン王は、このことを知っているんだろうか?」
「どうかな。親父殿に聞かんとわからん」
「一応、書面は送ったのだがね」
クレニエール侯爵は口元を歪めた。
「ただ陛下からは何も返事がなかった。これは推測だが、トレーム家が先んじて都合のいいことを吹き込んでいた可能性が高い。キャスリング領を救うとか、混乱に対処するとか言いながら、事実上支配しているというね……」
トキトモ候はご存じかな、とクレニエール侯爵。
「トレーム伯爵家の次期当主は、かつてサキリス嬢と婚約関係にあった。隕石騒動で難癖をつけて婚約を解消したという」
「……!」
瞬間、俺の中でふっと怒りがわいた。家を失い、奴隷にされ、助け出された後、学校を追い出される形になったサキリス、その消沈していた姿が脳裏に甦った。
彼女を見た目だけのお飾りとしてしか見ていない婚約者。奴隷に落ちた娘と結婚できるかと切り捨てたやつ。……ああ、そうだ。トレーム領と聞いてもっと早く思い出すべきだった。
結婚しなくても領地が手に入ったから娘はいらない――つまりはそういうことだったのだ。そうか、お隣だったんだな。火事場泥棒しやがった当人だったとは。
まあいい。正直、腸が煮えくりかえる想いだが、そのトレーム領は、アンバンサーが叩いてしまったからな。今はそのアンバンサーを潰すことを優先しなくては。
「敵に対しては、これ以上戦火が飛び火しないようにしなくていけません」
俺は努めて冷静に告げた。
「拠点を探しつつ、活動する敵部隊を各個に撃破。その戦力を削ります」
フレッサー、トレーム両領に遠征するわけだから、空母『アウローラ』とその空母航空隊を中心に空爆を仕掛けることになるだろう。戦闘攻撃機の予備機や、ウィリディスに待機中のTF-2ドラケンも引っ張り出す必要があるな……。
その時、俺の頭の中に、魔力念話が飛び込んできた。
『ジン君、聞こえますか?』
ダスカ氏だった。航空巡洋艦『アンバル』に乗り込んでいる魔術師からである。
『何かありましたか?』
『例のゴーレムの報告と、新たな動きを。ちょっと長くなると思うので、念話を通信機と切り替えたいのですが』
『構いません。通信機で話しましょう』
長距離での魔力念話は、そこそこ魔力を使うから長話をしようものなら、その維持で疲れてしまうからな。
『周りに聞かれても大丈夫な内容ですか?』
『おそらく問題ないと思います』
『では、ジャルジーやクレニエール侯にも聞いてもらいます』
俺が黙り込んでいるので、みな何事かと俺に注目していた。俺はポケットから携帯型魔力通信機を取り出すと、軽巡アンバルとの回線を開いた上でテーブルに置いた。
「マスター・ダスカ。いま、ウィリディスで働いているのですが、その彼から、報告があるようです」
周囲に説明した後、俺はダスカ氏に促した。クレニエールの魔術師や騎士らがざわつく中、通信端末から初老の魔術師のはっきりした声が流れてくる。
『それでは報告いたします。先のクレニエール領西部に出現したゴーレム集団ですが、アンバンサーとは異なる勢力のものである可能性が大となりました』
俺が巨岩を叩きつけて潰した後、ダスカ氏が派遣した調査隊によると――
『残骸から、アンバルの識別記録と照合したところ、テラ・フィデリティア軍における戦闘用ゴーレム、GG-50型に極めて類似しているものと判明しました』
「テラ、フィデ……?」
「アンバンサーと戦っていた古代文明時代の人類の軍です」
聞き慣れない単語に首をひねる侯爵に補足しておく。
「ダスカ先生、何故、当時の人類側の兵器が大量に現れたのですか?」
『それは私にもわかりません。こちらは残骸を解析しただけですし、その思考系は、ものの見事に潰れておりましたから』
うん、潰したのは俺だ。
『ただ、アンバルの記録によればGG-50型は、対アンバンサー殲滅用に特化した兵器のようです。それが今回出現したのは、もしかしたらアンバンサーが現れたことが関係しているかもしれません』
「それはつまり――」
俺は額に指を当てた。
「あのゴーレムたちは、アンバンサーを攻撃するために出てきたかもしれないと?」
『あくまで推測ですが』
それが当たっているなら、俺は味方である集団を潰してしまったわけだ。まったくの無駄骨。
どういうことだ、とジャルジーが、クレニエール侯爵らと顔を見合わせる。ダスカ氏は続けた。
『それで、報告がもう一件。GG-50型に類似したゴーレム集団、その第二陣の出撃を確認しました。その数、およそ一〇〇体』




