第492話、エルフの伝承
エルフの女王との会談というと堅苦しいのだが、世間話ついでに浮遊石の話をしたら、彼女は案の定とても驚いていた。
「浮かべるだけの宝石の類と思っていました」
と、数百年の齢を重ねつつも美貌を保つエルフの女王は言うのである。俺は頷く。
「ええ、浮かべるだけの石ですよ」
ただし、乗り物にくくりつければ、重量を無視して空を飛ぶ代物に早変わりである。
先のエルフの里防衛の際、カレン女王はウィリディスの戦闘機やヘリを、目の当たりにしている。浮遊石はそれらの飛行能力を飛躍的に伸ばしたこと、そして古代文明時代には巨大な鋼鉄の船を空を飛ばしていたことを俺は説明した。
「ジン様のお話を聞いて、子供の頃からの疑問のひとつが解けました」
世界樹根元の城下町と空中都市ヴィルヤに、それぞれ転送魔法陣がある。二度目にここを訪れて俺たちも使わせてもらったそれだが、カレン女王曰く、双方の魔法陣は高さを除けば同じ位置にあるらしい。
つまり、ヴィルヤの転送魔法陣の真下に城下町の転送魔法陣があるというのだ。
「ひょっとしたら、転送魔法陣がなかった頃、あそこは浮遊石の力を使ったリフトで、それを動かして空中都市と地上都市を行き来していたのかもしれません」
カレン女王は自説を披露した。要するに巨大エレベーター、その動力としての浮遊石か。なるほど重量を無視して浮かび上がるという特性を考えれば、まさにうってつけの使い方と言える。
「今では転送魔法陣を使ってますから、浮遊石はお役御免となって、宝物庫に保管されていたのかもしれませんね」
「それを今、我々が使っていると……。もらったものではありますが、お返ししたほうがいいですか?」
「いえ、お贈りしたのですから、ジン様がお使いください」
ありがたく使わせていただきます。今は長距離汎用偵察機に搭載されているからねぇ。
「それにしても、空を飛ぶ船ですか……」
女王が呟いた。
「何か?」
「エルフの伝承に、空を自由に飛び回る船というのがありまして――」
女王が語り出した。千年以上も前の話なのだが、この里のエルフたちは古代文明時代の飛行術を使った浮遊船を所有していたのだと言う。
千年以上前の浮遊船。古代文明時代がいつの頃かは知らないが、それと比べれば比較的新しい部類と言える。そんな時代に空を飛ぶ乗り物がすでにあったと言うのか。
「ただご先祖様は、何故かその浮遊する船を封印してしまわれたのです」
「おそらく、その存在が災いの種になると当時のエルフたちは考えたのではないでしょうか」
空飛ぶ船と聞いたら、それを持たぬ者たちが欲しがるだろう。俺がウィリディスで作った航空機群もそうだ。
エマン王やジャルジーは俺に借りがあるから公にしないが、もし縁もゆかりもない関係だったら、手に入れようと手を尽くしたはずだ。
かつてのエルフたちも、空飛ぶ船が周囲の標的となり、侵略や略奪の口実となるのを避けるために隠してしまったのだと思う。
……ひょっとしてエルフが他種族に対して冷たいのは、そういう秘密に触れるのを避けるためなのではないか?
「ジン様……?」
「いいえ」
何でもないと首を振る。……だとしたら、カレン女王はずいぶんと迂闊な発言をしていることになる。それとも、俺を全面的に信用しているのかな?
