第486話、近衛隊、着任
「ジン殿、ようやく私も、このウィリディスにやってくることができました!」
そう満面の笑みを浮かべて言ったのは、アーリィー付き近衛隊の隊長オリビア・スタッバーンである。
長く赤い髪を持つ凜とした女騎士。確か、年齢は24歳。独身。美人ではあるが、異性の噂はない。
ウィリディス屋敷の三階、会議室で机を挟んで俺は頷いた。
「はい、よろしく、隊長。すでに説明は受けているだろうけど、ここで知り得た情報を外部に漏らすと――」
「死刑ですね! もちろん、心得ております!」
少々暑苦しい。俺たちがウィリディスに移り住んでからも、公式にはアーリィーは青獅子寮にいることになっていたから、近衛隊は引き続き、寮周りの警備を担当していた。
周囲へのカモフラージュのため、近衛隊長であるオリビアは、ずっとそちらに居残りをさせられていたのである。
ようやく、と熱を込めてオリビアが言うのも無理もない。このたび、アーリィーが無事アクティス校を卒業したので、青獅子寮の警備から解放されたのである。
「このオリビア、近衛に入隊してから、それ以外のいかなるものも投げ捨てる所存でやって参りました。このウィリディスで骨を埋める覚悟です!」
……こんなキャラだったかな、この人。
「で、アーリィー付きの近衛隊は新編成となるわけだが、うちの兵隊と共同で任務に当たってもらうことになる。基本、これまで通り警護が中心になると思うが、エマン王より指揮権が俺に委ねられている」
「はい。ジン殿は、私の上司と承っております!」
「異存は?」
「ありません!」
よいお返事。表面上は、俺の部下としてやっていく気満々に見える。ずいぶんと信頼されているんだなぁ。
「とりあえず、装備については後々詰めていくとして、うちの軍事顧問と会わせよう」
ついでに揉んでもらえ――リアナさんとリーレさんが、ご指導してくれるだろう。……我ながら鬼畜ぅ。あの二人は戦闘に関して言えば鬼より怖い。
そんなわけで、アーリィー付きだった近衛隊が隊員の再編成の上で、我がウィリディスに合流した。
同時に、アーリィー付きのメイドだったネルケとヴィンデもウィリディスに派遣された。他のメイドや従者たちは異動になったそうで、執事長だったビトレー氏はお暇を願い出ていた。つまりは引退である。
「――と、いうわけで、以後よろしくお願いいたします、ジン様」
ブラウンの髪に、落ち着いた雰囲気をまとうネルケは臣下の礼をする。彼女はアーリィーが王子の頃から女であることを知った上で仕えていた数少ない人物である。
もう一人、ヴィンデのほうは16歳の少女。金髪をポニーテールにしていて、童顔、そして小柄なメイドだ。
ハキハキした調子と明るい性格で、周りからかわいがられるタイプである。……もっとも、戦災孤児というヘビーなバックボーンがあるのだが。血縁者がいないことも、ウィリディス勤務に彼女が抜擢された所以だったりする。
「はい、よろしく。うちにもメイドさんがいるけど、仲良くやってくれると嬉しい」
「かしこまりました」
「ました!」
うん、ネルケさんは表情が人形みたく微動だにしない。視線も鋭いのは戦闘もできるバトルメイド故なのだが、うちのクロハさん、大丈夫かな……。
一方で、ヴィンデの何というか幼さを感じさせる返事は、見ていて和んだ。
・ ・ ・
学校を卒業したら、冒険者ギルドへ行く以外は王都に用事はなくなった。そのギルドも、壊された一階フロアの修復が進んでいる。
俺は昼間もウィリディスにいて、色々な作業に時間が使えるようになった。
スカイベースの航空艦隊に目を向ければ、巡洋艦アンバルの再生が70パーセントのところまできた。
