第471話、ダンジョン活用案
シャッハの反乱事件と後に称される戦いは終わり、大空洞ダンジョンから冒険者や王国軍志願兵たちは、王都へ帰還した。
俺と仲間たちはウィリディスに戻る。皆に労いの言葉をかけ、休むように伝えた。
マッドとリアナは、技師のガエアやノークと共にバーバリアン、ヴィジランティの修理と整備をすると格納庫に残った。
リーレは、サキリスやエリサ、ユナ、橿原たち女性陣を引き連れて、風呂に入るのだそうだ。
マルカスは……おや、メイドのクロハと何やらお話していた。彼女に好意を抱いている魔法騎士生くんを生温かな目で見送り、俺、ベルさん、アーリィー、ダスカ氏はウィリディスの地下屋敷、その三階の会議室へと向かう。
「で、結局、どっちが勝ったんだい、ベルさん?」
「……何の話だ?」
黒猫はやや不機嫌な声を発した。何を言わんとしているか理解しているな、これは。
「聞いたぞ。リーレとどっちが敵を倒すか競争したんだって?」
「そんなことしてたっけかな」
おや、すっとぼけやがった。つまり、負けたんだな、ベルさん。アーリィーとダスカ氏は後ろでにこやかに笑みを交わしていた。
会議室前に着けば、先に移動させていたシェイプシフターの杖の化身、スフェラが待っていた。
「エマン国王陛下がお待ちです」
うん、これから戦勝報告である。本当は、王のもとへこちらから行くところなのだが、ウィリディスにいる間は、お義父さんはずいぶんとこちらに配慮してくれる。
「シャッハの身柄は、冒険者ギルドにあります」
席について、SSメイドが用意したお茶で口を潤しつつ、俺は報告した。
「もっとも、お義父さんのもとに届くときは死体となっているかもしれませんが」
「倒した、という確かな証拠があればよい」
エマン王は頷くように顔を上下させた。
「冒険者たちはギルドを吹き飛ばされているからな。その恨みも深かろう」
それで――とエマン王の視線が鋭くなった。
「大空洞ダンジョンはどうなった?」
「私が開けた穴はそのままになっていますが、こちらのダンジョンコアは引き上げたので、通常のダンジョンに戻っています」
つまり、モンスターがはびこる危険地帯に戻ったということだ。
「して、シャッハの保有していたダンジョンコアは?」
「破壊しました」
用意していた答えをそのまま俺は告げた。エマン王は眉をひそめた。
「奪い取ることはできなかったのか?」
「なにぶんコアが敵の手にあれば脅威そのもの。逆に言えば、そのコアさえなければシャッハはただの冒険者。ショートカットルートの維持、攻略隊の一秒でも早い安全確保のためには破壊するのが最善でした」
「正直、次から次へと魔物がわいて出てくるのでは、キリがないわな」
ベルさんが口を挟んだ。黒猫の顔が、アーリィーに向いたので、それを受けて王の娘である彼女は頷いた。
「魔法甲冑の消耗も大きかったからね。冒険者も志願兵も半分近くが怪我したし」
「魔術師たちの消耗も馬鹿にできませんでした」
ダスカ氏が王へと顔を向けた。
「もう、一、二戦もやれば加速度的に損害も大きくなっていたでしょう」
「そうか……。皆がそういうのであれば、そうだったのだろう」
エマン王は自身を納得させるように頭を振った。
「少しもったいない気もするが、皆、最善を尽くしてくれたと信じている」
「恐悦至極に」
嘘をついてます、申し訳ない。俺は目を伏せた。
「大空洞に存在していたコアが失われたことで、ダンジョンは無秩序な状態となりました。これまでここがスタンピード現象を起こさなかったのは、このコアが存在し、制御していためと考えられます」
「ふむ。……しかし、そのコアはもうない」
「はい。結果、ダンジョンに溜まった魔力が新たなダンジョンコアを生み出し、遅かれ速かれスタンピードを起こす可能性も捨てきれません」
もともとダンジョンというのはそういうものだ。ダンジョン内の生態系の異常、数のバランスが崩れたとき、ダンジョンの外へと魔獣は出て行く。
「その対策として、ダンジョンの最下層エリアに、コピーコアを設置し、魔力が過剰に溜まらないように処置をしました。新たなダンジョンコアが発生するのを防ぐのです」
ダンジョンコアは、利用できればその恩恵も大きいが、そもそも人工コアと違い、天然物は人間が扱うのは難しい。
俺は英雄時代にDCロッドを作ったが、それだって簡単ではなかった。シャッハが持っていた『グラナテ』は、サフィロ系列の人工コアと判明したが、それ故に彼でも制御できた。本来ならフォリー・マントゥルのような大魔術師でもなければ天然コアを扱えないだろうとは思う。
エマン王が難しい顔をして黙っているのは、おそらくダンジョンコアを何とか扱えるようにならないかを考えているのだろう。誰だってそれを考える。何もエマン王だけではない。だが王よ。制御できないのであれば害にしかならないぞ。
「ダンジョンコアは無理ですが、その代わりにダンジョンに溜まる魔力を利用して、魔石をある程度、入手することが可能になりました」
「なに? 魔石だと?」
エマン王の瞳孔が大きくなる。俺は首肯した。
大空洞ダンジョンで、ベルさんと話した内容をもとに考えた『ダンジョン=魔石鉱山案』を披露した。王国としても、現在配備が急がれる魔法甲冑や魔石兵器類に用いる魔石をローコストで仕入れることができるようになるのは、願ってもない話である。
ダンジョンスタンピードを起こさせず、業者を介さず安価で一定レベルの魔石を手に入れられる――王国にとっては、いいことずくめである。当然ながら、エマン王はこの案に飛びついた。
「ダンジョンを魔石鉱山とする、か……。さすがは賢者の知恵か」
俺の案というか、大昔にそれを実際にやっている魔術師がいたわけで、それを利用しただけなんだがね。それにダンジョンが危険だが宝の山というのは、冒険者には馴染み深い考えとも言える。
「とはいえ、この案については機密事項とするべきでしょう」
聞けば他に真似しようとする輩は必ず現れる。コピーコアはなくても、魔力を魔石にするという技さえあれば、同様のことができる。そしてそれができる立場にあるなら、やらない手はないのだから。
実際、大帝国はそれに近いことをすでにやっている。帝都に潜入させたSS工作員がよこした報告書に、大帝国が魔力を吸収する施設を建造しているとあった。
また人工魔石の生成に成功し、より精度の高いものを目指しつつ、生産体制を作りつつあるとも。
魔力の軍事利用は拡大しつつあり、だ。
嫌な世の中だ。もともと、貴重な魔石を武器に、という思想はこの世界では常識化しているから、俺がどうこう考えようが、いずれはそうなるのだが、何とも先行き不安な流れではある。
まあ、大帝国と一二を争う、物騒な兵器を用意している俺が言える立場ではないのだが。




