第437話、未帰還冒険者
ウィリディスでの魔法甲冑演習は好評のうちに終了した。
演習による操縦者の技量アップ、機体反応の向上と新武装。三号甲冑シュタールを使う王都騎士団は十分な成果を得た。
王都での魔法甲冑部隊は増加する予定で、ジャルジーのケーニギン領向けの配備も急がれることになった。
翌日、俺とベルさんは魔法騎士学校が終わった後、三日ぶりに冒険者ギルドを訪れた。
いつものようにカウンターで受付嬢と情報収集という名のお喋りのつもりだったのだが……。
茶色い髪に素朴な田舎娘臭のするマロンさんが声を落とした。
「実は、ルティさんたちのパーティーが戻ってないんです」
ゴーゴン討伐依頼に出ている冒険者パーティー。ギルドマスターのヴォード氏の娘であるルティがリーダーを務め、知り合いのルングやラティーユが所属しているパーティーである。
「ここを出たのは四日前だろう?」
魔法甲冑の演習の前の日の話だったから。
「そうなんです。だから昨日から、ギルマスの機嫌が悪くて」
「娘が戻らなくて、お父さん心配ってか」
ベルさんが「あーあ」と首を振った。
「ゴーゴンにやられちまって石にされちまったかねぇ」
「縁起でもないこと言わないでくださいよ、ベルさん」
マロンさんが咎める。確かに、ヴォード氏に聞かれたら、さぞ気分を害されるだろうね。
「ボスケの森だろう? 徒歩で移動してるなら結構距離あるから、今頃、こっちへ帰ってくるところかもしれないぜ?」
「そうだといいんですけど……」
褐色肌の受付嬢は、ちらと振り返った。ダークエルフの副ギルド長が、こちらに気づいてやってきた。
「ルティさんたちが帰ってきていません」
「いまその話をしていたんです」
俺が答えると、ラスィアさんは眉間にしわを寄せた。
「ギルド長が、大変心配なさっています」
「でしょうね。相手は、ゴーゴンだ」
石化の魔眼を持つ亜人型モンスター。そのランクはA。戦いを挑んで、石にされる者が後を絶たないという危険な敵だ。
「指定期間を過ぎた場合、依頼が遂行されなかったと判断されます。冒険者の行方がつかめない場合、ギルドのほうで調査隊を編成して探索に行くことができます」
「……それに俺たちに行けと?」
先回りして言えば、ラスィアさんは首を横に振った。
「そうは言いません。そうしてくださると嬉しいですけれど。……何せ相手はゴーゴンですから、ランクの低い者に依頼するわけにもいきません」
冒険者の中には、回収屋と言って、行方不明冒険者を捜索したり、ダンジョンで死んだと言われる冒険者の遺品回収を受ける者たちが一定数いる。
「何が問題なんです?」
「問題、というか……ギルド長が今回の件で、ちょっと」
ラスィアさんは言葉を濁した。ベルさんが鼻を鳴らした。
「娘が戻らないから、おれが探しにいくぞーってか?」
「そうだとよかったのですが、逆です。娘も冒険者だから、探しに行く必要はないって」
冒険者はギルドで依頼を受けても、自己責任がつきまとう。依頼中に生涯の傷が残ろうが、命を落とそうが、ギルドは一切保証はしない。
一応、擁護すると「社会保障制度? なにそれおいしいの?」の世界だから、冒険者ギルドだけがブラックなわけではないのだが。
「つまり、見捨てるってことか?」
「ベルさん、言い過ぎだよ」
俺は肩をすくめる。大方、ギルドマスターたるもの、私事に他の冒険者を巻き込んで命をかけさせたくないと思っているのだろう。
なら自分が行けばいいと思うのだが、今度はギルドマスターが私事で職場を離れるわけにはいかない、と言うのだろう。
家族のことより仕事を、と、日本だったら、まあそこそこ評価されたんだろうけどな……。
ただ、これが娘ではなく他の冒険者だったら、自ら危険な場所へ赴く、という選択もしていたと思うのだ。それはそれで他の冒険者たちも、自らのギルドマスターが危険を冒しても助けに行った、と評価もされよう。
血のつながった娘だったがために、助けに行けば身内贔屓などと言われる可能性がある――それがヴォード氏に躊躇させているのだと思う。自分の娘だから助けに行った、他の冒険者なら助けにいかなかったかもしれない云々。
普段から助けに行っている人なら別だったんだろうけどな。そもそも自己責任の上で依頼を受けて出かけている冒険者を助けに行く、という事例自体が珍しいのだ。
通信手段に乏しいこの世界、助けに行かないといけないのではと思ったときには、手遅れであることのほうが多い。
「大人の世界ってのは、体面とか気にしないといけないんだよな」
まったく面白くない話だけど。
「ラスィアさん、ゴーゴン討伐依頼の期間は過ぎてしまってるんですね?」
「はい。……まさかジンさん」
「新たにその依頼をこっちが受けてしまっても問題はありませんね?」
面倒だからさっさと済ませてしまおう。
「その討伐の依頼は俺がやりますよ。手続きお願いしますね」
俺はカウンターを離れる。さて、ギルマスはどこにいるかなー。まずは彼の執務室に行くとするか。
ベルさんが足もとに続く。
「どこに行くつもりだ? ポータルはそっちじゃねーぞ?」
「娘を心配している父親に、一声かけておこうと思ってね」
ということで、ギルマスの執務室にお邪魔する。ヴォード氏は机に向かいながら、仏頂面だった。……なるほど、機嫌悪そうな面をしてるな。
「よう、ジン。来たか」
「別に呼ばれてはいませんけどね」
「ああ、おれも呼んでない」
今日は何のようだ、とヴォード氏は聞いてきた。俺は眉をつり上げた。
「ルティと仲間たちが帰ってきてないそうですね。ゴーゴン討伐に出かけていたという」
「あぁ、そのようだな」
眉間に刻まれたしわは深い。声も幾分か不機嫌要素が増した。
「それで、お前もおれに助けに行けと言うのか?」
「いいえ、言いませんけど。……助けに行くつもりはないんですか?」
「ない」
ヴォード氏は筆を投げ出すように手を机から離すと背もたれに深々ともたれた。
「おれはギルドの長だからな。自分の娘のために、仕事を放り出すわけにもいかん。まして、冒険者たちにプライベートな事情で危険なことを頼めん」
予想通りの答えだった。
「死んだら寝覚めが悪いですからね」
「冒険者は自己責任だからな。ルティもわかっているだろう」
「俺が言ったのは、他の冒険者に頼んで命を落としたら、という意味だったんですけど」
娘のことを気にかけてそっちの意味に解釈したらしいヴォード氏。なんだかんだで心配しているのだろう。
「……」
「実は例のゴーゴン討伐依頼を引き受けましてね。他の高ランク冒険者が軒並み出払っているようで、仕方なく俺が引き受けることになったんですが、ヴォードさん、手伝ってくれませんか?」
「なに?」
「助っ人依頼ですよ。討伐報酬は山分け。相手はゴーゴンだ。強い冒険者は大歓迎です」
「いや、しかし――」
驚くヴォード氏。俺は行儀悪く机に腰を下ろした。ベルさんも机に登った。
「言っておきますが、俺はルティのことは一言も言ってません。……手伝ってくれます? 頼りになる前衛が必要だ」
俺とベルさんは、わざとらしくヴォード氏を見つめた。