船体をつなぎ合わせたアンバル級の二隻目、巡洋艦改装の強襲揚陸艦は、大まかな接合が終了。ただ細かな修繕や再生作業は後回しなので、現在のところコピーコアによるスローペース作業となっている。アンバルの再生が終われば、シップコアを移動させて作業スピードを上げる予定である。
なお、予定していた空母だが、割と早い建造となっている。
もともと簡素な設計だったこともあるが、ダンジョンコアの魔力生成でパーツが作り出され組み上げていく。
サフィロだけでなく、大空洞で手に入れたグラナテも利用できているのが大きい。もちろん魔石を利用して魔力を投じているのだが、軍艦を作るというよりダンジョンを作っているという感覚でやっているのが上手くいっているのだと思う。
この分だと、アンバルに続く二番目に完成しそうな勢いだ。シップコアの代わりにグラナテを載せようと思うのだが、どの艦に載せるか迷いどころではある。
地上兵力では、BVS搭載戦闘車両が12セット完成。さらに増産の構えで今のところは、予備を含めて40セット前後を計画している。
すでに完成品の車両群は、実戦投入に向けての訓練を開始している。
リアナを教官兼指揮官にして、シェイプシフタードライバーが乗り込み、走行や戦闘機動。2両分隊や、4両からなる小隊運動をウィリディスの地で行っている。
四両の主力戦車型が一列縦隊で進みながら、バイクのスラローム走行さながらに続けて蛇行する様は、一つの生き物のようで見ていた俺も驚いた。
シェイプシフタードライバーが一人でもできるということは、他のSSドライバーでもできるということだから……一個中隊12両でもできるんだろうなこれ。大蛇の行進かな。航空ショーならぬ戦車ショーでもしたら十分金がとれそうだ。
また実戦に向けた戦闘演習も、砲による射撃訓練や、マッドがパワードスーツを使って仮想敵役を引き受けたりして経験値を稼いでいる。
スラロームで思い出した。浮遊型バイクである鉄馬に改良を施した偵察車両も製作してみた。
TSB-1ウルペース。意味は『狐』である。
小型浮遊推進ユニットを前と後ろ、1基ずつ搭載。スピードは元となった鉄馬浮遊型より速く、ルプスやエクウスといった浮遊戦車群を上回る。より狭い場所や地形も進める点を見ても機動性では優れている。
ドライバーは一人だが、一応二人乗りにも対応している。魔法障壁装置と、小型の偵察用監視ドローンを一基搭載。
武装は正面に固定式されたマギアカノーネ1門、両サイドに展開式の魔法刃ことサンダーブレードを一基ずつ装備する。
もっとも、偵察用バイクの任務は戦闘を避け、情報を持ち帰るのが任務だから、過剰な武装は必要ない。退路を切り開くための最低限のものでよしとした。
本当は魔法障壁を張ってのシールドアタック的なものも考えたが、正面から突っ込むというのは、なぎ倒せる相手ならともかく、硬い障害物などにぶつかった場合、逆に跳ね飛ばされるか、ドライバーにダメージが来るので取りやめた。
苦肉の策として、すれ違いざまの一閃ができるブレードを装備させることで妥協したのだ。
ま、偵察用ではあるが、普通に戦闘もできる。
なお、このウルペース。ウィリディス勢の間でブームとなった。浮遊型鉄馬の時点で、周囲の食いつきがよかったのだが、橿原とメイドのクロハを除く全員が個人用を所望した。
もっとも、ダスカ氏は武装していないタイプ、言ってみれば自転車や原付感覚で欲しかったようだった。
「鉄馬も一度乗せてもらったのですが、どうも運転姿勢が窮屈で。その点、このウルペースは安定しているようですし」
なるほど。
なお、例によって噂を聞きつけたジャルジーやフィレイユ姫殿下も自分用を依頼してきた。新し物好きなジャルジーはわかるが、幼い姫様がバイクにまたがるのは……うーん、想像つかないなぁ。
あと、新参であるオリビア隊長ら近衛も、馬に代わる足として配備を嘆願してきた。うむ、近衛隊の装備については他にも考えているから考慮しよう。




