表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
英雄魔術師はのんびり暮らしたい  のんびりできない異世界生活  作者: 柊遊馬
第二部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

521/1884

第519話、リヒト少年救出


 見れば部屋の真ん中で、女――軽戦士の格好をした人物がしゃがみ込んでいた。

 俺の使った睡眠の魔法で倒れている盗賊仲間を起こそうとしている。


 血まみれビラードの妻と思しき女戦士は、茶色い長い髪。俺の位置からは顔が見えないので年の頃はわからないが、意外とほっそりしている。


「お、ちょうどいいところに来たね。何か知らないが、いきなり倒れ込んじまって――」


 仲間と思ったのか、女戦士は振り返った。

 だが透明状態の俺の姿は当然、見えない。


「……?」


 訝る女戦士。その素顔は三十代か、かすかにしわが刻まれつつあるが、まだまだ力強さを感じさせ、悪くない。そのブラウンの瞳のある目元は険しく、さながら狩人のように鋭い。


「またグレムリンの悪戯(いたずら)――!?」


 俺が抜いたナイフの刃を捉えたのは、一瞬。だがその刹那で、女戦士は飛び退き、自身に迫った凶器を逃れた。

 ち、魔法が効かないかも、と物理攻撃を選択したが、あれを避けるか――


「何者!? 姿を見せなッ!」


 女戦士は、腰に下げていたダガーを抜いて構えた。すっかり臨戦態勢だ。

 俺はDCロッドを床に刺し、空いた左手を、女戦士に向ける。どれ、本当に魔法が通用しないか試してみよう。単に、状態異常を防ぐ魔法具の可能性もあるしな。


 ぐっ、と女戦士は自身の首に手を当てた。見えない魔力で、俺は彼女の首を締め上げる。浮遊の魔法をかけて、そのまま女戦士の身体を浮かせて宙に吊り上げた。


「――ッ!」


 どうやら、こっちは効くようだ。地に着かない足をばたつかせ、必死に首元の圧迫から逃れようとする女戦士だが無駄なことだった。……あまり流血はさせたくない。いま眠っているとはいえ、子供(リヒト君)がいるからね。


 窒息を待つのも苦しかろうと思い、首をへし折る。糸の切れた人形のようになる女戦士。さっきまで子供相手にトラウマものの罵声を浴びせていた相手に慈悲はない。


 ビラードの妻らしい女戦士の遺体が床に落ちる。盗賊のお仲間が一人、魔法で眠っているが、起きる様子はなかった。いまのうちに、リヒト君を保護して帰ろう。


 粗末な敷物の上に座り込んでいるリヒト君。手を縄で縛られている。俺のかけたスリープの魔法で眠っているが、目元には涙の跡。怖かっただろうな。


 俺はナイフで、少年を縛る縄を切ると、その身体を抱き上げる。五歳と言っていたが、そこそこ重くなってるね。身体は小さいのにさ。


 DCロッドを回収したら、ポータルを開いて――振り返った俺は、そこで思いがけないものを見る。

 赤い宝玉付きの杖。それに触れようとしている紫色の小さな動物、いや小悪魔。


 グレムリン。醜悪な顔の、体長50センチほどの魔物が、杖に触ろうとして、俺に気づいた。……さっき、女戦士がその名を口にしていたが、ここでは悪戯しに、割と顔を出すようだ。


 と、リヒト君を抱えている俺の目の前で、グレムリンがDCロッドを掴みやがった。ニヤっと小悪魔の顔がゆがんだように見えた。


 こいつ、杖を持ち逃げするつもりか――!?

 だが、その瞬間だった。


『サワルナ!』


 強い魔力念話、いや念波が響いた。大音響スピーカを無警告でぶっ放すような騒音じみた念波が駆け抜ける。うるせっ! 何だってんだ!?


 ただの念波ではなかったらしく、俺の中でリヒト君が目覚め、転がっていた盗賊もまた飛び起きた。


 次の瞬間、DCロッドが変異した。


 というのも突然、巨大な何かが飛び出してきたのだ。グレムリンが悲鳴を上げ、その何かに押し出される。……って、こっちにも来る!?


 たとえるなら、車のエアバッグが突然開いたような感じだ。何かが大きく膨れ上がっていた。


 考える間もなかった。俺は左肩にリヒト君を抱え、とっさに窓のある壁方向――つまり杖から背を向けた。


 吹っ飛べ! 右手に魔力の塊を形成。小さな窓枠のある壁にぶつけて粉砕! そのまま外へと壁の破片ごと飛び出す!


