第485話、卒業パーティー二次会
青獅子寮の地下にあるポータルを使い、ウィリディスへと戻る俺たち。
ラッセ・ヴァリエーレ氏は、初めてポータルを通過する者同様に驚いていたが、卒業パーティー二次会の会場、白亜屋敷に到着してさらに驚愕することになる。
王族出席のパーティーと聞いていたが、エマン王に、北方はケーニギン領にいるはずのジャルジー公爵、サーレ姫にフィレイユ姫が集まった場所に、貴族はラッセ氏一人だけと来れば、緊張を隠せないようだった。
「おう、マルカスの兄か!」
ジャルジー公爵が気さくに声をかけ、その肩を叩いた。荒々しいと評判の若き公爵のフレンドリーさに目を丸くするラッセ氏。
「奴は、なかなか筋がいい。兄貴の部下でなかったら、オレがスカウトしたいくらい優秀な人材だ」
弟のことを公爵の口から褒められて、ラッセ氏は柄にもなく照れてしまう。
「今日めでたく魔法騎士となったわけだから、奴は我が国で一番の先進的な騎士と言えるだろう! 一番だぞ、一番!」
「は、はあ……。うちのマルカスが一番ですか」
「おい、ジャルジー。お兄さんが困ってるだろう」
困惑しきりのラッセ氏を見かねて助け船を出す俺である。「え?」とビックリするラッセ氏をよそに、ジャルジーは、通りかかったSSメイドの持つトレイからワインをとった。
「しかし兄貴よ。マルカスは実際、我が国期待の空飛ぶ騎士……えーと、航空騎士というのかな、それだろ?」
「酔ってるのか? もう何杯目なんだ?」
「覚えていない! いいじゃないか、めでたい日なんだから! 卒業おめでとう!」
ハハハ、と笑うジャルジー。すっかりできあがっているようだった。それにつられたか、人間形態のベルさんもガハハと声をあげた。近くにいたエマン王は少々苦笑交じりだった。
「あの、ケーニギン公。ジン殿とは、その、どのようなご関係で?」
おずおずとラッセ氏が訪ねる。ジャルジーは臆面もなく言い放った。
「義兄弟だ」
血はつながっていないけどな。俺は心の中で付け加える。
「ちなみに、こっちが兄貴だ」
俺の肩に手を回してジャルジーは上機嫌だった。外見年齢は俺が年下に見えるが、実際は俺が年上。それは知らないラッセ氏が困り顔になるのをみて、ジャルジーは笑った。そうそう人をからかうもんじゃない、この酔っ払いめ。
「ほどほどにしておけよ、ジャルジー。……ほら、向こうでお姫様方が睨んでいるぞ」
アーリィー、サーレ姫にフィレイユ姫と姉妹そろい踏みだが、あまり品のよくないジャルジーの言動に、とくにフィレイユ姫の睨みが鋭い。サーレ姫も呆れの混じった苦笑いである。
俺は声を落として、ジャルジーの胸を軽く叩いた。
「……お前、サーレ姫に気があるんだろう? お行儀よくしろよ」
「え!? 兄貴、何故それを!」
知ってるさ。お前の行動は、シェイプシフターが報告書でよこすからな。もちろん、口には出せないけど。
「いや、サーレもいいが、最近フィレイユも可愛くて……」
何言ってるのお前……。
とはいえ、絶賛花嫁探し中の若き公爵殿が、候補を絞り込めず迷っていたりする。
アーリィーの姉サーレ姫か、まだ14歳のフィレイユ姫か。なおサーレ姫はジャルジーと同い年だが、一度結婚しており未亡人である。
「ロリコン」
「なんだ、兄貴、ろりこんって?」
初めて聞く言葉だったらしく、ジャルジーがきょとんとした。
「いい大人が子供に手を出す奴のことだ」
「? それのどこがおかしいんだ? 王族貴族の間じゃ、そんなに珍しくもないぞ?」
真顔で反論するジャルジー。確かに歴史を振り返れば、結婚に年齢制限などなかった。現代人が聞いたら顔をしかめるだろう事案も、昔は割と普通だったというね。
「それに年の差でいったら親父殿と亡きお妃様。そして兄貴とアーリィーもだろ? あんたとアーリィーの年の差なんて、オレとフィレイユの年齢差とどっこいじゃないか」
