第479話、たまにはお茶でも
マルカスが、家の執事とお話ししている間、俺とアーリィーは午後のお茶会部の部室へと足を向けた。
大会後だが、普通に部活動をやっていた彼女たちお茶会部。まあ、お茶を飲んでお菓子を食べるだけの部であるから、大会後だろうが関係ないわけだが。
俺たちが行くと、他の女子生徒たちが席を外し、エクリーンさんを含めた三人で、お紅茶をいただきながらお話となった。
「準決勝、残念だったね」
「ええ……。もっとも初めから優勝できるとは思っていませんでしたから、わたくしは大会をエンジョイするつもりでしたわ」
エクリーンさんは優雅である。俺は、彼女がとても不機嫌だったなら、ご機嫌取り用にウィリディス製のお茶菓子を出して慰めようと思ったのだが……。まだ出さなくてもよさそう。
「準決勝までは、楽しそうでしたからね、エクリーンさんは」
「あら、わかりました?」
「ええ、試合中なのに、いい笑顔でした」
「嫌ですわね。そんな顔をしてまして? 少し恥ずかしいですわね」
ちっとも恥ずかしそうに見えないけど。一応、聞いておくべきだろうかね……。
「準決勝の途中棄権ですが――」
「……ええ、あれは試合として、面白くも何もありませんでしたから。下手したら大きな事故になっていましたわ」
やはり、テディオが試合中にとった緊急回避が、かなり危険なものだったことにご立腹だったようだ。
エクリーンさんが手にしたカップ、その中の赤褐色のお茶を見る目が細くなる。
「試合であるからには全力で挑むのが騎士としての礼儀。ですが、あれは試合とは言えませんわ。わたくし、興がそがれました。だから棄権してやったのですわ」
あれは彼女なりの抗議だったのか。そうは言いながらも、エクリーンさんは、にこにことしていらっしゃる。
「あれが戦場であるなら、彼は正しいと思いますわ。あのがむしゃらな行動、自らの命を省みず踏み込む胆力。あの大会の中、優勝したマルカス君と同じくらい真剣でした」
「……」
「ただ、わたくしは不愉快でしたわ」
ですよねー。俺とアーリィーは顔を見合わせた。
「騎士たる者、自分を通すことばかりではなく、相手を重んじる精神も必要と思いますの。あの試合の彼には、それがなかった。あれでは騎士ではなく、ただの戦士ですわ」
騎士の振るまい。そう口にして、エクリーンさんは目を伏せた。
「彼には彼なりに真剣にならざるを得なかった理由があるのでしょう。あれで深手を負っても構わない、死んでも構わないと。でもわたくしがそれで彼を傷つけてしまったら、わたくしの心がどれだけ傷つくか、きっと彼はわかっていらっしゃらないのでしょうね」
「テディオがなりふり構わなかった理由は……」
「彼、まだ卒業後の進路が決まっていないのですわ」
エクリーンさんは、ソーサーにカップを置いた。
「だから、ギャラリーの前で張り切ったのでしょうけれど、あれでは残念ながらお声はかからないでしょうね。もしかかったとしても、ろくな職場ではないと思いますわ」
あまりに危うすぎて。ふふ、と微笑を浮かべるエクリーンさん。アーリィーが想像したとおりの展開だった。
「よくご存じで」
「わたくしたちの部活は、美味しくお茶をいただく会ですわ。学校の生徒のことなら、一人残らず知っていましてよ」
にっこり微笑むエクリーンさんに、アーリィーが若干引いた。
「一人残らず?」
「ええ、一人残らず、ですわ殿下」
俺やアーリィーは、果たして彼女たちにどんな噂をされていたんだろうね。知りたいような、知りたくないような。
エクリーンさんは、控えていたメイドにお茶のおかわりの合図をする。
「もし、彼がどこからもお声がかからずに、卒業を迎えるようならわたくしの家で拾ってさしあげますわ」
「テディオを召し抱える、ですか?」
いまいち要領を得ず、俺は驚いた。てっきり、お嬢様の楽しみをふいにしたことで、彼に二度と関わらないと思ったのだが。
「彼、努力家ですのよ」
悪戯っ子のような笑みを浮かべるエクリーンさん。
「わたくしの機嫌を損ねた理由について、きちんと理解してもらった上で、わたくしに生涯仕える騎士になってもらいますのよ」
え、それは……どう判断したらいいのかな。ちょっとした復讐?
「勘違いしてもらいたくはないのですが、わたくし、これでも彼のことは評価していますのよ?」
「好意、ですか?」
「さあ、どうでしょうね」
エクリーンさんは、まったく動揺することもなく、顔を赤らめたりもしなかった。
この人も何考えているかわからない人だなぁ。付き合いの長いサキリスあたりならわかるだろうかね、これは。
・ ・ ・
お茶会部で時間を潰した後、マルカスと合流して、そのままウィリディスへと帰る。
「で、執事さんは何だって?」
「俺が家に、卒業後どうするのか言ってなかったので、進路を確かめに」
マルカスはばつの悪そうな表情を浮かべた。
「言ってなかったのか?」
「ええ、言ってなかったんです」
それってまずくないか。だって、もう卒業まで一週間しかないぞ?
アーリィーは指を自身の細い顎に当てた。
「マルカスって次男だったよね?」
「はい。家は兄が継ぎます」
伯爵家の生まれであるマルカスである。大抵、家督は長男が継ぐので、その兄がいなくならない限りは、マルカスは職業選択の自由が与えられているはずだ。
「俺に仕えるんだっけか」
フォルミードーを討伐した後、マルカスはそう表明したのだ。気が変わっていなければ、卒業後も一緒だが。
「その意思は今も変わっていません!」
ただ、とマルカスは顔をしかめた。
「なんだかんだで、実家に報告していませんでしたから。ジョルドーにはその旨、おれの進路を伝えたのですが、一度、きちんと報告のために帰らないといけないかもしれません」
「うん、まあ、実家の話だからな。話し合いは大事だろう」
帰る家があるなら、そういう説明は必要だろう。
一応、俺はマルカス坊やの主ということになるなら、俺も一度、ヴァリエーレ家に挨拶に行ったほうがいいかね。息子さんをお預かりします云々。
元の世界にいた頃は、会社に勤めたからって、社長とか偉い人が挨拶に来るものでもないのだが……。ほら、マルカスの家って貴族なんでしょ?
貴族か。
俺は思わず口元に手を当てる。俺は武術大会で優勝し、さらにSランク冒険者とその筋では割と有名人になった。
ウィリディスでは賢者などと呼ばれているが、それを知っている人間は極限られる。
一般には魔術師にして冒険者なのだが、はたしてヴァリエーレ家は、次男坊が冒険者に仕えるというのを聞いてどう感じるだろうか……?
家を継げない以上、自力で稼ぐ手段を得るのは家としてもありがたい話ではあるのだが、冒険者を許容する家だろうか?
ヴァリエーレの家の名誉のため、魔法騎士は許せても、冒険者になるのは許せない、とかさ。……いやまあ、もうマルカスは冒険者なんだけどね。




