第524話、レプリカ装置
新型パワードスーツの開発が進む中、俺はとある問題で頭を抱えていた。
それは深刻な浮遊石不足である。
エルフの宝物庫で半ば朽ちていた古代文明時代のシズネ級小型艇を再生したものの、搭載する浮遊石は空っぽのままだ。
シップコアはあったが、浮遊石がないため、現状の飛行能力はすこぶる低く、また燃費も大変よろしくない状態にあった。
現状、トロヴァオン戦闘攻撃機、ドラケン戦闘機、ワスプⅡ地上攻撃機への浮遊石搭載は済んでいるが、余裕がないので、新規に作る戦闘機には搭載不可。
最近、大型偵察機が出ずっぱりで飛行を続けているのだが、ああいう高高度偵察機や観測機を増やしたいと思っている俺としては、さらなる浮遊石が欲しい。
「なければ作ればいいではないか?」
ディーシーが気安くそう言うのだが。
「だったらお前が作ってみろ」
「無理だ」
黒髪をなびかせた少女の姿をしたダンジョンコアは、薄い笑みを浮かべる。
「生き物ならともかく、我にキカイ的なオブジェクトは作れんよ」
まあ、浮遊石については、古代文明時代の人工ダンジョンコアである、サフィロやグラナテでも再現できなかったからな。
どこにあるともしれない古代文明時代の遺跡を探して、あるかもわからない浮遊石を探すとなると、確実なことは言えない。だが、浮遊石は欲しい。それもできるだけ早く!
「なければ奪ってくるしかないだろ、ジン」
ベルさんは鼻を鳴らす。それしかないかな、と俺も思う。
ディグラートル大帝国は、空中艦隊を整備し、その飛行艦艇群に浮遊石を載せている。その数200隻以上で、なお数を増やしつつある。
「……大帝国は、いったいどこからそんな数の浮遊石を手に入れてるんだ?」
ひとつふたつの遺跡から、一〇〇以上の浮遊石が手に入るか? 俺たちは高高度の浮遊群にあった残骸から数十個手に入れることができたが、そういうラッキーな当たりでも引いたんだろうか……。
「ま、どこでどう手に入れているにしろ、連中が見つけてくれたんだ。そいつを横取りしてしまえばいいさ」
大帝国の空中艦の製造工廠なり、浮遊石の保管庫に潜入してそれを強奪する。一定数の数を手に入れようとするなら、少数のSSを潜入させてこっそり、というわけにもいかないだろうな。本格的な強奪計画を練る必要がある。
俺たちは、目標の選定を行うため、地下執務室へと向かった。SS諜報部が入手した大帝国の機密情報などが保管された部屋にある、浮遊石関連資料を見直すためだ。
と言っても、ベルさんはあまりこういう資料読みは得意ではないし、ディーシーは、そもそも文字が読めるか怪しい。食堂からケーキをテイクアウトして、完全に賑やかしを決め込んでいた。
代わりにアーリィーとダスカ氏が、資料の見直しを手伝ってくれた。
攻撃目標を探す俺たちを余所に、浮遊石についての研究資料を読んでいたアーリィーが、それを見つけた。
「ねえ、ジン。このレプリカ浮遊石っていうの、作れるみたいなんだけど」
「レプリカ――」
そういえば、一度、その資料は読んだ。
いわゆる人工的に浮遊石を作る装置があるというやつで、大量の魔力を投じて装置に組み込めば、浮遊石を作れる。
そう聞くと、夢の装置ではあるのだが、作り出される浮遊石は純粋な浮遊石に比べ、かなり劣るものだったりする。
だから当時の俺は資料は見たが、あまり関心を持たなかった。
でもそれで一つ思い出した。大帝国がどこから浮遊石を手に入れているか、その答えに。
空中艦の大半が、そのレプリカ浮遊石を使っているのだ。彼らの艦隊が浮遊石を使いながらも、古代文明時代の艦に到底及ばない理由のひとつがそれである。
それゆえに俺は軽視していたのだ。低性能艦を作るしかないレプリカ浮遊石が眼中になかった。
「実際のところ、レプリカはどの程度の能力があるのですか?」
ダスカ氏の問いに、俺は再度、浮遊石資料を見直した。
