第51話、初登校です。
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アクティス魔法騎士学校の在学期間は三年。入学年齢は十五歳から二十歳までで、基本は十五で入り、成人である十八歳に卒業だ。が、入学年齢によっては二十三歳で卒業ということもある。
俺は中途入学……ではなく転入という扱いになった。つまり一年からやるのではなく、最上級学年である三年生という扱いだ。
王子殿下の護衛も兼ねる以上、教室などで一緒にいなくては護衛をやる意味がない。学校側も、俺が現職の冒険者であり、魔術に関しては近衛も太鼓判を押すほどの逸材ということもあって表立った反対はしなかった。……まあ、反対したらしたで、王子殿下の強権が発動していただろうけどね。
そんなわけで、俺は王子専用寮である青獅子寮から、お揃いの魔法騎士学校制服を纏って、アーリィーと登校する。馬車ならわずか三分程度の距離だが、俺とアーリィーは徒歩で移動する。ちなみに、ベルさんは俺の肩に乗っている。
「緊張してる?」
アーリィーが隣を歩く俺を覗き見るように頭を傾けた。金髪ヒスイ色の目の王子様は、後ろに束ねた髪に、元より女顔だから、傍から見ても少女にしか見えない。
「……制服、似合ってるか?」
「似合ってるよ、ジン」
「そうか。俺は、正直あまり似合っているとは思えないんだけどな」
襟元を緩める。制服なんて、いつ以来だよほんと。三十にもなって学生の制服とはね。
「似合ってるよぉ」
アーリィーは楽しそうに笑った。いや、君はもう少し王子様らしくしたほうがいいよ。
「ボクも正直に言うけど、ちょっと緊張してるんだ。久しぶりに学校に登校するから」
「……そういえば、ここしばらく通ってなかったんだっけ」
反乱騒動やその後の暗殺の可能性のある事故など。この可愛らしい王子様の身の周りは騒がしい。
「うん。でも君がそばにいてくれるから、安心してる」
「あまりプレッシャーをかけないでくれ」
俺は苦笑して答える。
林を抜けると校舎の全容が見えてくる。他の寮から登校する魔法騎士生たちの姿も見える。はてさて、柄にもなく緊張してきたぞ。
平穏なる学生生活……は期待薄なんだよなぁ。王子様のご同伴という状況を見ても。
・ ・ ・
「えー、本日からこのクラスに転入となる、ジン・トキトモ君」
三年一組の教室。厳しい表情とがっちりした身体つきの中年男性、担任であるラソン教官は、低い声ながら教室に響く声で言った。
「本来なら一年から、となるが、トキトモ君はすでに現職の冒険者として場数を踏み、魔術にも長けている。その能力については王室警護の近衛からも認められている。……トキトモ君」
「ジン・トキトモです、どうぞよろしく」
俺は簡潔な挨拶に留めた。長話をするつもりはないし、学生時代、長々と話す退屈な話に飽き飽きしていた。
ざわざわ、と生徒たちがざわめく。魔法騎士学校なんていうから、野郎ばかりかと思えばそうでもなく、割と女子の姿も見られる。髪が豪奢な生徒は貴族出なんだろうかねぇ。
教室は、教卓のある位置から生徒が座る席の後ろまで緩やかな傾斜がかけられ、大学のそれに似ている。四人がつける長テーブルが縦に五列、横は三列。最大六十人が席に着ける計算だが、一クラスはその半分くらいだったりする。
コホン、とラソン教官が咳払いする。
「えー、トキトモ君の席は、アーリィー殿下の隣で」
ガタンと音がした。生徒たちのざわめきが大きくなり、視線は後ろの席に陣取るアーリィーに向く。ちなみに彼女がその位置なのは、生徒が王族を見下ろすなど言語道断と一番高い位置の席を宛がわれたためである。……はい、その基準で行くと、王子様のお隣に座るというのは大事件です、ありがとうございました。
「何故、転入生が王子殿下のお隣なのですか!」
どこかの貴族令嬢だろうか。早速、そんな声が教官に浴びせられた。ラソン教官がちら、と俺を見た。予想範囲内の質問。打ち合わせどおりである。俺が頷き返せば、ラソン教官はまたも咳払い。
「えー、トキトモ君は、王子殿下の警護を担当する護衛官も兼ねている。そのために席はすぐ近くにあることが望ましい。と、これは王室からのお達しである」
暗に、私が決めたのではないぞ、と教官は匂わせる。ご苦労様です、と俺は内心、ラソン教官殿に同情した。まあ、もっとも本当に同情されるべきは、これからの俺かもしれないが。
ちなみに、アーリィーはそ知らぬ顔で、机の上のベルさんを撫でていた。猫を持ち込んだことを、誰も突っ込まないのは王子様だからかな……?
