第470話、大空洞より撤収
大空洞ダンジョン入り口手前の救護所には、負傷した冒険者や王国軍の志願兵や騎士らがいた。
白衣姿のエリサが、魔法や薬で怪我人の手当てをしてまわっていた。緑髪の美女から手厚い治療や看護を受ければ、男どもの心はたちまち虜になるのである。
「天使様」
「女神様」
などと若い連中が口走るのも、ある意味仕方のないことだった。……先日、サキュバスだとバレて処刑されたことになっている女性なのだが、それを疑う者はいなかった。雰囲気のせいか、はたまた処刑された人によく似た別人という扱いなのだろうか。
一方、救護所に近い場所にある休憩所では、前線を交代した者や、治療が終わって動ける者たちが、一心不乱に出された食事にありついていた。
ここの料理は、ウィリディス食堂で出されているものと同じである。食堂で腕を振るう宮廷料理人の手でパワーアップした異世界料理が出てくるとあれば、今まで食べたことのない美味に囚われ、食べずにはいられなかった。
目に涙を浮かべ、それでもスプーンが止まらない。出されるパンですら、ふだん食べているカチカチの黒パンではなく、ふかふか柔らかな白パンである。
給仕の手伝いをしていた橿原やSSメイドたちも、食欲旺盛な冒険者や兵士たちに困惑していた。酒は出していなかったから酔っ払いがいないのは幸いか。
「あの、この戦いが終わったら、お、おれとお付き合いしませんか?」
「え? わ、わたしですか?」
これには橿原も困惑である。ただ彼らに食事を運んだだけで、これである。他のSSメイドたちは無感動にお断りを入れていたが、真面目な女子高生である橿原は困ってしまうのである。
彼らが普通の状態だったら、彼女とてあしらうことは難しくないが、怪我人には優しくしてあげよう心理が働いている状態では、普段のようにはいかなかったのだ。
橿原が口説かれるのだから、当然エリサもまた同様にナンパされるのだが、こちらはうまくかわしていた。実は軽い魔法を使って眠らせたりと、割と大人げなかったりするのだが。
そんな彼女たちのもとにも、戦闘終了の知らせが届いた。
はい、これでお仕事終了、と、エリサも橿原もホッとするが、後方にいる者たちは少し残念がった。
ここで食べた美味しい料理ともお別れだとわかっていたからである。
・ ・ ・
そんな後方とはよそに、前線では帰り支度が始まって……いなかった。
一〇〇階層で倒したシャッハの手勢の魔獣の死骸からの剥ぎ取り行為が行われていたのだ。
冒険者たちは、シャッハに復讐すると団結したわけだが、ダンジョン内のドロップ品に関しては見つけたもの勝ちの精神を発揮していた。
そもそも、今回の攻略は報酬がない復讐戦なので、換金できそうなものを回収しないと誰もが赤字となる。冒険者である者ならば、その行為を責めることなどできない。
では王国軍はどうかと言えば、こちらもまた同様だった。戦場の土産程度のものもあれば、魔獣の硬い外皮や炎属性装備など、有用そうなものは回収に努めていた。
さて、肝心の俺は、その間に、神殿地下にコピーコアを設置して、ダンジョンに溜まりがちな魔力を吸収して、魔石に変換するように仕掛けを施していた。
この大空洞ダンジョンでこれまでスタンピードが起きなかったのは、広大なダンジョンであるだけでなく、余分な魔力をコアである『グラナテ』が制御していたからである。
ウィリディスの地にいた古の大魔術師が、ここでも手を加えていたのだろうと俺は想像していた。
そうなると、だ。そのダンジョンコアを持ち出せば、いずれ溜まった魔力で新たなダンジョンコアが生まれ、最悪の場合はダンジョンスタンピードを起きる可能性もある。
ウィリディスの地下神殿同様、余剰魔力を魔石にすることで、大空洞を安定させる。肝心のダンジョンコアは……すまんね、俺が使わせてもらう。
人に利用される云々と言いながら自分がしっかり利用しているのは、汚い大人のやり口であるのは認める。
「お前さんもワルだな」
黒猫姿に戻ったベルさんは楽しそうに言うのである。
「気をつけろよ。力の独占は――」
「妬みを生んで排除される、だろ。連合国でもうやったよ」
