第520話、DCロッドさん
砦から逃げた盗賊がいたら捕まえておいて、と近衛隊とヴァリエーレの騎士たちに命じて、俺はデュレ砦に逆戻り。
エアブーツの跳躍と加速を組み合わせ、あっという間に城壁の上に飛び乗った。さて天守閣だったものを巻き上げている、巨大な蛇竜――DCロッド。
とりあえず、呼びかけるか。
『あーあー、DCロッド。敵はもういないかなら、その魔物引っ込めてくれるか?』
蛇竜が頭を動かし、周囲に耳障りな声を響かせて威圧している。こっちの呼びかけに応じる様子はなし。
完全に暴走しているのか、あるいは俺の魔力念話が聞こえていないのか?
そもそも、DCロッドに命令する時って、大体は直接触れている状態だったと思う。遠隔で働いたこと、あったかな……あったかもしれないしなかったかもしれないが、ちょっと覚えがないな。
つまり、DCロッドのところまで行かなきゃダメかもしれないということか。……いけるかな? あの蛇竜がとぐろを巻いている中だろう? 無理無理、物理的には。
別の方法を考えよう。俺は目を閉じる。
このあたりで魔力がもっともある場所――それがDCロッドだ。目で見えないのなら魔力で場所を探る。
見つけた。というか魔力の目で見れば、夜空に輝く月のごとく非常に目立っていた。魔力の手を伸ばし、DCロッドに触れる。魔力で繋ぐという感じだ。
――DCロッド、落ち着け。俺だ、ジンだ。
返事はない。というかDCロッドは言葉をしゃべったことがないからなくて当然なんだが。
しかし、魔力の目を通しても動いていた蛇竜が、ピタリと止まったのを感じた。どうやら、伸ばした魔力は確実にDCロッドに届いたようだ。
――竜を引っ込めろ。主の命令だ。
アルジ――声が聞こえたような気がした。次の瞬間、蛇竜を構成していた魔力が、ギュッとDCロッドに凝縮したように見えた。
俺は目を開ける。デュレ砦を半壊させた蛇竜の姿は、影も形もなくなっていた。
ふう、と一息。さっさと杖を回収しよう。潰れて低くなったキープへとジャンプ。
欠片となった石を踏み砕いて着地。と、DCロッドがあるはずのその場所に、一人の少女が立っていた。
一〇代半ばから後半。長い黒髪にやや目つきが険しいが、中々整った顔立ちの美少女だ。はて、つい先ほど仕留めた盗賊団の女戦士にどこか似ている気がしないでもないが……。
少女は、俺を見た。紅玉のような赤い目。女戦士の目の色はブラウンだったと思うから別人で間違いないが、何故か全裸でいるところと、得体の知れないオーラ――いや魔力を感じて、俺には予感があった。
だから、こう言った。
「お前は、DCロッドか?」
「ディーシーロッド」
少女は淡々と、しかしわずかに口もとをへの字に曲げた。
「我のことをそう呼ぶお主が、我が主か?」
やはり、というか、目の前の少女は、DCロッドの擬人化形態のようだ。しかし、何故、少女? 何故、裸!?
