第440話、レスキュー・ミッション
魔力発信をたどった先に、ワスプは到達した。
ボスケ大森林地帯、その深い森の木々が乱立するなか、ぽっかりと木が途絶えている一角があった。
真上から見えると、すり鉢状の穴があって、中央に小さな池、いや水たまりがあった。橋のようなものが見え、周囲は岩地と起伏に富んだ地形だ。槍や弓を持った半人半蛇の魔物たちがいて、その武器の先に人影がある。
「坊主とクレリックのねーちゃんがいる!」
ベルさんが黒猫姿で叫んだ。ワスプの運ぶコンテナのハッチを開き、俺は眼下を望む。
「ワスプ1、中央に降下だ! 交戦を許可する!」
『了解、マスター。ガンナー、前方の敵集団を掃射せよ』
パイロットのヒンメル君の冷静な声が魔力念話で飛ぶ。タンデム式のコクピット、前席の攻撃担当のSS射手は、機首の魔石機関砲を操作する。
突如現れたヘリに驚き、こちらを注視する魔物――ラミアに照準を合わせ、トリガーを引いた。
魔石機関砲が電撃弾を吐き出すと、標的となったラミアが一体、また一体と撃ち抜かれていく。
その間、操縦担当のヒンメル君は、ワスプを的確に操り、降下させた。兵員輸送コンテナから見える地面が、あっという間に近くになる。
DMR-M2ライフルのスコープを覗くリアナが、地上の敵を射撃する。ヘリが下がり続いているにもかかわらずの射撃だが、相変わらず狙いは正確無比。ラミアに銃弾をたたき込み仕留めていく。
「生存者の救助と敵の撃破!」
俺は、コンテナにいる面々にやることを手短に告げた。
「まだゴーゴンは未確認だが、頭髪が蛇のやつを見かけたら、正面から目を合わせるな!」
ふわり、とワスプが静止した。エレベーターが一番下に到着した時のような一瞬の浮遊感。地上からわずか一〇センチほどのところで止まってみせるヒンメル君の腕前である。
「行くぞ!」
コンテナを飛び出す俺、そしてヴォード氏。ベルさんも黒猫姿から、黒騎士姿に変化する。リーレとシェイプシフター兵が四人素早く地上に降り、リアナもその後ろから射撃しながら続く。
俺たちが降りたのを確認し、ワスプが再び浮上。上空からの機関砲掃射による援護を行うためだ。
上半身が女、下半身が蛇の魔物であるラミアが俺たちを歓迎する。手にした武器を振りかざし、または弓矢を構える。
だが射撃武器を持ったラミアは、リアナのマークスマンライフルとSS兵のライトニングバレットによって真っ先に狙われた。
ベルさんとリーレ、そしてヴォード氏が近くのラミアを剣で切り裂く中、俺はエアブーツで加速する。クレリックの少女ラティーユと、それに引きずられているルングのもとへ。
「ジンさん!」
安堵と驚きのない交ぜになった表情を向けるラティーユ。
「どうしてここに!?」
「助けに来たのさ! ルングはどうした?」
「ゴーゴンの魔眼にやられてしまったんです!?」
ラティーユは動揺していた。ルングのそばで膝をつくと、固まっている彼に寄り添う。俺も片膝をつき、早速診る。魔眼にやられたのなら石化だが、外見上はその様子はない。石化の効果が現れるまでに時間差があるのか?