しかし俺はロリコンではない。
勝手に盛り上がる俺とジャルジーを見やり、ラッセ氏は笑みを貼りつける。
「お話についていけないのですが、仲がとてもよろしいですね、お二人とも」
「そういえば、ラッセ殿は結婚は?」
突然話を振られ、ラッセ氏は背筋を伸ばす。
「は、妻がおりまして、息子がおります」
「おお、もう後継者がいるのか! それはいい。オレも家庭の話には大変興味がある。さ、食事をしながら話そうじゃないか!」
ジャルジーに促され、テーブルの料理へと誘導される。ここでも立食形式のパーティーだが、冬にもかかわらず並んだ料理の数々に、ラッセ氏は度肝を抜かれることになる。
一口サイズのピザ、ステーキ肉の串焼き、フライドポテトと手軽に手に取れるものを中心に、サラダ、デザートに、クリームたっぷりのパンケーキなどなど。アクティス校のパーティーの料理と比べても色のバリエーションが豊かだった。
俺は、軽くポテトをつまむと、他の面々のもとへ。
アーリィーは姫様たちと歓談中。リアナはいなくて、リーレ、橿原、エリサ、ユナが女子組を形成。サキリスとクロハが他のSSメイドたちと給仕の手伝いをしていて、ベルさんはエマン王と、ダスカ氏とマルカスが話し込んでいる。
俺は、最後の二人組のほうへ。
「ジン君。そちらはもういいのですか?」
穏やかにダスカ氏が言えば、俺は首を振った。
「ジャルジーがお兄さんの相手をしているよ」
「面倒をかけます」
申し訳なさそうにマルカスが詫びた。
「お前さんが気にすることじゃないよ」
「どこまで情報を開示しますか?」
白ワイン――ではなくリンゴジュースを飲みながらダスカ氏は聞いてきた。ウィリディスは秘匿情報の宝庫だ。戦闘機にヘリコプター、パワードスーツ、今だと戦車がある。
「間違っても格納庫は見せるつもりはないんだが……君はどう思う、マルカス? お兄さんに愛機を見せたいか?」
トロヴァオン三番機。大飛竜フォルミードー討伐にも参加した機体だ。家族への自慢の種には十分な代物ではある。
「言っても空を飛ぶ兵器なんて信じないと思いますよ」
マルカスはそう答えながら、視線を兄ラッセとジャルジーに向ける。
「いいんですか、団長? ジャルジー公に釘を刺しておかないと、べらべらしゃべってしまいそうですが」
「それなんだよね……」
今は家族談義に花を咲かせている二人。婚活中の公爵様の興味はそちらに向いている。
「注意しておく必要はあるが、今のところは大丈夫だろう。ずいぶん酔っ払っておいでだしな」
「酔っ払いの戯言、ですね」
ダスカ氏が意地の悪い笑みを浮かべた。
絡まれているラッセ氏は、救いを求めるような視線をよこしたが、俺たちはほぼ同時に顔を背け、素知らぬフリを決め込む。
「マルカス、家族のほうはどうだ? こっちにいる件は納得してもらえそうか?」
「兄と少し話しましたが、あの人は問題ないかと」
マルカスはテーブルの上のツナとレタスの挟まったサンドイッチをとった。
「おれがここにいることが悪い話ではないと、おそらく理解したと思います」
王族と関係がある人間とのコネ。他の貴族に対して、ヴァリエーレ家は一歩有利と言える。
「ただ、父と祖父が認めてくれるかどうか……。考え方が保守的というか、かなり頭の硬い人ですから。年の終わりに一度、実家に帰って話し合わないといけません」
「すぐには帰らないのですか?」
ダスカ氏は首をかしげた。卒業したら、すぐに帰郷するものと相場が決まっているような口ぶりだ。
「家に帰るより、こっちのほうが住み心地がいいので」
悪戯っ子のように言うマルカス。俺たちは思わず吹き出した。新しいグラスを用意する。
「卒業おめでとう、マルカス」
「団長こそ。おめでとうございます」
グラスを合わせ、改めて乾杯。その後二次会は夜まで続き、大いに盛り上がった。




