第488話、十二月のイベントといえば
夜のうちに雪がたっぷり降った。
朝起きて、自宅であるウィリディス地下屋敷、その三階の部屋から外を見渡したとき、家の前にある泉、その向こうに見える森が白くなっていた。
室内はダンジョンコアが適温に管理しているから寒くはなかったが、立ちこめる雲のせいで薄暗く感じて、思わず身震いしてしまった。
目覚めたアーリィーがベッドから起き上がり、寝間着の上からガウンを羽織る。あくびをする彼女は、少々寝ぼけているようだった。
手早く服を着込み、俺は自室を出れば、SSメイドのマホンが簡易キッチンで待機していた。
「マスター、コーヒーはいかがでしょうか?」
「もらう」
準備万端で待ち構えていた茶色い髪のシェイプシフターメイドが、俺用のカップにコーヒーを注ぐ。アーリィーがやってくるのをみて、「姫様もいかがですか?」と声をかける。
湯気をあげるコーヒーの苦みを堪能しつつ、俺は自室脇の通路を通ってベランダへ出た。底冷えする寒さが肌を刺す。やはり外は寒かった。熱いコーヒーが身体を内側から温める。
ふむ……。
ぼんやりと外を眺める。針葉樹の森に雪が降り積もっている。何だか物足りないものを感じつつ、考えることしばし。
唐突に一つの考えが浮かぶ。
そうだ、イベントだ!
十二の月も半ば。俺のいた世界では、もうじき、例のイベントの日ということになる。アーメン産のお祭り、そうクリスマスだ。
まあ日本ではリア充のイベントという認識だが、実はヨーロッパでも中世では大騒ぎするイベントだった国もあるという。
そんなわけで、ウィリディスでも身内でクリスマス的パーティーをやろう。来年は大変な一年になりそうだから、いまのうちにやっておくのだ。
・ ・ ・
そういえば魔法装甲車に乗るのも久しぶりだな、と思う。
うっすら積もった雪上をデゼルトは轍を作りながら進んだ。俺は珍しく助手席にいて、運転しているのはマルカスだった。
窓から見える雪原は、やがて森に変わり、魔石貯蔵庫となっている古のダンジョンへと向かう。以前は車両で行けなかった場所だが、道を整備し、ダンジョン内の通路を若干作り替えたことで、貯蔵庫まで車で行けるようになっていた。
「お前、クロハとはどこまでいってるんだ?」
暇つぶしの雑談をぶつけてみれば、案の定というかマルカスは素っ頓狂な声をあげた。
「はァっ!?」
「前見て、運転しろ。……お前がクロハに惚れているのは知ってる」
ウィリディス屋敷で働いている彼女は、現在メイド長という立場にある。元はサキリス付きで、キャスリング家に仕えていた、だが隕石落下事件で仕えていた家を失い、俺が引き取っている。
「……バカな、おれは――」
「隠しても無駄だぞ。俺もベルさんも気づいている。あとお前は知らないだろうが、エリサとリーレが、お前とクロハの関係を肴に酒を飲んでた」
「……」
絶句するマルカス坊や。ウィリディス勢で、マルカスがクロハに好意を持っているというのは、本人の知らないところで有名だった。
エリサやリーレはもちろん、恋愛に興味なさそうなリアナでさえ知っている。ダスカ氏などは『青春ですねぇ』とニコニコと若者の行動を眺めていたりする。
「で、どうなんだ、マルカス少年。クロハのことは好きか?」
「……好きかって言われたら。……はい、好きです」
マルカスは認めた。
「結婚したい?」
「っ……! それは、その」
動揺したかに見えた彼だったが、すぐに表情を引き締めた。
「たとえしたくても、無理ですよ、団長」
「どうして?」
「おれは貴族で伯爵家の次男なんですよ? メイドと結婚だなんて――」
「家はお兄さんが継ぐんだろう? お前は好きな相手と婚約すればいいじゃないか」
「あー、いや、それはおれもそう思いたいんですが、親父や祖父がたぶん認めないかと」
伯爵家の男であるからには、それ相応の嫁をもらえ、ということらしい。どこかの貴族の娘か、はたまた有力者の娘など。身分相応で、家にとっても何らかのメリットがある相手と結ばれる、と。
自由な恋愛結婚なんて、貴族の家に生まれたら無理、ということか。
『本当に好きなら、貴族の家くらい捨てられるだろ……』
なんてリーレが飲みながら言っていたのを耳にした。だけどそれは外野だから言えることだと思う。たわいのないお喋りの間なら言っても許される。
実際、家族は大事だろうし、家か、好きな人を天秤に掛けるなんて、当人にしか決められん。男らしさを煽り、好きな人のために家を捨てろなんて、軽々しく言えない。
大体、一番悩んでいるのは本人だからな。
「で、お前はどうするつもりなんだ? このまま、つかず離れずを続けるのか?」
「……わかりません」
マルカスは難しい顔をして口をつぐんだ。彼の中でも相当な葛藤があるのだろう。俺なんかが突っ込む以前に、メイドとのロマンスを頭の中で思い描き、将来のことを何度も考えていたに違いない。……なにせ、こいつは真面目くんだからな。
「そうか。婚約を前提にお付き合いっていうなら、何か祝いの品でも考えないといけないかと思ったけどな。決めるのはお前さんだ。ま、何か相談があれば言えよ」
「……はい」
マルカスは運転しながら首肯した。俺自身、単に暇つぶしでふった話題だから深くは追求する気はない。
デゼルトは、いつの間にか古ダンジョンに入っていた。部屋にはゴーレムやシェイプシフター兵が見張りについている。
そのまま魔石貯蔵庫へ到着。助手席から降りる俺に、SS兵の軍曹が駆け寄った。
『マスター・ジン。ようこそ』
「連絡したやつは、集められたか?」
『はい、すでに』
軍曹が振り返り、控えていた兵と一台の浮遊式トロッコを運んできた。時間を節約するために、屋敷を出る前にダンジョンコアを通じて指示を出しておいたのだ。
マルカスがやってきて、トロッコの中を覗き込む。
「てっきり、大魔石とか、補充用の魔石を集めに来たのかと思っていたのですが――」
「これも魔石だよ」
大きさは小さなビー玉程度か、それ以下。かなりの小粒だ。魔法の触媒として武器に使うには心許ない。小さな魔法具や防具にそれなりの数をつける程度か。まだ成長していない非力な魔石ばかりだった。
「魔石屑よりはマシですが、こんなものを大量に何に使うんです?」
山盛りとは言わないが、軽く数百個はあるだろう。敷き詰めればベッドはできるだろう……寝転んだら痛そうだけど。
「イルミネーション」
「いるみ……ねーしょん?」
聞いたことがない言葉だったのだろう。首をかしげるマルカスに俺は笑った。
「これに魔力伝達線を繋ぐと……まあ、見ての楽しみにしておけ」
日本じゃ、クリスマスの風物詩みたいなものだが、この世界ではないだろうな。