「まるで麻痺しているだけみたいだが」
「え……?」
ラティーユが俺の顔を見た。何を馬鹿な、と言わんばかりに。
「で、でもゴーゴンに見られて、ルングは動けなくなったんですよ?」
「もう麻痺を解消する治癒魔法は試したか?」
「え、いえ、それはまだ――」
「やってみろ。もしかしたら石化じゃなくて麻痺かもしれない」
俺に言われ、要領を得ないという表情ながら、ラティーユはルングに麻痺からの回復魔法を唱えた。淡い光に包まれた後、バッとルングが荒々しく呼吸を繰り返し、その身体の自由が戻る。
「ルング!?」
「はぁ、やっと動けた! って、ジンさん、どうしてここに!?」
「それはさっき聞いたよ」
俺は視線を巡らせ、敵が近づいてきていないか確認する。ラティーユは信じられないという顔で言った。
「石化じゃなかった……? どうして麻痺を」
「そりゃ、ルングが男だからだ」
「「はい!?」」
ルングとラティーユの声が重なった。洞窟通路の奥からラミアが現れたが、俺はライトニングを放ち、黙らせる。
「いいか、ラミアは雌しか存在しない。つまり性別上は女だ。そして子供を作るには亜人や人間の雄と交わる必要がある」
男がいない種族である。そしてこの種族は誠に不思議なことに、他の種族から精子を得るのがわかっている。
「森の奥から姿を現した理由は、おそらく子孫を残すための交配が目当てだろう。わざわざ森を出て、隊商を襲ったのはそのためだ」
たぶん、ゴーゴンはラミアのグループのリーダー的存在なのだろう。同じ蛇の半身を持つ者同士のよしみか、あるいは種族的に近い存在なのかもしれない。例えば、ラミアの上位種とか変異種とかな。
「要するにだ、ルング。ラミアの女たちと性行為をさせられるために石化はお預けってことだよ」
「ひえっ!?」
魔物と交配と聞いて、ルングがブルった。これが自然な反応だ。どこかのMメイドが他種族との妄想を抱くことがいかにおかしいかわかるというものだ。
「じゃ、じゃあ麻痺させられたルングは、ラミアたちに捕まったら……」
言いかけて赤くなるラティーユ。俺は警戒を解かずに返した。
「精を搾り取られただろうな。ついでにその後は食用としてあいつらに喰われる」
「うわぁ……」
「ところで――」
俺が口を開きかけたそのとき、ヴォード氏が駆けてきた。
「ルティはどこだ!?」
「え、あ、ギルドマスター!」
ルングが慌てて立ち上がる。
「ルティさんはゴーゴンと他のラミアからオレたちを逃がすために、囮に……」
そのとき、奥から靴音が聞こえた。近づいてくるのが音の反響でわかる。とっさに身構えるラティーユとルングだが、靴の音ということはラミアやゴーゴンではなく人間だ。
現れたのは、噂をしていたルティ本人だった。灰色の髪、女性にしては背が高く軽装だが、武器はミスリル製の戦斧である。ラミアを斬ったのだろう、返り血を浴びていた。
「ルング、ラティーユ! って、親父!?」
俺とヴォード氏の姿を見て、ルティはびっくりしている。そりゃ本来ここにいるはずのない人間がいれば、そうなるわな。
「ルティ、無事か!?」
ヴォード氏が吠えるように言った。一瞬、ビクッとしたルティだが、すぐに口をへの字に曲げた。
「あったりまえだろ! こんなとこであんたは何をしているのさ!」
「っ……!」
言い方が気に触ったのか、ヴォード氏が声を詰まらせた。変な間を感じて俺は口を挟む。
「帰りが遅いから迎えにきたんだよ。状況は?」
俺の問いかけに、今度はルティが一瞬言葉を詰まらせたが、すぐに表情を引き締めた。
「ゴーゴンなら仕留めた。首を落としたんだが、それどころじゃない。この奥に、何人か囚われているみたいで、助けがいる!」
「行方不明になっていた冒険者たちか!?」
ヴォード氏が言えば、ルティは首を横に振った。
「それはわかんねえけど、十人くらいはいる。助けようにもまだラミアがいっぱいいるから、あたし一人じゃ無理だと思って、助けを呼ぼうと思ったんだ!」
「なら、ちょうどいい、このまま救助しよう」
「助かるよ、ジンさん」
ルティが素直に礼を言った。親父さんにもそれくらい素直になってやってやれ。
『ジン! ジン、聞こえるか?』
魔力念話からリーレの声が聞こえた。
『例のゴーゴンらしいのが出てきたぞ!』




