第489話、ラジコンで遊ぼう
相変わらず薄曇りの空。白亜屋敷の東側、庭同然の空き地は、積もった雪で真っ白だった。
時々吹きつける風が冷たく、吐く息もかすかに白い。昼も近いというのに、外の気温はなかなか上がらなかった。
まあ、曇っているせいではあるが。俺は空を見上げながら思うのだ。
屋敷内では、例によってコタツの主になっているベルさんとエマン王がおそらく部屋にこもっているだろう。
ジャルジーも冬はほとんどこちらに来ている。王国北方のケーニギン領は積雪も多くここよりもっと寒いからだ。
俺は防寒着をまとい寒空の下、立っていた。
朝方、古ダンジョンから、小粒の魔石を集めて持ち帰った。それに魔力伝達線を繋ぐ作業をシェイプシフターたちにやらせる。できあがったら、さっそく設置作業を指示。俺はその間、王族の目をそらすための工作を行っていた。
今日、用意していたのは玩具――魔石原動機付きプロペラ機。つまりラジコン飛行機である。
もっとも厳密には無線操縦ではなく、魔力信号による操縦なので遠隔操縦の類が正しいと思う。それだとリモコンになってしまうから、何か誤解されそうではあるが。
翼幅80センチ、機首から最後尾までの長さ64センチほどの単発機。
魔石エンジンの魔力によって与えられた回転力を推進力に変えるプロペラブレードは二枚。
エンジンの構造は、エネルギー源である魔石から出力された魔力を、魔法文字の命令に従って実行するだけというシンプルなもので、機体各所への命令や可動は魔力伝達線を通して行われる。
エンジン出力の強弱や舵のコントロールも全部それ。俺がこれまで作ってきた魔法車やヘリなどと基本的な考え方は同じだ。
なお命令を整理、実行するCPUは、いつものごとくゴーレムコアが担う。
俺は送信機のスイッチを入れる。形も元の世界にあるラジコンのそれと同じ。スティックなどの操作を内蔵のゴーレムコアが魔力で送信する仕組みだ。
魔力残量計を確認し、あとはプロペラ機のエンジンをスタートさせれば準備OK。普通のラジコンに比べて、これらの準備や手間もお手軽である。
持ってきたプロペラ機を置く前に、地面の雪を払って整地。魔法で雪をどけながら、ふと近衛の魔法使いたちに訓練がてら、雪かきさせればよかったかなと思った。
わずか一分程度で終わった除雪作業。俺はプロペラ機を置いて、エンジン起動させた。唸りを上げる魔石エンジン。
ちなみに俺はラジコン飛行機の音はあまり好きになれなかった人間で、こっちのは騒音を抑える魔法文字を刻んでいる。若干、魔力消費が大きくなるが玩具だから気にしない。
それでもプロペラ機の音は、白亜屋敷にも聞こえるだろう。興味を引くか、あるいは注目を得るのが目的なので、かまわない。
グリフォンエンジン搭載プロペラ機の試作モデル、12分の1スケール機、発進!
