第438話、父親の話
ルティを助けに行くのではなく、ゴーゴンを討伐に行くのだ。
という体裁で俺は、ヴォード氏を冒険者ギルドから引っ張り出した。ゴーゴンが魔眼持ちの危険な魔物であるというのも、Sランク冒険者が出張る理由として申し分はない。
依頼を受けたのは俺、ヴォード氏はその助っ人依頼を受けたということで、ギルドマスターが冒険者の相談に乗ったという形を整えた。そこで娘を助けたりしたとしても、事の成り行きというやつだ。
冒険者ギルドというのはSランク冒険者、つまり俺からの要請を軽々しく断れない。
――と、ここまで言い訳作れば十分だろう、さっさと助けに行くぞ!
冒険者ギルドはラスィアさんに任せ、俺とベルさん、そしてヴォード氏は、ギルドのポータルからウィリディスに移動する。
「しかし、今から間に合うのか?」
ヴォード氏は、もっともな疑問を口にした。帰ってこないのは、すでにやられたからとも言える。
「だから急ぐんですよ」
手遅れかもしれない。がまだ生きていたら? いままさに戦っていたら?
『サフィロ、ヒンメル君とSS兵を数名、ワスプに強襲輸送コンテナ装備で屋敷の前に来るよう指示しろ。レスキューミッションだ』
俺が魔力念話でウィリディスを管理しているダンジョンコアに命じる。ベルさんが俺の肩に乗った。
「ヘリで行くのか?」
「急ぐって言ったろう?」
魔法車で地上を走るより、断然早い。
「場所はわかるのかよ?」
「ルングにお守りやっただろう?」
「あー、あれな」
前回、ギルドでゴーゴン討伐に行くというルングに渡したお守り。いわゆる魔力発信器である。
「こうなることを予想してた?」
「そうなってほしくはなかったけどな。だが客観的に考えて、ルングたちにゴーゴンが討てると思うか?」
「いいや、賭けろと言われたら失敗するほうに賭けるね」
だろう? それが答えだよ。
俺たちは、地下屋敷の外に出る。日が傾きつつあった。西の空が、ほのかに赤みが差している。そんな空を見上げ、ヴォード氏は呟くように言った。
「今からだと、夜になるのではないか? いったいどうやって行くつもりなんだ?」
俺が黙って空を指さした時、直上にコンテナを抱えたワスプ汎用攻撃ヘリが姿を現した。メインローターをうならせ、風を吹きつけさせながら、ゆっくりと俺たちのそばに降りてくる。
「なんだ、あれは!?」
思わず愛用の大剣に手をかけるヴォード氏に、俺は告げた。
「乗り物ですよ」
着陸するワスプ。地面にまず付くのは人員輸送用のコンテナである。ハッチが開かれ、SS兵と、何故かリアナとリーレが乗っていた。
「お出かけかい? あたしも混ぜてくれよ!」
褐色肌の女戦士リーレが獰猛な笑みを浮かべれば、対照的なまでに無表情なリアナが肩に愛用のライフルを提げながら口を開いた。
「救援任務と聞きました。出番ですか?」
「よし、お前たちもついてこい」
俺はヴォード氏を誘い、輸送コンテナに乗り込む。ベルさんが顔をあげた。
「お前らも暇人なんだな。なんで一緒にいた?」
「暇すぎて、腕ならしの模擬戦をやってたのさ」
リーレがリアナと顔を見合わせながら頷いた。
気安い会話をする黒猫と女子らをよそに、緊張の色を隠せないヴォード氏を乗せ、ワスプは空へと飛び上がった。
・ ・ ・
SSパイロットのヒンメル君が操縦するワスプは、ウィリディスを飛び出し、ボスケ大森林地帯へと飛んでいた。
普通なら、場所を秘匿するためにポータルを使って別の場所から飛ぶところだ。だが迷いの森調査の依頼の件で、ヴォード氏はウィリディスを知っているので今回は、直接目的地へ飛ぶことを選んだ。
「空を飛ぶ乗り物とか――!」
流れゆく平原の景色を見やり、半ば呆れも含んだ声でヴォード氏は言うのである。
「魔法車だけでも驚くべきことなのに、いつの間にこんな飛行魔法具を」
「つい最近ですよ」
嘘はついていない。
「ひょっとして、北方のフォルミードが墜落した件も、お前が絡んでいるんじゃないか?」
「まあ、これとは別のモノを使いましたけどね」
「まだ他にもあるのか!」
ヴォード氏はわざとらしく目を回してみせた。ま、空を行く分、日が沈む前に現地につくだろうよ。
「なあ、ジンよ」
「何です?」
「何故、おれを誘った? お前なら、ゴーゴン退治などおれを呼ばずともできただろう?」
「買いかぶらないでくださいよ。あぁ、そうそう、あなたに声をかけた理由でしたね」
俺は傾きつつある西日に目を細める。
「ギルドで聞きました。あなたが昨日から機嫌が悪いって」
それはつまり、娘であるルティの身を案じて苛立っていたからだろう。依頼期日が過ぎても帰ってこないので、返り討ちにあったのではないかと不安でたまらなかったに違いない。
「本当は助けに行きたいのに行けないようなので、理由を作ってあげたまでです」
「すまんな。気を遣わせた」
俺はいいえ、と小さく手を振った。どうやら正解だったようだ。別のことで苛立っていたらどうしようかと思ったぞ。
ヴォード氏はしばし口を閉ざすと、何か言いかけ、しかし飲み込んだ。
ハッチ脇の手すりに俺がもたれると、唐突にヴォード氏が言った。
「ルティは一人娘なんだ」
「……」
「おれの妻は、ルティが5歳の時に流行病で死んだ。それからはおれが――いや、留守しがちだったからな、周りの冒険者たちにずいぶんと世話になった」
先日、ラスィアさんからあらましは聞いていたが、俺は黙ってヴォード氏の好きなようにさせた。
「ドラゴンスレイヤー……。Sランク冒険者ともなれば、何かあれば呼び出される。上位ドラゴンはもちろん、それに匹敵する魔獣。国からの依頼でその力を振るうこともあった」
わかります。俺もSランク冒険者だし、つい半年より前は、連合国の英雄魔術師として大帝国戦に引っ張りだこだったからね。
「忙しかった。おれはそれを言い訳にしていた。あいつを……ルティの面倒を他に押しつけて」
ヴォード氏は、まわりが求める勇者像を演じ続けた。
「おれが育てた、なんて口が裂けても言えん。あいつが冒険者になった時も、おれは止められなかった」
俺の前にいたのは、Sランク冒険者ではなく、ひとりの疲れた父親だった。




