第473話、腕の再生
俺が、アンフィに、ナギの失った腕の話を振ったとき、当然ながら彼女は面食らっていた。
エルフの里の精霊の秘薬を持ってしても治らなかった。あれは生き物のもつ再生力とは別の力で癒やすものだから、通常の治癒魔法とは違う。瀕死の人間に治癒魔法を施すと、かえって危ない場合でも、精霊の秘薬は傷を癒やすことができる。
だが、ここでふと思うのだ。再生力に頼った治癒魔法であるなら、当人の意思の力を借りれば、腕を再生させることも不可能ではないのでは、と。
生き物は自らの傷を再生させる力を持っている。本来、人間の力が及ばない部分を魔力で補えば、可能性はある。
幸い、腕を失ったナギは、命に別状はなく、生き物の持つ再生力を利用する治癒魔法を行使しても死ぬようなことはない。
そうであるなら、やらない手はない。剣に人生を費やしてきた女の子が絶望に打ちひしがれている光景など、見たくないからね。
戦勝会の翌日、冒険者ギルドで俺は、アインホルンの面々に治療を持ちかけた。
死んだような目をしていたナギの目にわずかだが確かな光が戻る。
パーティー最年少の魔法使いブリーゼは、俺にすがるように腕をとると「ナギの腕を治してあげてください、ジン先生!」とお願いしてきた。
アンフィは「どうする?」とナギの意思を確認する。最初、俺がアンフィに話した時、彼女は不可能ではと首を横に振った。だから俺は言ってやった。
『魔法において、不可能と思った時点で失敗する。成功させたいなら、俺の前でできないとか不可能だ、などと言わないでほしい』
そんなわけで、騒動も一段落した今、俺はナギに治癒魔法を施した。
ちなみに、この場には俺、アインホルンの三人の他、メイド服姿のサキリスが同席している。
「自分の失った腕、そのありし日の姿を想像して……。強く、強く念じるんだ」
本人の再生力に賭けるのだから、当然、ナギ当人にも強く、再び腕を取り戻すんだという意識が必要だ。こればかりは、俺だけの力だけでは駄目である。
完全再生。ヒール・オールとでも言うべきか。部屋に光りが満ちる。白い光がナギの右腕を包み込んだ。俺は、彼女の身体に宿る再生しようとする力に魔力を注ぎ込む。
アンフィとブリーゼが息をのんだ。ナギの腕が、少しずつ生えてきたのだ。
それは一種不気味な光景でもあった。切り株から木が生えるような、治癒魔法でなければ、何かしら悪い魔法か何かに思える一種グロテスクな光景。
幸いなのは、ナギが失った腕を取り戻そうと集中して目を閉じていたことか。もし目の当たりにしていたら、びっくりして意識が乱れ、再生の妨げになっていたかもしれない。
やがて、出来損ないの腕は、人間の――失う前のナギの手の形となった。指も五本。左手と比べても遜色ないレベルで戻ったのだ。
治癒の光が消えると、アンフィがたまらずナギに抱きついた。びっくりして目を開けるナギは、すぐになくなったはずの右手が何事もなかったように戻ったのをみて、身体を震わせた。
「戻った……! 戻ったッ!」
涙が止めどなくあふれるのも構わず、ナギは歓声をあげた。アンフィもつられるように嬌声を発し、ナギをさらにギュッと抱きしめる。
何とも姦しい声が部屋に響く。まあ、腕が治ったんだ。喜ぶのもわかる。俺が椅子の上でふらつき、後ろへ倒れそうになると、控えていたサキリスがそっと抱き留めてくれた。ありがとう、サキリス。
「ジン先生……?」
ウサギ耳フードのブリーゼが、俺がぐったりしているのに気づいたのか青ざめた。
「久しぶりに、魔力を振り絞ったよ」
でもその甲斐はあった。俺は微笑して、大丈夫と駆け寄ってきた少女魔法使いのフードごしに頭を撫でてやった。
アインホルンの三人には特大の感謝をされた。
「あなたには驚かされっぱなしよ!」
アンフィの言葉に、ナギも頷く。
「古代竜の時にも命を救われましたが、どのようにお礼をすればいいのかわかりません!我が身をもって、ご恩返しいたします!」
一生、お仕えする所存、とか言い出した。いやいや、そこまでされても困る。
