第478話、校内武術大会
校内武術大会の試合は粛々と進行した。参加生徒の身内が応援したり、友人の試合にクラスメイトが声援を送る以外、特に面白みもなく、俺もアーリィーも試合観戦。……とかやってたら、俺の肩にアーリィーがもたれかかったり。
――よせやい、人前だぞ?
――みんな試合みてるから大丈夫だよ。
大胆な嫁。なにげに彼女から香ってきた柔らかな香水が初めて嗅ぐものだったりする。ひょっとして、俺のコメント待ってたりするのかな?
試合については、マルカスを除けば個人的に応援したいエクリーンさんと、テディオの戦いぶりに注目する。
エクリーンさんは、ミスリル製の軽鎧にレイピア――今回は模擬戦用のもの――、左腕にバックラーという、軽装騎士の装備だ。……あまりに軽装過ぎて、ちょっとファンタジーゲームにありがちな女剣士のようにも見える。
ふだんから落ち着き払っていて、優雅な令嬢であるエクリーンさんだが、試合中はとても好戦的かつ楽しそうに剣を振るっていた。特徴的なのは、左腕のバックラーの扱いだろうか。
皿一枚程度の大きさしかない、かなり小型な盾を器用に使って、相手の攻撃をいなし、かわし、相手の急所にレイピア型の模擬剣でちくり。……実剣だったら、対戦相手は喉を貫かれ死亡だな。エグいエグい。いくら模擬剣でも、一歩間違うと大怪我だ。
ただ見た目がかなり華麗な戦いぶりのせいか、彼女が勝つと客席が盛り上がっていた。
「さすが部長」
アーリィーが、エクリーンさんの試合ぶりを見て言った。一応、アーリィーは午後のお茶会部の所属である。幽霊部員だが。
「サキリスがいたら……。勝負するところを見たかったかな」
うちのメイドになったサキリスは、エクリーンさんとは古くからの友人という。確かにその対戦は見てみたかった。
テディオは、彼の保有する魔法剣フリーレントレーネを修繕した関係での知り合いとなるが、模擬剣でも十分に他の生徒とやり合っていた。
「……」
何だろうな。俺は、テディオから強い気迫を感じた。この大会参加のどの生徒よりも、勝たねば、勝つんだ、という気持ちを受け取ったような。
俺が考え深げにしていると、アーリィーがヒスイ色の目を向けた。
「ひょっとしたらだけど、彼、まだ就職先が決まっていないのかも……?」
まもなく卒業を控えた最上級学年。もう学校を出た後の進路が決まっているはずだ。魔法騎士として取り立てられる者、あるいは家の後継として名誉称号を得て帰る者など……。
テディオは平民出だ。上位者の中にあって、まだ進路が決まっていないというのは相当不運なのか、彼の就職努力が下手なのかはわからない。だがここで必死になっているのは、外部からの客――貴族や騎士らへのアピールではないか。
彼にとって、ラストチャンスなのかもしれない。そう考えると、面倒だから辞退した俺は何か申し訳ない気分になる。
余裕ぶっこいている俺みたいなのがいれば、今も必死に就職アピールに頑張っている者もいる。就活時代を思い出して、ブルーになる。
でもまあ、優勝確定なんて言われてる俺が出て、彼のアピールの邪魔をしなかったと思えば、わずかながら慰めになるだろうか。ああ、うん、言い訳だけどね。
もしかしたら、就職は決まってるけど、何か別の理由で必死かもしれない。たとえば好きな子がいて、優勝したら付き合って云々とか――
想像をこねくり回すのはやめよう。俺には関係ない話だ。
マルカスは順調に決勝戦に進出。トップ16の勝負というのに、マルカスが覇王のごとく見えるぜ。
一方、準決勝で、エクリーンさんとテディオがぶつかった。どっちを応援すべきか、などと考えていたら、試合が始まる。
テディオは怒濤の攻め。しかしエクリーンさんは、唇に薄い笑みを浮かべながら、バックラーで全部いなしてみせた。……マルカスが覇王なら、エクリーンさんは女王様の貫禄かな。
彼女の狙い澄ました一撃。しかしそれをテディオはかいくぐって見せた。下から喉もとを突く攻撃を、頭を下げてかわす。彼の頭髪を剣がかすめる。――いや、お前、その避け方は危ないだろう!?