まあ、すでに航空機を保有している俺からすれば、エルフの浮遊船に興味はあれど、手に入れようとは思わない。……何か強力な兵器の類でも積んでいない限りは。
その点が懸念材料と言える。いま大陸に侵略の手を伸ばしているディグラートル大帝国も空中艦隊を保有している。飛行技術の開発を進める彼らにとっても、エルフの浮遊船は研究対象には十分。存在が知られれば侵略理由になるだろう。
物思いにふける俺をよそに、カレン女王は続けた。
「ジン様の浮遊石の話を聞いて思い出しました。『もし災厄に見舞われ、里を捨てなければならなくなった時、鉄の谷に行け。そこに精霊の翼が眠る』と」
「精霊の翼……」
「おそらく浮遊船のことでしょう。王家に伝わる伝承です」
「……それを、部外者である私に明かしてもよかったのですか?」
女王の執務室に、俺と女王しかいない。もしエルフの重鎮がいれば、おそらく止めに入っているだろう重要案件だと思うのだが。
「あぁ、そうですね」
カレン女王は穏やかに笑みを浮かべたまま頷いた。
「本来なら秘匿しなくてはならない事柄。ですが、貴方は別なのです、ジン様」
聞いてください、と女王はソファーから腰を浮かせると、書棚へと向かう。
「先のダークエルフの侵略で、わたくしたちの里は滅びの瀬戸際まで追い込まれた。結界も絶対のものではなく、自分たちの力だけで解決できない事柄があることを、民も思い知った……」
「……」
「ここ数年、人間たちの大帝国の侵略が進み、このエルフの里もいつまでも無事でいられるかわかりません。状況によっては戦うこともあるでしょう。ですが、どうにもならなくなったときのために、備えておく必要があります」
書棚から一冊の本を取り出すと、女王は机の上に広げた。開かれた本からは、一枚の古びた地図が出てきた。
「浮遊船……。わたくしは、伝承を信じていませんでした。おとぎ話の類だと思って、半ば忘れていたのです。けれど、ジン様のお話を聞き、伝承を信じてみようと思ったのです」
地図は、ヴィルヤを中心とした里とその近辺の地図のようだった。カレン女王の細い指が、中心を離れ、地図の端へと流れる。
「ここが鉄の谷。妖精が嫌う鉄を多く含んだ土地で、また古の名残が多く残っている場所です。この奥に、エルフの秘密の宝物庫があります」
精霊や妖精が金属を嫌うという話は聞いたことがあるが、その奥にエルフの秘密の宝物庫がある、と。
いや、マジでいいの? 俺にそんな秘密を打ち明けて!?
「わたくしもまだ行ったことがないのですが、昨今の情勢を見るに、この宝物庫の状態を確かめねばならないと確信しました。ついては、ジン様、わたくしと一緒に来ていただけませんでしょうか?」
「私が!?」
なるほど、俺に同行を求めるから秘密を明かしたのか。彼女の話の流れには納得したが、同時に本当に俺でいいのかと不安を伴う疑問が大きくなっていく。
ただ水の魔法金属を買いにきただけなのに、何だか大事になってきたぞ。
「どうして私なのですか?」
「ジン様は信頼できるお方。それに浮遊石を解析し、知識も豊富。わたくしも宝物庫の中身についてはほとんど知りませんから、助言をいただけると助かります」
俺だって助言できるとは限らないけど。
「同胞といえど秘密を知る者は少なくせねばなりません。王家の宝物庫の鍵を開けるにはわたくしの力が必要ですが、鉄の谷は少々危険な魔物もいるとされていますから、腕の立つ護衛が必要です」
信用、腕利き、少人数と、勘案した結果、俺が最適だということね。エルフの女王様から信頼されている人間の筆頭だったりするんだろうかね、俺は。
厄介ではあるが、全幅の信頼を寄せられてまんざらでもない。ほんと、美人に弱いなぁ俺ってば。
「わかりました。魔物がいる場所に行くということですから、準備が必要でしょう。エルフのほうからも護衛は出すのでしょうか?」
「少人数にはなると思います。わたくしの近衛から数名」
それで結構。さすがに俺と女王だけで移動とかしたら、何か良からぬ企みとか疑われてしまうかもしれない。エルフ側の証人もいてくれないと困る。
「一応は隠密行動ですから、女王陛下が精霊宮を出て外に行く理由をでっち上げないといけませんね」
「ええ、その通りなのですが、ひとつ案があります」
そう言うと、カレン女王は、悪戯っ子のような目で俺を見つめた。
「わたくし、空を飛びたいです」