「これまで通りでいい。ただ、こっちで何か困ったことや手伝ってほしいことがあったら助けてくれると嬉しい」
俺の言葉にも、しかし彼女はそれでは足りないと言いたげだったので、俺は彼女たちの幻想を打ち壊すように薄情なことを口にした。
「今回の治癒魔法については成功したからよかったものの、失敗の可能性もあった。それを告げず、君を実験台にした」
俺は利用しただけだから、そこまで感謝されるとかえって気持ち悪くなる、と。
本当は、最初はゴーレムの技術を応用した義手を用意しようと思っていた。だが、それを頭で考えている間に、ふと治癒魔法で回復できるのでは、と気づいたのが今回の顛末だったりする。
魔法を使わなくても、軽度の怪我や傷は治る。だが身体の一部を失うような怪我は治らない。基本の治癒魔法は身体の再生力に働きかける魔法なのだから自然治癒しない怪我や傷には効かない、というのが、この世界の常識だ。
実際に治癒魔法で再生を試みた者はいた。だが送り込む魔力量の不足、失った身体の一部は戻らないのではないかという不安などが重なって失敗した。
また怪我を負った時、その場で、できるだけ早く治療するという当たり前の行動も、見落としを生んだ。命の危険に晒されていない状況――つまり、一命をとりとめた後で治癒魔法を試みたらどうなるか、を。
そう、なんてことはない。シンプルなものだったのだ。ただ、治療を阻害する要素があって、上手くいかなかっただけである。今回だって、失敗の可能性はあったしな。
成功してよかった。本当に。
さて、後始末であるが、今回の件は俺の治癒魔法ではなく、大空洞ダンジョンの最下層で見つけた希少な魔法薬の効果だと周囲に言うように、と三人には念を押した。
失った身体の部位を治すなんて知れてみろ。俺のところに、治してもらいたい人が押し寄せることになる。当然、諸外国や、治癒魔法を生業とする教会にも目をつけられるから面倒にしかならない。
そ、俺は気まぐれな、俗物なのだからな。
「そういうことにしておくわ」
アンフィは腰に手を当てると、少々呆れの視線をよこす。ただ軽蔑の色はなかった。
「ま、礼は言っておくわ。……ありがと」
・ ・ ・
アインホルンの面々と別れ、俺とサキリスはウィリディスに戻った。
平日であり本当なら魔法騎士学校なのだが、俺はシャッハの反乱の件で休養を許されている。なので事後処理をしつつ、お休みに当てたのだが、同じく休養が許されているアーリィーとマルカスは、真面目に今日も学校へと登校していた。
真面目なんだから、二人とも。
そんなわけで、昼前にウィリディスにいても、二人はまだ授業中である。俺は地下屋敷のさらに地下、秘密の部屋――ではなく、その近くにあるリフレッシャールームへと足を向けた。
精神を落ち着け、魔力で心身とも清める休憩所である。ゆったりくつろぎ用ベッドが置かれたスペースと、温水プールのある部屋と思ってもらいたい。風呂場ではない。念のため。
脱衣所にいき、服を脱ぎ脱ぎ。一応プールがあるので、水着か、最低でもタオルくらいは巻いておくべきではある。
「それではご主人様」
サキリスはメイド服姿で、俺をマッサージベッドへと誘った。
「こちらへどうぞ。マッサージして差し上げますわ」
性的ではない。健全な、あくまで普通のマッサージである。
サキリスのマッサージテクは、なかなかのものだ。
魔力を久しぶり限界近くまで絞り出したので、ほとほとお疲れモードの俺である。サキリスに任せて、心身ともリフレッシュを図ろう。
うつ伏せでベッドに寝転ぶ俺の背中を、サキリスの手がさわさわ、時にぐりぐり、ぎゅぅと圧力がかかる。
ふぁあ~、いいなぁ……。
これぞ正しい休養だ。
なお、この後、エリサとユナが乱入してきた。
これまた性的なものではなく、単に魔術師としての興味。つまり、ナギに施した『失った部位を再生させる治癒魔法の件』を俺から聞き出すためだったりする。
シンプルとは言ったが、簡単とは言っていない治療。




