第484話、ラッセ・ヴァリエーレと対面
アクティス校の卒業パーティーは、お開きになりつつあった。
家族、または友人同士の二次会へと向かう者たちが増えていて、会場にいる人間の数は時間と共に減っていく。
俺はエクリーンさんと別れ、アーリィーのもとへ。結局、彼女は最後まで、ゲストの相手や同期生たちとの挨拶でパーティーを堪能している余裕はなかった。
「遅いよ、ジン」
頬を膨らませて抗議するお姫様に、俺は肩をすくめてみせた。
「楽しそうだったからな」
「早くあの場から連れ出してくれるのを期待したんだけどね」
「そう言うなよ。次に会う機会がいつかわからない連中ばかりじゃないか。特に同期生たちとは仲良くしておくものだよ」
「……そういうジンは、エクリーンと長く話していたよね?」
知ってた。アーリィーが、チラチラとこちらを見ていたのは俺も確認済みだ。
「焼きもちかい?」
「楽しそうだった」
「隣の芝は青く見えるものだよ」
エクリーンさん、結婚するんだって――そう伝えたら、アーリィーは目を丸くした。
「結婚……」
「俺たちはいつするのかって、聞かれた」
「ボ、ボクたちの結婚――!」
みるみる顔が赤くなるアーリィー。ベッドの上でイチャついている仲なのに、こういうところで赤くなるんだな……。少しからかってやる。
「飲み過ぎた?」
「い、いや……あ、うん、そうかも。暑いなー」
頬の熱りを感じて、パタパタと手で仰ぐ彼女。そのヒスイ色の瞳の動きがせわしない
「そういえば、マルカスはどうした? 一緒じゃなかったのか?」
ここにはいない同期生――席次三番手のマルカスの姿を探す。アーリィーは頷いた。
「お兄さん……ヴァリエーレ次期伯爵が来ていて、さっき連れていかれた」
「兄が来ていたのか」
先日の校内武術大会の折り、伯爵家から人が来ていたが、卒業式にはお兄さんが家族代表で来ていたようだ。
「どんな様子だった、お兄さんは?」
「温厚そうな人だったよ。ただボクも他の人たちと話していたから、あまり注意深く見ている余裕はなかったけど」
「そうか。……二次会はどうするんだろうな」
このあと、ウィリディスでの二次会はマルカスも参加することになっている。だが家族が王都に来ているなら、そちらを優先する可能性もある。
と、噂をしていたら、マルカスがこちらへやってくるのが見えた。一人だった。
「話は済んだのか?」
「いえ、まだ――」
マルカスは歯切れが悪かった。
「団長、実は……折り入って相談なんですが」
「……言ってみろ」
よくない予感が思考を駆けたが、無視した。
「兄を、ウィリディスへ招待しても?」
ウィリディスに家族を招待。極力外部の人間を入れないようにしている俺の領地に、王国で伯爵になる者を入れる?
俺はじっとマルカスを見やる。顔に出ていないか心配になったが、極力感情を押し殺して言った。
「王族との二次会が控えていることは?」
「伝えました。それなら挨拶くらいはしないと、と言って」
ふだん真面目でしっかりしている彼が、ほとほと困ったような表情を浮かべている。翡翠騎士団のボスである俺と、家族との間で板挟みになっているといったところか。
俺が外部からの人間を選別していることを知っていて、それでも敢えて聞いてきたのだろう。仕方のないやつだ。
「そうか! 君の家族には俺からも挨拶しておかないといけないと思っていた!」
俺はマルカスの肩を叩き、笑みを貼りつけた。
「そういうことなら、ウィリディスに招待しよう。……アーリィー、君もいいよな?」
「あー、ジンがいいなら」
コクリとアーリィーは頷いた。ただ、どこか疑わしげな視線だったが。
「なら、そろそろ場所を移そうか。兄上はどちらに?」
「あちらです」
俺が快諾したので安堵したらしく、マルカスの肩から力が抜けたのを感じた。彼は困ったものを見る目で、校庭の端に立っている長身の貴族を指さした。
へぇ、わりとイケメン……いや、それよりも温厚そうな顔つきの方が先行しているな。二十代後半か三十代前半といったところか。マルカスの年齢を考えると二十代かな。
背が高く、細身。穏やかにしていればモテそうな感じだ。
もっとも、この世界では比較的腕力がものを言うところがあるので、がっちりした体つきのほうがモテたりする。
その観点から言うと、兄上殿よりマルカスのほうがモテるはずなのだが……そういえば、彼の浮いた話は聞かないな。メイドのクロハに気があるのは知っているけど、彼に言い寄る女を見たことがない。
赤いマントに黒と白の貴族服をまとう兄上殿は、近づく俺たちに小さく頭を下げた。貴族様に先に会釈されてしまったぞ。
マルカスが足を止めた。
「紹介します、ラッセ・ヴァリエーレ。今は子爵ですが、次期ヴァリエーレ家の当主で伯爵になられます。こちら――」
「アーリィー・ヴェリラルド殿下。そしてジン・トキトモ殿ですね。初めまして、マルカスの兄、ラッセと申します」
丁寧な挨拶だった。貴族だからと偉そうに振る舞わないのは、王族のアーリィーがいたからだろうか。素朴な印象を受ける。
「ご無沙汰しております、アーリィー殿下。といっても直接、ご挨拶するのは初めてですが」
「そうですね」
アーリィーがにこやかに応じる。ラッセ氏は俺へと顔を向けた。
「ジン・トキトモ殿、お噂は伺っております。今年の武術大会優勝者。Sランクの冒険者で、かの東の英雄ジン・アミウールの弟子で、さらに賢者だと言う」
「噂というのは一人歩きするものですが……どれも否定できないところがもどかしくもあります」
ジン・アミウールの弟子ではなく本人であり、賢者は勝手にそう呼ばれただけであるが、前の二つについては事実である。俺に対しても、ラッセ氏は低姿勢だった。
マルカスが咳払いした。
「兄上。ジン様は、兄上を自宅に招待すると仰せです」
え、自宅だった? 王族含めてのパーティーは白亜屋敷のほうでやる予定だったんだけど……まあ、いいか。
「突然のお願いを聞いていただき、誠にありがとうございます、ジン殿」
「マルカス君の兄君であらせられますから。こちらからもご挨拶に伺おうと思っていたところです。王族の方々も一緒ですので、少々窮屈かもしれませんが……」
「こちらから無理を言ったのです、お気になさらずに」
ラッセ氏と話していると、本当にこの人貴族なのだろうかと思ってしまう。だがよくよく思い出してみれば、俺が連合国で英雄やっていた頃の周囲も割とこうだったような。
所詮平民の俺だけど、王族や有力者に懇意にされ、Sランクの冒険者ともなると貴族といえども一目置くんだなぁ。
一年にも満たない前の話なのに、少し懐かしく思いつつ、連合国という言葉に少々苦いものがこみ上げる俺だった。




