第454話、アベンジャー
冒険者ギルド、その一階フロア。昼前ということで、冒険者の数は朝の依頼受注ラッシュ時に比べて閑散としつつも、それなりに人がいた。
冒険者パーティー『アインホルン』のアンフィもその中の一人だった。
「まったく、ギルマスがいないってどういうこと!」
「そうカッカしないで、アンフィ」
黒髪の和風剣士のナギは、リーダーをたしなめる。だがアンフィは荒れていた。
「カッカもするわよ。アタシの家が魔獣に襲撃されたのよ!?」
そうなのだ。もっとも家といっても、実家のほうだったが。昨晩、炎の魔獣が侵入し騒ぎとなった。護衛の騎士たちが何とか撃退したが、四名の戦死者を出した。家族は無事だったとはいえ、アンフィの怒りは収まらない。
「ここは王都よ!? なんで魔獣が出てくるのよ! どう考えてもおかしいでしょ!?」
「確かに妙な話です」
ナギは同意した。視線を、もう一人の仲間である、ウサギ耳フードの少女魔術師に向ける。
「どう思います? ブリーゼは」
「わかんない」
少女の答えは簡潔だった。
「実物を見ていないからなんとも。……ジン先生に聞いたらどうかな」
ジン先生。Sランク冒険者にして、最近冒険者ギルドで魔法指導をしている魔術師でもある。ナギにとっては古代竜を巡る騒動で命を救ってくれた恩人だ。
アンフィは口をとがらせた。
「ジンに相談するのはいいかもね。……って、アイツに会うにしてもギルマスかラスィアさんに声かけないとわからないじゃない!」
「アンフィ」
声が大きいですよ、とナギ。少し呆れるが気持ちはわからなくもない。
だが同時に最近どこかやる気が見られなかったアンフィが、その闘志を燃やして活発に動く姿を見ていると、何故か嬉しくなるナギである。……やはり、この人は思ったことを即行動に移そうとするくらいのほうがいいのだ。
今回の炎の魔獣の件が一段落したら、腹を割って話してみるのもいいかもしれない。ここしばらく、ふぬけしまったようなアンフィを見て、ナギはアインホルンを辞めようかと考え始めていた。
剣の道を究めるために冒険者として危険に身を委ねるナギは、戦いを求めていた。だから安穏を求め始めたアンフィと、すれ違いが見られるようになった。
ギクシャクし始めた二人の関係であるが、ナギとしては、積極的な行動を好むアンフィのことはやはり好きだったのだ。
不意に、ナギは背筋に冷たいものを感じた。――殺気!
振り返る。
同時に、それまで、ぼーっと立っていたブリーゼが機敏に動き、魔法障壁を展開した。
直後、ギルドフロアの中央で爆発が起きた。近くにいた冒険者が爆発に巻き込まれ、または吹き飛ばされて、壁や床に叩きつけられた。中には受付カウンターに衝突する者までいた。
「ほぅ、とっさに魔法でかばったか」
男の声がした。フロア中央、爆発の中心地に、フードを被った魔術師が立っていた。どこかで聞き覚えがあると思った。だがナギは思い出せない。
「オレのことを忘れてしまったのか? それはいい。思い出さないまま死ね!」
直後、カウンター近く、つまりアンフィたちの背後で爆発が起きた。背中を打つ奇襲に、アンフィとブリーゼは吹き飛ぶ。
無事だったのは、すでに魔術師らしき男に斬りかかるべく突進していたナギだけだった。
「貴様ーっ!」
エンシェントドラゴン討伐以後にこしらえた古竜刀がきらめく。
だが魔術師の男はフードの奥で口を歪めた。嘲笑。彼の手に巨大な大剣が現れる。
「あぁ、その刀は、アイツのだよな? なあ、女ァ!」
吹き抜けるは憤怒の炎。
「見せびらかしやがって。目障りなんだよォッ!」
悪夢が始まった。
・ ・ ・
ヴォード氏を追って、俺とラスィアさんは、ポータルを通って冒険者ギルドへ到着した。
焦げ臭い……。ポータルの置かれた談話室の外の雰囲気がいつもと違うのを感じた。
ギルドフロアへの通路の途中で、受付嬢たちがうずくまっているのが見え、駆けつける。
「どうしたんだ!?」
「あ、ジンさん!」
受付嬢のトゥルペさんが、俺に気づいて声を張り上げた。
「よかった! 来てくださったんですね!」
トゥルペさんの隣には、同じく受付嬢であるマロンさんがガタガタと震えていた。ラスィアさんが、彼女の肩に触れて優しくさすってやる。
「いったい何があったのですか?」
「わかりません。突然、フロアで爆発があって……」
動揺している彼女たちから聞いたところをまとめると、不審な魔術師がギルドフロアで魔法を使い、周囲を吹き飛ばした。一部の冒険者が反撃したようだが、よくわからない。その間に非戦闘員であるギルド職員は裏口や通路へ退避したからだ。
「ルティさんがフロアに向かったと聞いたら、さっきギルマスが――」
つい先ほど、ヴォード氏が通っていったとトゥルペさんが言えば、俺も頷いた。
「わかった。君たちは避難しろ」
受付嬢らと話すためにしゃがんでいた俺は立ち上がる。姿形の杖をストレージより出し、スフェラを召喚。
「主様」と恭しく頭を下げる漆黒の魔女に、トゥルペさんやマロンさんが声を失った。
「ウィリディスから、リーレとエリサを呼べ。特にエリサには精霊の秘薬を含めた治療薬と衛生兵を連れてくるように言え。数十人規模の負傷者がいる」
「承知しました、主様」
伝え終わった俺は、通路を抜けてギルドフロアへと急ぐ。ヴォード氏が先行していたが、はたしてどうなっているのか?
「外道ーーッ!」
ヴォード氏の怒号が木霊した。俺は思わず足を止める。
通路から、フロアが見える。ゆっくりと様子をうかがえば、魔術師のようなマントをまとった銀髪の男が、ヴォード氏と対峙していた。
その近くには、全身に炎をまとった人型が立っている。さらにフロアにも同じく炎に包まれている人型が数体確認できた。
あの男――俺は、その横顔に見覚えがあった。
銀髪の美男子……いや、かつて美男子だったと言うべきか。その表情は狂気に染まり、目を光らせているのはAランク冒険者だったシャッハだ。
エンシェントドラゴンと初遭遇した時の冒険者パーティーのリーダーであり、愛用の大剣を折られた後、皆の前から姿を消した男がそこにいた。