とはいえ、ヴェリラルド王国でも、俺という存在がますます危険度を増している。
エマン王もジャルジーも友好的ではあるが、俺がダンジョンコアをはじめ、まだまだ秘密を隠し持っていることから、恐れをなして牙を剥く可能性だってあるのだ。
たとえ彼らが、俺を身内扱いしたとしても、貴族や有力者が俺の存在を目障りに感じて、よからぬことを吹き込むことだってあり得る。
「地域や国には、貢献はしておくべきだろうなぁ」
「具体的には、何をするんだ?」
「そうだな。たとえば、ここのコピーコアで生成した魔石の権利を王国にやる」
一定量の魔石を税代わりに納入するというのも手だ。現在、魔法甲冑や、計画中のG計画など、魔石需要は高まっているから、王国側としても悪い取引ではない。
損得でみて、切ったら大損するような立場になれば、逆に守ってもらえるというわけだ。
「そういえば、ジンよ。新装備はどうだった?」
「あ? ああ、これか」
俺がマントの下に着込んでいる新装備こと、TLS-タイプ1。トキトモ工房製ライトスーツである。
パワードスーツの製作過程で案が出た、いわゆる変身ヒーロー的な軽装スーツ、その試作モデルだ。魔術師マントを身につけていると、隠れて普段とあまり変わらないから、まわりは気づいていなかったみたいだけど。
今回、ダンジョンコア持ちとのシャッハと戦うにあたって、俺も相応に準備してきた。実はパワードスーツ用のインナースーツの機能も盛り込んだので、このスーツを着たままパワードスーツに乗れたりする。
胸部、肩、腕に脚と、要所を覆う雷属性魔法金属『フルグ鋼』の装甲。電撃の拳や蹴りも、つまりはその魔法金属のおかげだ。
このライトスーツは装着者の身体能力を飛躍的に跳ね上げる。魔法を使わずとも、大ジャンプや加速。常人離れした近接格闘能力や、防御性能を誇る。身体能力が高いと評判の獣人相手でも十二分以上にやれる。
まあ、俺自身、魔法を使えばどれも補えるし、ライトスーツ並みに動けるのだが、最大のメリットを挙げれば、俺自身の魔力を消費することなく同等のことができることに尽きる。魔法を使うことでの疲労が激減。これはありがたい。
「上々だよ。蹴り一発で、石の祭壇が砕けたからね」
シャッハの持つ魔法大剣は、パンチで折れなかったけど、吹っ飛ばしたから相当の衝撃だったはず。
「もう少しいじって、製作コストを下げられたら、パワードスーツのインナースーツとして採用するのもいいかもな」
「おいおい、アーリィー嬢ちゃんやマルカス坊やがそれ着て、さらにその上にパワードスーツを着るのかよ。……それ意味あるのか?」
「機体が壊れたときに、脱出した後のサバイバビリティは向上すると思うよ」
「あー、なるほどねぇ。敵地で孤立しても大丈夫ってか」
ベルさんは苦笑した。まあ、そうなれば理想だよね。
俺は視線を向ける。ポータルのほうから、アーリィーとメイド姿のサキリス、そして聖騎士のルインが揃ってやってきた。
「そっちは終わったかい?」
「うん、パワードスーツは全部ウィリディスに戻しておいたよ」
アーリィーが快活に応じた。ヴィジランティ部隊の中で、フレイムゴーレムやドラゴンを相手にした撃破数で、一番のスコアをたたき出したのは実は彼女だったりする。
「殿下にはかないません。我々も精進しなければ」
ルインは小さく微笑を浮かべる。
「賢者様、お借りした機体を無傷で返すことができず、誠に申し訳ありませんでした」
「あれだけの戦闘です。無傷はさすがに無理ですよ」
「戦死者1名、重傷2名。ほか軽傷数名」
ルインは姿勢を正した。
「賢者様のヴィジランティでなければ、おそらくその倍近く失っていたでしょう。素晴らしい機体でした」
「降りるのを惜しんだ者もいたのでは?」
「……はは、正直言えば、私もその一人です」
実に素直でよろしい。こう殊勝な態度をとられると、何機かヴィジランティを送ってやろうかと思ったりする。まあ、実際にそうするかはわからないが、案外俺も甘いからね。
王国軍からヴィジランティを返却してもらったが、まあ、修理が必要だろうなぁ。




