第482話、魔法騎士学校、卒業
その日、アクティス魔法騎士学校では、卒業式が行われた。
天候は曇り。何ともすっきりしない。雪が降らなかっただけマシと思うべきか。だがアーリィーから聞いた話では、アクティス校の卒業式で雨や雪が降ったことは一度もないらしい。
俺、アーリィー、マルカスは卒業生なので、当然ながら出席。
魔法騎士学校の卒業式ともなれば王族や貴族、生徒の家族らが訪れる。アーリィーが卒業生とあって、今回卒業祝いを言う王族は、エマン王が行うこととなった。王子から王女になったとはいえ、王族は王族である。エマン王以外の人選はない。
半年程度しか通っていない俺も、ちゃっかり卒業生に入れられている。……内心では面倒だと思っているが、アーリィーやマルカスに悪いので顔には出さないようにした。
なお席次は、飛び入り生徒である俺が首席である。普通はあり得ないのだが、今年の王国主催の武術大会優勝、さらに高等魔法授業の臨時教官なんかやって評判をあげてしまったからねぇ……。
ちなみに次席はアーリィーである。本来なら王族贔屓で主席となるのが慣例となっているのだが、表向き性別変換によって王位継承権が下がったことで、そこまで席次にこだわる必要がなくなったのが次席に収まっている理由らしい。
「むしろ、ここでボクがトップになっちゃったら、贔屓が過ぎてしまうからね」
アーリィーが王子様のままだったなら、若き英雄を抑えてトップになることに意味があったのだろうが、お姫様で、しかもその英雄と婚約するとあれば無理に出しゃばる必要がないと言う。
王族の考えは、庶民の俺にはよくわからん。
まあ、王族贔屓は関係なく、アーリィーの成績については、途中参加の俺とは違って正当な評価である。自らの性別を隠しつつ、それでも成績トップにあったのは優秀だからと言ってもいいだろう。
少し前までの、つまりこじらせていた頃のジャルジーだったら、学校の鍛え方が甘っちょろいから、と言いそうではあるけどな。
それはともかく、首席生徒は卒業式典にてスピーチをするのがお約束なのだという。が、その役割については、王族がいる場合、そちらが優先されるというしきたりある。なので、俺は喜んで卒業スピーチをアーリィーに譲った。
本音を言えば、彼女もスピーチを嫌がっていたのだが、王族の義務と諦めモードで引き受けていた。アーリィーは当たり障りのない内容で、さっさと役目を果たしていた。
一方で、エマン王の演説は、さすが国王だけあって堂々としたもので、卒業生一同、身が締まる思いなのが表情にも現れていた。
「――昨今、近隣国も安定しているとは言い難い。北方に目を向ければ大帝国にも動きが見られ、予断を許さない状況だ。魔法騎士となった諸君らは、自らの領地を守り、ひいては王国を守る剣とならんことを願う」
拡声魔法具を通して響く声。エマン王は背筋を伸ばした。
「諸君らに神の加護あれ。卒業、おめでとう」
魔法騎士の証を得た卒業生、そして魔法騎士生徒、教官、詰めかけた生徒の家族から盛大な拍手が上がり、卒業式は終了した。
・ ・ ・
卒業式のあとは、そのままパーティーとなる。
魔法騎士学校の校庭は一大パーティー会場となり、生徒はもちろん、その家族らも交えて盛大にお祝いをする。……参加者多いな、本当。
アーリィーやマルカスらとワインを飲みながら、外部客も含めて寄ってくる人たちがばらけた頃、エクリーンさんがやってきた。
「皆、冬に備えて食事制限があるから、こういう場を設けて楽しみたいのよ」
午後のお茶会部部長にして、優雅なる令嬢。一応アーリィーらと同い年なのだが、お姉さんのような雰囲気がある。
「なるほど、それで……12月だというのに、出される食事が豪華なわけだ」
俺の皮肉に、エクリーンさんが微笑した。
立食形式で、肉やパンなどが存分に使われ、ワインも飲み放題。……冬対策で保存はどうしたんだ、まったく。
