第495話、推進ブレード
エルフの宝物庫内、その最下層にあった謎の小型艇を、俺たちは調査した。
保護魔法が使われていなかったこの艦体は劣化が酷かった。高高度浮遊群にあった巡洋艦アンバル同様、もし使うのなら部品の交換と修理が必要となる。
内部を調べていく上で、アンバル型と規格が共通しているのがわかった。テラ・フィデリティア航空艦隊の所属――つまり、古代文明時代の艦だと判明した。
艦橋部には操舵や、その他管制席があったが、シップコアを乗せる台座があった。ただ、肝心のシップコアはなく、機関部にいけば浮遊石も空となっていた。
「たぶん、この艦をここに運び込んだエルフたちが取り外してしまったんだろうな」
俺は艦橋から引き上げる。
「エルフたちは、こいつを発掘するか見つけたんだろうな。それで彼らなりに調べて、浮遊石の力を知り、浮遊船を作ったのだと思う」
後に続く黒猫姿のベルさんが口を開いた。
「その割には、全然似てないぜ?」
「外側は何でもよかったんだろうよ。浮遊石さえ備え付けられればね」
あの石は航空力学とか、まるで無視できるからね。
ダスカ氏が振り返った。
「では、シップコアはどこへ? エルフの浮遊船には積まれていませんでしたよね?」
「さあ。もしかしたら、宝物庫を探せば宝石の類に混じってるかも」
「見た目、あんま宝石っぽくないけどな」
「ただ大きさで言ったら、かなりのものですけどね」
そりゃ、ボウリングの球くらいあるもんな。そんな化け物宝石、俺は見たことない。ダンジョンコアとか大魔石でもないとね。
外に戻ると、カレン女王に小型艦――サフィロやアンバルに聞いてないので艦種は不明だが、わかる範囲で説明した。
「古代文明時代の船ですか……!」
エルフたちは驚く。
「旧文明の遺物が、何故このような場所に……?」
「さあ、それはあなた方のご先祖様のやったことですから、私にはわかりません」
ただこのままでは使い物にならず、場所を取っているだけの代物である。
「宝物庫にある意味はない、と?」
「歴史的な遺産ではありますが、保存状態は悪いですし」
「これを修繕できますか、ジン様?」
「……詳細に調べないと確約はできませんが、不可能ではないと思います」
古代文明時代の艦艇を再生中とは言えないが、おそらく同じやり方でできるはずだ。
「修繕されるのですか?」
「せっかく宝物庫にあるのですから、これも浮遊船というのであれば直したいと思います」
カレン女王は、朽ちている小型艦を見上げる。
「エルフの職人たちにも一度見せて、直せるか確認させます。もし彼らの手に負えないようなら、ジン様に依頼するかもしれません」
「……そうですか」
長寿のエルフたちだが、果たしてこれが解析できるのか。甚だ疑問ではあるが、彼らの先祖は、一応これをもとに浮遊船を作った。案外できなくはないかもしれない。
その後、俺たちはエルフの宝物庫を後にした。
魔物が出る鉄の谷ということだったが、空から向かったのがよかったのか、戦闘もなく、無事に世界樹のヴィルヤに帰投した。
「何もなかったな……」
ベルさんはあくびをしながら漏らした。結局、ずっと猫の姿のままだった。ダスカ氏は「興味深かったですね」とそれなりに有意義な旅だったようだ。
・ ・ ・
宝物庫までの護衛や手間賃ということで、エルフから報酬金とエルフ宝物庫の武具を少しいただいた。
目的だった各種魔法金属については、無償でもらえることになった。これは予想外の報酬だ。
ようやく水の魔法金属の比較ができるようになったが、解析の結果は、色は違えど強度や重量ほかに特に変化はなし。
ウィリディス式の魔力生成法で行う限りにおいて、通常のエイセル鋼生成レシピから、清らかなる水が除外される格好となった。材料が少なくて済むのは、大量に作る場合において製造コストの節約になる。
エイセル鋼を装甲に使ったパワードスーツを製作する。……と、その前にTPS-3シルフィードにちょいと修正をする。
バックパックにフレキシブル・ブレード――エルフの浮遊船の風魔法発動板を参考にしたブレード状の推進器を二基追加したのだ。浮遊石で軽くなっている機体の推力に十分な能力を持ちつつ、風魔法を放つ武器としても流用可能な代物だ。
ま、いわゆる武装追加案とそれの実行である。
さて、TPS-4の製作である。
「特殊作戦用の機体だから、基本構造はTPS-2バーバリアンを流用する」
ウィリディスの地下研究室にて、俺は弟子のユナ、エルフ技師のガエアに告げた。
「少々お高くなってしまうのだが、数をしぼって作るのでトータルで見れば他の機体を揃えるより資材はかからない……はずだ」
「はず、と言うのは?」
「実際にやってみないとわからん」
エイセル鋼は、水中での抵抗や負荷を無効化する。それを機体の装甲並びに全身を覆うことで水圧にも耐える。
とはいえ、どこまでの水圧に耐えられるかについては、疑問ではある。
「というのも何百メートル、何千メートルの深海にいって試したことがない」
そもそも、そんな深海に行くことがあるのか、という話である。……なんか、いまフラグが立ったような気がするが気のせいか。
「深海というのに、興味はあります」
ユナが淡々ながら、好奇心を覗かせばガエアも頷いた。……深海用の潜水艦でも作れというのだろうか?
うろ覚えだけど、二〇〇メートルくらいの水深より深いところを深海というのではなかったか。
「TPS-4の推進装置は、水中用と陸上用の二種類を用意する」
浅海や川などに潜る際は水中航行。陸上での行動用に通常のブースターを用いる。
「もっとも、二種類の異なる推進装置を装備するというのは、本音を言えばあまりよろしくないんだけどね」
「何故ですか、お師匠?」
「単純に推進器に割り振る重量が増えるからだ。しかもどちらかを使っている間は、もう片方はただのお荷物だからな」
俊敏に動き回るリアナさんの性格を考えると、余計な重量物は嫌うだろうな。浮遊石をTPS-4に回すか? 在庫がないからTPS-3への割り振りを一部カットする必要が出てくるけど。
……なんてな。
「一応、解決策はある。水中用に水流噴進装置を作ろうと思っていたんだが――」
いわゆるウォータージェット推進。ハイドロジェットとも言う。高圧の水流を噴出することで推進力を得るやつだ。
「これを武器に転用する。つまり陸戦時には推進器ではなく武装として使えるというわけだ」
名付けてハイドロ・ブレード。……はい、エルフの浮遊船の発動板を参考に、シルフィードに採用したフレキシブル・ブレード、そのエイセル鋼製の水中版だ。
魔法で高圧の水流を噴射する流れを作れば、それで水中での航行は可能。陸戦では水魔法のよる武器に転用だ。
まあ、水中で通常型ブースターがお荷物になっている問題については解決していないんだけどね……。