「我は、きちんとしゃべれておるか? 主様?」
表情の変化には乏しいのは、身体を得たばかり故か。いろいろ聞きたいことはあるが、とりあえず――
「まずは服を着ような」
どうせ持っていないだろうから、ストレージにあるマントか何かを――
「おぉ、服か。まてまて、こうじゃったかのぅ……」
口調が変なのは、これまた生まれたばかり故か。首をかしげる俺をよそに、DCロッドの擬人化少女はパッと身体を広げ、魔力をまとうとドレスを具現化させた。
まるで魔法少女が変身するみたいに一瞬の出来事だった。
「ふふん、これで文句はないな?」
少女は笑った。笑った、というかずいぶんと不敵な感じで。
ともあれ、これがDCロッド――いや、ディーシーと名乗ることになるダンジョンコアとの初会話の一部始終である。
・ ・ ・
デュレ砦の盗賊団は壊滅した。
DCロッドの蛇竜によって砦は潰れ、逃げ延びた盗賊たちも、近衛騎士とヴァリエーレの騎士によって逮捕、捕縛された。
なお、砦の地下室に、盗賊の仲間がひとりと誘拐されてきた子供が八人いた。地下にいてよかったな。でなければ蛇竜に潰されていた。
盗賊は捕縛、子供たちは保護。やや栄養失調気味であるが、命に別状はなかった。
ラッセ氏は、息子が無事に帰ってこられたことに大変喜んでいた。
そのリヒト君は、盗賊たちに捕まり脅されたせいか、精神的なショックを受けたようだった。……PTSD。いわゆる心的外傷後ストレス障害になっていないといいのだが。
ヴァリエーレ家に戻った俺たち。バルム伯爵は、孫が無事戻ったことを安堵した。フィーエブル団が壊滅したことに喜び、俺に感謝の意を示した。
その後、バルム伯爵、ラッセ氏、マルカスが家族会議するということで、俺たちは別室へ。……俺個人としてはありがたい。
何せ、DCロッド――ディーシーのことがあったからな。一端、杖の姿に戻ったディーシーだったが、部屋に俺とアーリィーだけとなると人型に化けた。
「へぇ……これがDCロッドか」
アーリィーが感心したような声をあげた。驚くには驚いているようだが、そこまで大きなリアクションではなかった。
「汝が、主の番いだな?」
番いって、鳥じゃないんだから――呆れる俺をよそに、ディーシーは好戦的な笑みを浮かべた。
「我は遙か昔から主と結ばれておる身じゃ。ひとつ、よろしく頼む」
口調が安定しないな。あと、アーリィーはお姫様だぞ――と、言ってもダンジョンコアに理解できるのかな。
「遙か昔から?」
きょとんとするアーリィーに、ディーシーの笑みは深まる。
「うむ。遠い遠い昔からじゃ。正直、我のことを忘れてしまったのではないかと思うこともしばしばだがな」
「そんな昔から一緒だった覚えはないぞ」
俺はこの世界にきて二年である。そんな幾星霜の月日を共にしたなんて、ねつ造もいいところだ。
「つれないな、我が主は意地が悪い」
拗ねたようにそっぽを向き、ディーシーは部屋のソファーに座り込んだ。隣に座るアーリィーが微笑した。
「杖が人になるなんて、スフェラみたいだね」
姿形の杖こと、シェイプシフターロッドのスフェラ。言われてみれば確かに。
「おお、懐かしい名だ。あやつはここしばらく見ておらぬが、元気にしているか?」
はい?
ディーシーさん、スフェラとお知り合い?
ますますわからない。姿形の杖を俺が手に入れて、まだ一年にも満たない。ダンジョンコアであるディーシーと、彼女が接点を持つなど短い間しかないはずだが……。待てよ。
俺はひとつの可能性に行き当たる。
そういえば、俺はふだんDCロッドをどうしていたか?
使うとき以外は、ストレージ内に収納していた。紛失したり盗まれたら大変だから、安全なストレージにしまっておいたのだが……あの中は、時間の経過が恐ろしく早い。
表の世界の数秒が、中では一日だったりする。とはいえ、中のモノや生き物は時間経過による劣化をしない異空間であるから、歳を取ることはないが、外と比べると時間が流れているのは感じるわけで。
そんな中に放り込まれて、自我のある存在が過ごしたらどうなるか?
遠い昔とか、忘れられたのではないか、というディーシーの言葉は、そういう意味か!
「あの中は退屈だ」
ディーシーは眉をひそめた。
「我は、もうあそこには帰らんぞ。主と一緒に、こっちで過ごす。……ついては主様や、食事を所望する」
ディーシーは甘えた声でそう言った。




