第483話、侯爵令嬢との立ち話
俺がエクリーンさんと談笑している頃、アーリィーは相変わらず、お偉いさんに捕まっていた。マルカスがそばについて警護官よろしく牽制しているが、そろそろ近衛を呼んで引き上げさせるべきかな、と思ったり。
そう思っていたら、茶色髪の地味目な同期生――テディオがやってきた。
「お嬢様」
「あら、テディオ。楽しんでいるかしら?」
「え? あ――はい」
恐縮しきりのテディオ君。エクリーンさんを『お嬢様』呼びだって?
「わたくしは、もう少しジン君とお話しているから、貴方も今のうちに食べてきなさい。二次会ではゆっくり食べている余裕はなくてよ」
「かしこまりました、お嬢様」
すっかり主従関係ができあがっているようで、テディオは頭を下げると戻っていった。そんな後ろ姿を見やり、俺は口を開いた。
「彼を、召し抱えたのですか?」
「お可哀想に、あれから結局お声がかからなかったのよ」
校内武術大会の準優勝を勝ち取ったテディオであったが、卒業後の就職には結びつかなかったようだ。平民出だから差別されたのかな? まあ、結果的にエクリーンさんが拾ったことになるわけだが。
「大会から数日しか経っていないのに、もう彼を躾けてしまったのですか?」
「人聞きの悪い。彼はペットではありませんわよ。けれど、まあ……否定はしませんわ」
少し貴族生っぽい言い回しだったかな、と自省。俺だって、ここじゃ平民出なんだけど。本当だったらエクリーンさんのような侯爵家のご令嬢と軽々しく言葉を交わせない。
「それよりも――」
穏やかな態度を崩さないエクリーンさんが、珍しく眉間に小さくしわを寄せた。
「こういうことを言うのもどうかと思うのだけれど……サキリスさんは、どうしています?」
「サキリスですか? ええ、元気ですよ」
ウィリディス屋敷でよく働いている――と言いたいところであるが、自然と俺も顔を曇らせた。
本当なら、彼女もこの魔法騎士学校の生徒として卒業式を迎えていたはずだ。
隕石によって故郷を失い、家族と領地、そして身分を失った。彼女の故郷キャスリング領は、周辺貴族たちによって分断吸収され、唯一の生き残りであるサキリスは、奴隷墜ちした件を持ち出され、命以外のものを奪い去られた。
居場所を失い、命さえ狙われているかもしれない彼女を、俺が引き取って今に至るわけだが。
魔法騎士になるのが夢だったというサキリス。せめて学校に残ることができれば、その夢だけは果たすことができたのに、と思う。周辺貴族たちの圧力によって、学校にいることさえ許されなかった。
「これは俺の不勉強なのですが」
俺はエクリーンさんに思っていることを相談してみる。
「魔法騎士学校を出る以外に、魔法騎士になる方法ってあるんですか?」
もといた世界では、そもそも魔法騎士という身分はなかった。ただ騎士については、主のもとに仕え、小さい頃から修行して認められたら騎士に叙任……という方法で騎士になったような。
「騎士については、学校を通さず主人から叙任されるケースが多いですわね」
エクリーンさんは、校舎の方向へと目を向けた。
「これはそもそも騎士学校という存在自体が少ないことにも起因します。主のもとで修行して、一人前になって主から騎士に任命される」
俺のいた世界と同じか。
「ですが、主の身分にもよりますわね。侯爵や伯爵の騎士ともなれば敬意を払われるでしょうけれど、下級貴族の騎士となると、どうにも格下扱いや自称騎士などと小馬鹿にされることもあるようですわ」
身分か。痛いところを突かれる。俺は魔法使いであって、貴族様ではないからな。俺が勝手にサキリスを騎士に任命しても、周りからはかえって侮られるかもしれない、と。アーリィーと結婚した後ならどうかな? あるいはエマン王に頼んで、サキリスを騎士にしてもらうということも……。
「それで、肝心の魔法騎士ですが――」
エクリーンさんの言葉に俺は我に返る。
「魔法を操れる騎士ですから、普通に主人から騎士に取り立てられるより身分は上となりますわ。特に王都の魔法騎士学校の卒業生ともなれば、王国が定める魔法騎士として認められたことにもなりますから」
正直、魔法騎士としてやってけるレベルでいえば、成績上位者十数名くらいだろうけどな。それ以外の卒業生……特に貴族生に多いなんちゃってレベルではな……。以前、ジャルジーが馬鹿にしたのも正直頷けてしまう。
「学校以外となると、王国が催している武術大会の上位に食い込むか、あるいは不定期で開催される魔法騎士試験をクリアするくらいですわね」
「試験があるんですか?」
「魔法騎士学校は年齢制限がありますから」
エクリーンさんは笑みをこぼした。
「魔法を十分に使いこなす戦士や剣士、学校に通うお金も時間もなかった者、冒険者なども受ける方がいらっしゃいますわ」
なるほど。確かに学校へ通うことができないから、魔法騎士になれないというのも酷な話である。
納得する俺を、エクリーンさんの青い瞳が見つめた。
「サキリスさんを魔法騎士にするおつもりですの?」
「彼女が望むのであれば」
魔法騎士になるのが夢だと語ったサキリスを知っている。だがすべてを失い、今では俺に仕えることで居場所を見つけている。彼女とは主従契約を結んではいるが口約束だ。その気になれば、反故にすることもできる。
「まだ夢を持ち続けているなら応援したい。要は、本人次第です」
俺が確認すれば、彼女は命令と受け取ってしまうのではないか? かつての夢だからと今も持ち続けているならともかく、そうでなかったら押し売り以外の何物でもない。
「お優しいのね」
エクリーンさんの言葉は、どこか皮肉めいて聞こえた。俺は自嘲する。
「まあ、お手伝いさんは足りてますから。やりたいことがあるなら、やらせたいだけです」
ダンジョンコアにシェイプシフター。人手は足りている。……人ではないが。
俺がサキリスを押すのも、実際この魔法騎士学校の卒業生に比べても、遙かに魔法騎士の称号にふさわしいと思うからでもあった。
マルカスもそうなのだが、すでに実戦経験があって、上位冒険者と肩を並べる能力を十分に持っている。
「彼女次第……選べるというのはいいことですわね」
どこか自嘲めいた調子でエクリーンさんは言った。婚約相手を選べない身の上から出た言葉だろうか。俺は勘ぐってしまう。
「そういえば、ジンさんは卒業後はどちらに? 貴方の進路について聞いてませんでしたわね」
「僻地でのんびり……と行きたいのですが、国防について、王族の顧問のようなことをやっています」
今度は俺が皮肉っぽく言う番だった。まあ、嘘はついていない。大帝国対策に独自に軍事力拡張を行っている。
「王族の顧問、ですか。ふふ」
「……おかしいですか?」
「たった今卒業したばかりなのに、もう貴方は重用されている。Sランク冒険者にして若き英雄――そう、貴方は、かの英雄ジン・アミウールのよう」
エクリーンさんは微笑んだ。それが意味深なものに見えてしまうのは、この人の底知れなさ故か。俺は手にしたグラスに残ったワインを呷った。
「光栄ですね」
かの英雄と比べられるとは――と、心にもないことを口にするのだった。