 後ろから男のくぐもった悲鳴が聞こえた気がしたが、それどころではない。砦の天守閣(キープ)の上層から飛び出した。

 つまり、三階の部屋から子供を抱えて飛んでいる。


 ヘマしたら、足どころじゃ済まないな。

 そう思った時には、浮遊魔法という選択肢が頭に浮かび、それをすぐに実行していた。


 耳もとで、目覚めたリヒト君が高所から落下している浮遊感に悲鳴をあげた。うるさいのだが、それに構っている場合でもなかった。


 浮遊魔法でふわりと浮かび、落下速度が大幅に下がる。壁の破片が、周囲に飛散した後、こちらはソフトなランディングで城壁の上に足がついた。


 慌てふためく盗賊たち。突然吹き飛んだ建物のほうに意識が集まり、俺とリヒト君にまで気を回している余裕がないようだった。

 無理もない。何故なら、吹き飛んだキープから、巨大な竜が現れたのだから。


 竜、どちらかといえばアジアなどに伝わる巨大な蛇型を思わす姿だった。身体はどんどん大きくなり、キープの下層を押しつぶしていく。竜の頭が天を仰ぎ、咆哮(ほうこう)を轟かせた。


 どうしてこうなった? あれは、DCロッド――ダンジョンコアの暴走とでも言うのか?


 とぐろを巻くような竜が廃砦をさらに押しつぶし、盗賊たちが逃げまどう。……とりあえず、リヒト君を安全圏へ逃がそう。


 砦の外へと視線をやれば、林をぬって歩兵戦闘車(エクウス)浮遊バイク(ウルペース)、近衛や騎士たちが前進するのが見えた。どうやら騒ぎに気づき、俺の援護が必要かと前に出てきたらしい。


「……あそこまで飛ぶぞ」


 リヒト君に声をかけた俺は、浮遊に加え、エアブーツの跳躍魔法をプラスして、一気に跳んだ。

 あっという間に砦から離れる。ギュッとしがみつくリヒト君。一度、雪原に着地。足跡は浮遊効果でつかなかったが、そのままもう一回跳躍魔法で、一挙に仲間たちと合流。


「ジン!」

「団長!」


 アーリィー、マルカスの声。ラッセ氏が飛び出してくる。


「リヒト!」

「ちちうえー!」


 俺の肩にしがみついていた五歳児は、その顔をくしゃりと歪めて泣き出した。ほらほら、お父さんのもとへお帰り。俺が下ろしてやると、リヒト君はラッセ氏のほうへと走ろうとして、逆に駆けつけた父親に抱きしめられた。


 感動のご対面ー。……とか言ってる場合じゃないんだよな。


 そういえば付けていた仮面をはずし、デュレ砦へと視線を向ける。盗賊たちは三々五々散っていた。砦は、もはや巨大竜に乗っ取られたのは一目瞭然だった。


「ジン、あれはいったい何!?」


 俺の傍らに立ったアーリィーが聞いてくる。俺も聞きたいところだけど……うん。


「ちょっとしたトラブル。たぶん、あれ、DCロッド」

「え……?」

「暴走ってやつかな」


 俺以外の奴に触られたのが気に入らなかったらしい、というとかんしゃく持ちの彼女みたいだが……。

 触るな、って念波飛ばしてたような気もするし。


『マスター』


 エクウスのSSドライバーの魔力通信。


『砦内の未確認魔獣ですが……攻撃しますか?』

『待て、待機しろ』


 DCロッドの化身である以上、攻撃すれば逆に何をしでかすかわからない。


 何せ、あれはダンジョンコア。俺のコントロール下にあったとはいえ、本来ならダンジョンを管理し、その維持のために魔物を使役したり、入り込んだ獲物を養分よろしく倒すこともやる。

 ここで突き放したら面倒しかない。……しょうがないな。


「ちょっと言って、話してくる」

「大丈夫かな?」


 アーリィーが心配そうに言うので、俺も髪をかきながら頷いた。


「まあ、話を聞いてくれなきゃ、それこそ壊すしかなくなるんだが……」


 それは勘弁したいな、本当に。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リメイク版英雄魔術師、カクヨムにて連載中!カクヨム版英雄魔術師はのんびり暮らせない

ジンとベルさんの英雄時代の物語 私はこうして英雄になりました ―召喚された凡人は契約で最強魔術師になる―  こちらもブクマお願いいたします!

小説家になろう 勝手にランキング

『英雄魔術師はのんびり暮らしたい 活躍しすぎて命を狙われたので、やり直します』
 TOブックス様から一、二巻発売!  どうぞよろしくお願いいたします!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