本日の主役である卒業生たちも遠慮なくもりもり食べている。明日からダイエットするから今のうちに食べておけ精神ってやつだろうかね。
「そういう貴方は、お酒しか飲んでいないようだけれど」
エクリーンさんがコロコロと笑う。
「ここの食事はお気に召さない?」
「帰ったら食べますよ」
ウィリディスでの料理のほうが美味い、というのもあるが、この後、二次会で王族とウィリディス勢でパーティーがある。ここでお腹を満たすのはもったいない。
「わたくしも、できればそちらのほうにお招きしてほしかったのだけれど。さぞ美味しいものをお食べになるのでしょうね」
ええ、まあ。俺は曖昧に頷くことしかできなかった。この人、実はどこかの諜報員じゃないかと思うくらい色々知っている。
「先日いただいた御菓子はとても美味でしたわ。……どこのお店のものかぜひ知りたいのだけれど」
そんな色っぽく流し目を送られましても……。女性って怖い。
「うちの自家製です。機会があれば、また」
「是非に。お礼に我が家で仕入れている紅茶をお贈りしますわ。宛先は、どちらでよろしいかしら?」
「えー、あー。王城でいいのではないでしょうか」
ウィリディスへ送ってくれとは言えないし、そもそもそこはどこよ、って話だからね。アーリィーと婚約している立場上、王城にしておけばまず届くと納得できる答えだと思う。
「そういえば、ジンさん。まだ公式の発表がないのだけれど、アーリィー殿下との婚約は進んでいますの?」
「と、言いますと?」
「結婚式はいつですの?」
ん――飲みかけたワインの手が止まる。
俺とアーリィーの結婚。もちろん考えないわけではない。そして、いつか突っ込まれるだろうと思っていた。しかし、いきなり来るとやはり動揺してしまうな。
「それについては、まだ未定です」
大きな声では言えませんが、と前置きして俺は言った。
「アーリィー殿下が女性となられて、まだ月日がさほど流れていませんから。もう少し時間をおこうということになっていまして」
「まあ、結婚してから殿方に戻られても、貴方としたら困りますものね」
ふふ、と口元に手を当ててエクリーンさんは微笑んだ。お茶会部の部員たちが、喜んで男同士の絡みを妄想する光景が目に浮かんだ。
「それは、俺としても勘弁願いたいですね」
「アーリィー様はお綺麗でしょう? 性別の壁も越えてしまいそうですわ」
「あなたもそちらのケがあられるので?」
「まさか。わたくしは健全ですわ」
エクリーンさんは片目を閉じた。
「それに結婚の話を振ったから言うのだけれど、わたくしも、来年には結婚を予定してますのよ」
「結婚! あなたが?」
「ええ、そろそろ結婚しないと行き後れと笑われてしまいますからね」
世間話のようにエクリーンさんである。
確かに、この世界じゃ平均寿命が短めだから、その分、結婚適齢期も早い。
ダークエルフのラスィアさんは種族が違うので問題外だが、アーリィーの近衛であるオリビアとか、うちにいるユナとかは20代前半ながら、行き後れを心配する年頃とも言える。
「もっとも、わたくし、婚約相手の顔も知りませんけれどね」
と、当人は言うのである。貴族にありがちな家庭の進めた縁談というやつだ。そこに婚約する当人たちの気持ちは介在しない。……サキリスもそうだった。
「聞いた話では、戦好きの野人のごとき人物らしいのだけれど」
一瞬、ヴォード氏のような歴戦の大男を想像してしまった。そんなワイルドな人物と、強いが絵に描いたような令嬢といったエクリーンさんが一緒になる。……美女と野獣かな?
「貴方にも招待状をお贈りしますわ。今後ともよしなに」
「こちらこそ、エクリーン嬢」
淑女の礼をする彼女に、俺もまた礼を持って応えた。
予断を許さない=来るかもしれんし、こないかもしれない(建前)。本音=来るだろうな。