・ ・ ・
「何と言う微妙な空気」
俺はアーリィーの隣の席にいる。一時間目の後の休憩時間。クラスメイトたちの視線が俺たちに集中する。
「いつもは、女子生たちが挨拶がてら寄ってくるんだけどね」
アーリィーが苦笑する。大方、未来の王様のご機嫌とりだろう。そしてあわよくば、后候補として名と顔を売るみたいな。……その王子様が本当は女の子とは知らず。
「俺がいるから、ちょっと様子見ってとこだろうな」
転入生とか転校生って休憩時間に包囲されるもんだと思っていたが、隣が王子様ってことで皆、遠慮しているのか。
「休憩時間に人が寄ってこないっていうのも新鮮だなーって思う」
「イケメン王子様は贅沢なお悩みをお持ちのようだ」
「ジンー」
ぷくっと頬を膨らませて俺を睨むアーリィー。周囲からそういう表情も見られているんだが……指摘したほうがいい?
ベルさんは暇そうにあくびをした。
そして二時間目の講義の後の休憩時間。ぼちぼち生徒たちが動き出す。
「お久しぶりです、アーリィー様。ご機嫌麗しゅう――」
綺麗な髪のご令嬢――制服を着ているので魔法騎士生なのだが、見目も麗しい美少女たちが、王子のもとへとやってくる。
「もうお体はよろしいですの?」
「先の反乱軍騒動では大変でしたね。軍内に間者が紛れ込んでいて指揮どころではなかったとか。まったくもって反乱軍というのは卑劣ですわ!」
ある者はアーリィーを心配し、またある者はアーリィーの心労を労わった。
「みんな、ありがとう。心配をかけたね」
アーリィーが控えめな微笑で答えると、女子生たちは熱っぽい吐息を吐き、感動したように両手を胸の前で組んだりした。
……なんだこの空気。
俺はアーリィーの隣の席にいるので、この美少女生徒たちに微妙に囲まれている状態だ。頭越しに会話が流れ行くさまは、空気を読んで立ち去りたいところだ。
「この猫、可愛いですね」
ある生徒が机の上に横になっているベルさんに手を出した。可愛い女の子だったから、ベルさんは手を出すことなく、もふもふさせる。現金なベルさん。
「彼はベルさん。ジンの猫なんだ」
と、アーリィー。すると猫を撫でていた少女はすぐに手を引いた。同時に微妙な空気が流れる。なんだ、もう終わりか、とベルさんが念話で呟く。
「ところで、ええーと、ジンさんと言いましたか」
比較的近くにいた長い黒髪の女子生が、俺の名前を口にした。
「王子殿下の警護ということですが、あなたはお強いんですの?」
「え、ああ、俺?」
ずいぶんと間の抜けた返事に聞こえたかもしれない。相手が貴族の娘であるかもしれない、ということを完全に失念していた。いや、貴族の娘とは付き合ったことはあるが、その時は向こうは英雄としての俺として接していたからな。今回はただの護衛官だから勝手が違う。
「俺は――」
「強いよ、ジンは!」
何故か、アーリィーが俺の代わりに答えた。
「冒険者でもあるんだけど、魔術師にして、凄腕の武器使いなんだ。先の出兵の際も、ボクを守ってくれたんだ」
目をキラキラさせてアーリィーが熱く語る。よせやい、照れるじゃないかね。
俺は思わず顔を背ければ、周囲の女子生たちから感心したような声が上がった。
「どれくらいお強いのですの?」
銀髪前髪パッツンにした美少女生徒が聞いてきた。どれくらいってのは、対比の難しい質問である。
「まあ、現職の近衛騎士より強いよ、ジンは」
ベルさんが唐突に言えば、悲鳴とも歓声ともとれる声が教室に響く。原因は当然、黒猫が渋い声で喋ったからだった。




