第491話、再訪、エルフの里
水の魔法金属、エルフ語ではエイセル鋼というらしい。
俺は水の魔石を砕き、それをミスリル銀とたっぷりの魔力で融合させるやり方を用いて、独自に水属性の魔法金属を製作した。
雷属性と風属性は以前から作ったことがあったが、そういえば水属性のものはなかった。だから俺としては初製作だったのだが、想像していたものと少々違うものができあがった。
ふつう水属性の魔法金属の武具と言うと、薄い水色や海色、つまり青系のものが思い浮かぶのだが、できあがったのは深い緑色の魔法金属。……色で決めつけるわけではないが、水属性というより土属性のものに見える。
これはどういうことか。実際のエイセル鋼を知るエルフのガエアに相談した。すると彼女は逆にこう質問してきた。
「金属に加工する際、どこの『水』を使いましたか?」
「水……?」
要領を得ない俺に、ガエアは答えた。
水の魔法金属を作る際、清き水を一定以上使うのだそうだ。どこの水を使うかで、エイセル鋼の出来上がりにも差が出るらしい。
たとえばエルフの里の世界樹の水を使うと、金属表面の輝きが美しく、薄い青の中に虹のような光が宿ると言う。……なにそれ、凄く見たい。
何だかそう聞くと、俺が作った水属性金属が出来損ないみたいに思えてきた。深い緑も渋くて綺麗ではあるのだが、ちょっと地味というか何というか。
綺麗な水を使う、ねぇ……。そんなの全く知らなかった。水を使わず、ウィリディス産の魔力をたっぷり注ぎ込んだから、この色なんだろうか。
せっかくなので、ウィリディス産の水属性金属と、エルフのエイセル金属を比べるために、エルフの里に行くことにした。
製法は秘密だが、実物を比較するのは問題ないだろう。
以前の青肌エルフ騒動で、エルフの里にポータルを置いてあるので、ちょっとコンビニ行ってくる感覚で、世界樹に到着。なお、エルフ側出口は、エルフの近衛たちによってがっちりガードされていた。
俺が訪れると、エルフ騎士たちが一斉に姿勢を正して俺を出迎えた。単に比較のための魔法金属の購入が目的だったのだが。
「女王陛下にジン様の来訪をお知らせいたします」
「どうぞ、すぐに女王陛下がお会いになられます――」
気づけば、女王陛下に取り次がれ、彼女と会談することになっていた。……うん、どういうことなの?
世界樹上層、空中都市ヴィルヤの宮殿『光の精霊宮』に通され、女王の執務室でカレン陛下とご対面。女王の間ではないため、礼はするが跪く必要はなかった。
「お久しぶりですね、ジン様」
「女王陛下もお変わりないようで」
カレン女王は、今日もお美しい。薄い緑のローブをまとい、長くきらめく絹のような金髪は床に届くほど長い。
ソファーを勧められ、机を挟んで向かい合う形となる。……お菓子でも持って来ればよかったな。
ちなみにカレン女王陛下は、お忍びでウィリディス食堂を訪れていたりする。一度はエマン王と会食となったが、その後も、たまに顔を見せている。
「そういえば最近お見かけしていませんでしたね」
忙しかったのですか、と話を振れば、カレン女王は柔らかく笑んだ。
「エルフの里も落ち着いてきたとはいえ、わたくし一人で、ウィリディスの美味を毎回味わうわけにもいきません。本音を言えば、毎日でも行きたいのですが」
そう気恥ずかしげに、エメラルド色の瞳を逸らす女王様。美味しいものは毎日食べたいという気持ちはよくわかる。俺は微笑で応えた。
「復興はだいぶ進んでいるように見えましたが……」
「おかげさまで。まだ傷跡も残っているのですが、冬を前にヴィルヤ自体の復興はほぼ済んでいます」
……そうか、この里のまわりはまだ本格的な冬ではないのか。外気がそれほど冷えているように感じなかったのは、世界樹の枝葉の中だからかもしれない。
「その口ぶりでは、世界樹の外は――」
「ええ、ダークエルフたちに滅ぼされた集落については、ほとんど手つかずの状況です」
女王は瞑目する。里に降りかかった災厄がよぎったのだろうか。だが、それはわずかな間だった。
「それでジン様、本日のご用件は? あなたが来られたということは何か重大なことでも――」
「あー、いえ、ちょっとした買い物のつもりだったのですが」
最近、英雄時代の頃に戻りつつあるのか、俺が行くだけで周囲が騒ぎになってきているような気がする。
こうなってくるとおいそれとお出かけできなくなるんだよなぁ。いずれウィリディスで引きこもり生活を送ることになるかもしれない。
俺は、革のカバンから、深緑色のインゴットを出した。
「こちら、我がウィリディスで生成した水の魔法金属でございます」
「とても美しい緑ですね。……え? 水の魔法金属ですか?」
カレン女王は目を見開いた。ですよねー。色からしたら水属性には見えない。
「エルフではエイセル鋼というらしいですね。我流ながら作ってみたら、このような色合いになりました」
「エルフでは緑は神聖な色です」
女王は目を細める。
「この深く、大地の息吹を感じさせる色彩。確かに森の泉にある安らぎの力を秘めているようです」
何だかレビューのようなコメントをいただいてしまった。
「エルフでも、ぜひこの色のエイセル鋼を作りたいものです。ご教示いただけますか?」
「それは構わないのですが」
そっちでできるかどうか知らないけど。俺は、ウィリディス産エイセル鋼の話をして、エルフのエイセル鋼との違いについて興味があることを説明した。
「水を使わないと、このような色に……?」
「ウィリディスの地の魔力が、このような色にした可能性もあります」
ここで同じように作ってみればわかるかもしれない。エルフの里の魔力を用いて、水なしで作ってみれば。
「なるほど、職人たちに作らせてみましょう」
そういうカレン女王に、俺は目的であるエルフ産のエイセル鋼や、その他魔法金属があれば、参考までに購入したいと告げた。……もちろん、製法については秘密にしていることを知っているから、それには触れない。
「それでしたら、お安いご用です。すぐに用意させましょう」
秘密を聞き出すそぶりも見せなかったからか、簡単に応じていただけた。女王陛下と面談という形になったが、それが逆にスムーズに事が運んだように思えてきた。
「ところで、ジン様。浮遊石のこと、何かわかりましたか?」
エルフの里防衛の時の報酬としてもらった浮遊石。その利用法について興味を示されていた女王である。思えば、この浮遊石をもらったことが、いまのウィリディスの戦力強化につながったんだよな……。
「ええ、モノに設置すれば浮かび上がることはわかっております」
「それだけですか……?」
カレン女王は怪訝そうに眉をひそめた。……うん?
「他に何かありますか?」
「いえ、浮かぶ石であることはわかっているのです。でもそれが何の役に立つのかと言えば……」
「まあ、確かに浮かぶだけですからね。乗り物につけて空を飛ぶにしろ、推進器は他で用意する必要がありますし――」
「え……??」
「はい……?」
何だろう、女王の返事が要領を得ない。何か噛みあっていないというか、ズレている印象。オーケー、浮遊石について、わかっていることをすべて話そうじゃないか。そうすれば、たぶん認識違いの原因もわかるだろう。
というわけで、俺は浮遊石について語るのである。