両手で送信機を持つ俺が見守る中、グリフォン1(仮)は軽快に飛び立った。
グリフォン1は、G計画機のテスト機の一つだ。実機はすでにシェイプシフターによるテストが繰り返されており、こちらの試作縮小モデルも形を変え、何十回と飛行を行っていた。
ぶっちゃけると俺が操作しなくても、ゴーレムコアが自動操縦できるくらいだったりする。
送信機を操作しながら、これ見よがしに白亜屋敷そばの上空をグリフォン1が飛ぶ。日本にいた頃は、ラジコン趣味の友人が、飛ばす場所がないよなって愚痴っていたのを思い出す。
さて、物珍しさに一番速く反応してくれたのは、フィレイユ姫だった。すっかり防寒着を着込んだ彼女は、侍女がたしなめるのを無視するようにトテトテと走ってきた。
「ジン様! あのお空を飛んでいる可愛い飛行機は何ですの!?」
息を切らしながら、しかし興味津々なその目は輝いていた。
「飛行機の玩具です。俺が持ってる送信機で操縦します」
こんな風に、と操作すれば、グリフォン1は急上昇してループを決めてみせた。
「わぁ……」
フィレイユ姫は、俺の持つ送信機と空のグリフォン1を交互に見つめる。
「まるで妖精さんが乗っているかのよう……。わたくしにも操縦できますか?」
「もちろん。やり方をお教えしましょう」
ということで、俺は姫様に、グリフォン1の操り方をレクチャーした。実際に彼女に送信機を握らせ、彼女の指先に俺も指を掛けながら。端から見ると抱きついているように見えなくもない。
お父さんが子供に教えているの図……みたいな感じなのだが、俺はそばで控えている侍女さんのほうは見ないようにした。声がかからないということは、今のところセーフだろう。
そうやって、フィレイユ姫がひとりでグリフォン1を飛ばせるようになった頃、もうひとり、野次馬が増えた。
「兄貴!」
「やあ、ジャルジー」
遅かったな、とは言わない。ウィリディスに来ていれば、勝手にやってくると思っていたし。
「いったいあれは何だ? いや、あれがまさかグリフォン計画の――」
「そう、プロペラ機だ。ま、それを元にした玩具と言ったところだな。実機は、あれの12倍の大きさになる」
「玩具……」
ぽかんとした表情を浮かべるジャルジー。
「グリフォン計画があんな小さいものじゃなくて安心したが、あれが玩具だと? 空を飛んでるぞ? 魔法か?」
「わたくしが操縦しているのですわ!」
グリフォン1を見上げながら、フィレイユが言った。ジャルジーは目を剥く。
「フィレイユが!?」
当然ながら、若き公爵が、お姫様が遊んでいるのをみて自分もやりたくなるのはごくごく自然な流れだった。そしてお姫様は、まだ自分の番だと言い張るのもある程度想像できたことだった。
「もう一機用意してある」
「おお、さすが兄貴!」
墜落して壊れてしまった時の予備だったり。もっとも初心者用のナビにゴーレムコアが搭載されているので、よっほどおかしな操作をしなければ簡単に墜落することはない。
俺はジャルジーに、グリフォン2号機の操縦方法を教えつつ、グリフォン計画の展望について話す。
「以前、話したときは単葉機だったんだが、複葉機にしてもいいかなと思ったんだ」
「ふくよう機?」
つまり主翼が二枚以上あるもののことで、主翼が上下に二枚あることで翼面積を稼ぎ、揚力を確保、非力なエンジンでもある程度飛ばすことができる。
この世界のレベルからすれば、布張りや木製の翼なら俺が干渉しなくても作ることができるだろうし、そちらのほうが独自に生産やメンテも期待できる。
「メリットは出力の低い魔石エンジンでも、飛ばしやすくなるってことだな」
もっとも翼が二枚ある複葉機なら、単葉機より2倍の揚力を得られるということはない。上下の翼を支えるワイヤーの張り方一つで抵抗の受け方も変わるために、真に効率がいいかと言えばそうでもないのだ。
「ただあまりおすすめできない理由は、複葉機だと活きのいい飛竜に出くわした場合、カモにされてしまうことだ」
ヴェリラルド王国空軍を編成するにあたり、仮想敵には飛竜と対抗可能か、あるいは振り切る速度は必須となろう。俺のいた世界に空の脅威は自然環境以外なかったが、この異世界では違う。
「とはいえ、空を飛ぶという感覚をパイロットが得るために、訓練機として複葉機は作った方がいいかな、とも思う」
そもそも、この世界の人間の中で、空と飛ぶという感覚を持っているのは一部の魔術師とグライダーもどきを操る辺境種族、そして空中艦を使う大帝国くらいだろう。
いきなり高速の単葉機を渡されても、扱いこなせない。
「……俺がこの空飛ぶ玩具を作った理由のひとつはな。空を飛ぶ感覚というのを教育するための教材になるかなと思ったからでもあるんだ」
このグリフォンの玩具にゴーレムコアを載せたと言った。実は、コクピット部分にコピーコアカメラを仕込んである。
つまり、映像を転送することで、コクピット視点で操縦できるということだ。
「なんだってーっ!!!」
ジャルジーが興奮のあまり叫んだ。
「そ、それはつまり、オレも空から地上を見渡しながら操縦できるということかッ!」