エクリーンさんの表情から笑みが消えた。彼女も今の回避がギリギリの捨て身に近いのを感じて動揺したのだろう。だがその後のテディオの攻めも、エクリーンさんはすべてかわし続けた。
だが唐突に後退して場外に出ると、彼女は試合を棄権した。会場もざわめいていた。
――今の試合、ちょっと危なくなかった??
そう感じた生徒が他にもいたようだった。会場を去るエクリーンさんも不機嫌な表情に見えた。
かくて決勝戦は、マルカスとテディオになった。客席から見守る俺たちだが。
「うわぁ、マルカス、怒ってるよ……」
真一文字に引き結んだ口もとを見るまでもなく、マルカスがテディオを睨んでいた。テディオもまた対戦相手を見据えるが、マルカスの視線が試合のそれ以外の怒りを含んでいるのがわかった。
開始の合図で始まった試合だが、マルカスはシールドバッシュを一撃当てて、テディオを吹き飛ばした。
遠慮も何もない当たり。これまで見せた中で一番の素早さ。その一撃をかわせず、テディオは倒され、マルカスに剣を突きつけられた。
決着は、実にあっさりしたものだった。
決勝戦は5秒も経たず終わったのだ。
圧倒的なマルカスの力に、しばし呆然としていた観客たちは、思い出したように拍手をはじめ、次第に貴族生たちの熱烈な拍手と歓声に変わった。平民出を鎧袖一触したことで、貴族生たちも気分がよかったのだろう。
卒業式を除けば最後となるイベントは、ここに終結した。マルカスは前評判どおり、優勝を決めた。
なお、大会を観戦していた外野勢からスカウトの声が数件かかったのだが、マルカスは「すでに仕える場所は決まっていますので」と断っていた。
・ ・ ・
大会後、マルカスを労いに行ったら、当人が片膝をついて、主従の姿勢をとられた。
「この勝利、貴方様に捧げます」
「よせよ、他の連中も見てるぞ」
見ていた他の魔法騎士生たちも、目を丸くしている。マルカスは立ち上がると相好を崩した。
「わざとです。貴方が出ないから優勝した、という奴向けの」
「こいつめ」
俺はマルカスの肩に手を回し、そこからヘッドロックするようにじゃれた。
「降参です、降参!」
笑いながら遊んでいたら、アーリィーがやってきて自身の腰に手を当てた。
「仲がよろしいことで」
「なに、嫉妬か?」
「ボク、そういうのしてもらったことない」
お姫様が拗ねたように言えば、マルカスが恐縮して気をつけをしてしまう。俺はやんわりと言ってやる。
「そんなの、おいそれと王族にできるわけないでしょ」
ベッドの上でプロレスごっこしているんだからいいじゃないか――と思ったが、さすがに人前では言えないな。
「マルカス坊ちゃま」
不意に、年かさの男性の声が聞こえ、そちらに視線を向ける。どこかの執事を思わせる年配男性が立っていた。マルカスは眉をひそめた。
「もう、坊ちゃまはやめてくれないか、ジョルドー」
「……知り合いか?」
俺が聞くと、ジョルドーと呼ばれた執事風男性が、アーリィーに深々と頭を下げていた。
「うちに仕える執事です」
マルカスが小声で答えた。マルカスは、ヴァリエーレ伯爵家の次男である。家に執事がいてもおかしくはない。
そのジョルドーは頭を上げると、マルカスに向き直った。
「坊ちゃ……ごほん、マルカス様。お時間をいただいてもよろしいでしょうか?」