計測により、レプリカ浮遊石1つにつき最大高度1万メートルまで浮かぶことを確認。重量によって浮遊可能高度に限界があり、重ければ重いほど浮遊可能高度は低くなる――
「つまり、純粋な浮遊石が重量をほぼ無視できるのに対し、レプリカ浮遊石は重量によって浮遊可能な高度が変化するということですね」
老魔術師は顎に手を当て考え込む。
「どうやって測ったんですかね……?」
「計測方法は、浮遊石にくくりつけたロープの長さ……。1万メートルの長さのロープを用意して飛ばしたってことかな、これ」
俺は資料から顔をあげる。どうも有人ではなく、無人で飛ばして高さを測ったようだ。
確か、敵空中艦の主な飛行高度が3000メートル程度だとわかっている。それ以上にめったに上がらないのは、おそらくレプリカ浮遊石の重量制限のせいということだ。
だが重さ次第では、高高度も飛べるわけで……。
「所詮はレプリカだと思って侮っていたが、これは使えるかもしれんな……」
たとえば、空中対応型パワードスーツのシルフィードなどに載せている浮遊石。パワードスーツの重量などたかが知れているので、レプリカ浮遊石を回し、純粋な浮遊石を別のモノへと配分できる。
大航続距離と高高度性能が必要ない機体には、レプリカで十分と言える。
「よし、大帝国から奪取するのは、まずはレプリカ浮遊石――その製造装置だ」
生産できるというのがいい。ただ完成品を奪うだけでは増えないが、作ることができるなら、量産できる。
「いま、大帝国にあるレプリカ製造装置は――」
「三カ所にある」
アーリィーが、持っていた紙を俺に渡した。レプリカ浮遊石の製造装置のレポートに、その所在地が記されていたのだ。
どれも帝都ではなく、工廠や機械部品を生産する工場がある都市だった。アーヴァル、ドゥール、イハルの三カ所。
「この中から、一つ、装置を手に入れよう」
そうと決まれば、さっそく該当都市の調査が行われた。ポータル経由の魔力通信にてSS諜報部に敵の警備体制、装置の場所の特定などの命令を発信した。
・ ・ ・
調査と検討の結果、襲撃するのは帝都に比較的近い工業都市アーヴァルに決まった。
ここでは大帝国の空中艦隊用の建造工廠と修理用ドックがあり、またそれぞれに供給する部品も独自に生産している。
重要拠点ではあるが、大帝国本土で、しかも帝都に近いという地理条件から、駐留戦力がもっとも少ない。
しかし完全に手薄というわけではなく、二四時間体制の警備がついている。また製造工場は警備型魔獣も配備されていた。
さて、これを攻略しろ、というと本格的な戦力が必要であり、しかもガチで戦争になってしまうので、あくまで隠密作戦の一環として、密かにレプリカ浮遊石の製造装置を奪うだけに留める。
俺がそう言ったら、ベルさんは眉をひそめた。
「敵の拠点だぞ? モノを奪うついでに、他の施設もぶっ壊したらどうだ?」
「そうしたいのは山々なんだけどね……」
春以降に戦端が開かれることを思えば、敵戦力の生産拠点を潰しておくのは合理的ではある。潰しきれなくても、その生産能力に遅延をもたらすだけでもやる価値はあるのは間違いない。
「だが、あまり大事にして、敵の注意を引きたくないんだ」
敵に本土の守りを固められると、こちらとしても活動しにくくなるし、今度、何かを奪おうと思っても、強化された守りを破る必要が出てくる。
「できれば、敵にはザル警備のままでいてほしいんだ」
それに、大帝国の軍需施設に打撃を与えたところで、こっちは占領しないのだから、いずれは回復されてしまう。
それで大帝国の侵攻計画に遅れが生じたとして、こちらに何かメリットがあるかと言われると、そうでもない。
仮に、連合国にウィリディスの兵器を流して軍備を強化させるというのであれば、時間稼ぎは有効かも知れないが、そのつもりはないしな。
こっちは春までには軍備を一通り整えられる予定だ。引き延ばしが必要なら、その時にやればいい。




